エピローグ
閲覧いただき、ありがとうございます。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
春のはじまりを告げる風が、リシャール家の庭に白い花を咲かせた。
長い冬がようやく終わったことを、草花も知っているらしい。
アメリーは、自室でリシャール家について、最後の記録を綴っていた。
『事件はすべて明かされた。アルベールの死の真相も、エステルの選択も、そして父ヴィクトルの犯した罪も。けれど、それらが解決と呼べるものかどうかは、誰にも分からない。罪も行いも全ての事象は帳消しにはならない。人は、それでも前に進む。そうするしかないのだ。』
コレットが病院から退院した後、アメリーの拠点である事務所に顔を出した。
彼女は屋敷で会った時よりも迷いがなくなった顔をしていた。しかし、その瞳には、まだどこか不安が残っている。
「アメリーさん、ありがとうございました。家族を多く失ったけれど、呪いは収まったのだと思います。私はまだ……姉さんのこと、全部は受け止められてないけれど、不思議と憎んではいないのです。私達家族はもっと腹を割って話すべきだったのかもしれないです。」
「すべてを受け入れる必要はありませんよ。ただ、忘れないでください。あなたが見たこと、聞いたこと、感じたこと。それが、あなたにとっての真実だということを。」
コレットは小さく頷き、静かにアメリーの手を取った。
重ねた手にコレットの涙が一粒落ちた。
「ありがとう。あなたが来てくれて、よかった。」
コレットは定期的な血液の経口摂取が必要だったが、村の一部の人間がそれを体質として受け入れ、献血を買って出てくれているらしい。
村を歩き、時々、高台にある屋敷を見上げるように見つめる。
あの屋敷が、いまはただの建物に見える。
少し前までは、村の闇をぎゅっと詰めこんだ悪魔の城のように見えたけれど。
その中には確かに、救えた声とまだ残された想いがあるようにアメリーは感じた。
「アル……」
その呟きに応える者は居なかった。
エステル失踪後、アルベールの霊は、もう現れなかった。
エステルと話した日の夜、月の光の中で最後に彼が囁いたのは、こんな言葉だった。
『ありがとう。僕の死の真相を見つけてくれて。僕はようやく、自分の行いを受け入れられる気がする。僕ができなかったことを代わりに叶えてくれてありがとう。家族を導いてくれてありがとう。』
アルベールは涙しながら、アメリーに感謝を伝えた。
アメリーはその言葉を胸にしまった。
心なしか胸が温かくなるのを感じたのを今でも覚えている。
リシャール家を離れてしばらく経ったある日、アメリーのもとに一通の手紙が届いた。
封は丁寧に閉じられ、差出人の名は――ジャック・リシャール。
『アメリー・ダヴィッド様へ
先日は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ございません。
あなたの言葉が、ようやく届いた気がします。僕は、兄を、姉を、父を……そして、自分を赦せなかった。
でも、逃げるのをやめました。今は山間の診療所で手伝いとして働いています。彼らは僕のルーツも体質も知った上で受け入れてくれています。
あなたが、ありのままのリシャール家を受け入れてくれたことに感謝を。
ジャック・リシャール』
ジャック・リシャールは生きている。
そして、生き続けることを選んだ。
彼の中で、止まっていた時間が再び動き出したのだ。
ジャックの手紙を読み終えた時、事務所の扉に誰かの気配を感じた。
扉を開けると、一輪の椿が落ちていた。
真っ白で、透き通るような花弁。
それは、かつて屋敷で、アメリーがいた部屋の窓にエステルが置いたであろう椿を思い出すもので……
世界は、声なき声に満ちている。
人が生きる限り、死者は過去ではなく、常に在るのだ。
視えるかどうかの能力は関係ない。
想いは形に残るのだ。
アメリー・ダヴィッドは、それを知っていた。だからこそ、彼女は、時に嫌われることがあっても、この世界に耳を澄まし続ける。
時に遺されてしまった想いと想いを橋渡し役となって繋ぐために。
視える令嬢であり、何でも屋の彼女。
それは誰よりも声に寄り添う存在だった。
そして、誰よりも、優しい死者の番人。
今日もまた一人誰かがアメリーを訪ねる。
それは、生者かもしれないし、死者かもしれない。
アメリーは今日も誰かの本当の想いを視にいくのだ。
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