第6話: はじめて、誰かのために書いたラップ
その日、ノートに書いたリリックは、
俺のためじゃなかった。
誰かのために――誰か「ひとり」のために、言葉を並べたのは、初めてだった。
きっかけは、ミオのひとことだった。
「アンタさ、“人のこと”書けるようになったら、本物じゃない?」
「……は?」
「誰かの気持ちに寄り添って、言葉にする。
それって、一番むずくて、一番グッとくるんだよ。」
「そんなの……無理だろ。俺、人のことよく知らねぇし。」
「なら、知ってよ。
あたしのこと、少しぐらい。」
そのあと、ミオは珍しく真面目な顔で、自分の話をした。
家じゃうるさがられてること。
ギャルってだけで、頭悪いとか軽いとか思われてること。
本当はずっと、誰かの“本気”を応援したかったこと。
笑ってたけど――目は、まっすぐだった。
その夜、俺はノートを開いた。
“黒人山田”じゃない、“山田ジョシュア”のままで、書き始めた。
「ピンクのネイル 空回る声
でも誰よりも 本音に近い
“軽そう”とか “遊んでそう”とか
そんなラベルは 全部捨てろ」
「笑ってる裏 知ってるから
書いてやるよ あんたのまま
嘘ひとつないこのリリック
届けたいんだ このまんまで」
次の日。
音楽室。ミオにノートを渡した。
「……これ、あたしの?」
「……勝手に書いた。」
ミオはしばらく無言で読んで、
ふいに、ふっと笑った。
「なんか……くすぐったいね、これ。」
「ムカついたら、破っていい。」
「破らないよ。……むしろ、宝物にする。」
小さな声だった。
でも、その声に嘘はなかった。
初めて、自分の“言葉”が、
誰かの心にちゃんと届いた気がした。
俺の世界が、少しだけ広がった。
次回:
はじめての“観客”は、教室の前の席だった。