第1話:黒人? 山田ですけど、なにか
「よう、黒人山田~、今日も顔濃いなぁ~!」
廊下のすみっこで、俺はイヤホン越しにその声を無視した。
けど、心のどっかにまたチクッと刺さる。
俺の名前は山田ジョシュア。
母は日本人、父はアメリカ人――つまり、俺は“ハーフ”。
だけどこの学校では、そんな言葉よりも、「黒人山田」っていう渾名の方がずっと有名だ。
俺の顔は、濃い。肌も濃い。
でも性格は、たぶん薄め。目立つのが苦手で、いつも目立ってしまう。
放課後。
誰もいない教室に残って、ひとり机をトントン叩いてる。
「ドン・ドン・タッ、ドン・タッ」
それは、ラップのビート。
本当は、誰にも知られたくない俺の“秘密”。
イヤホンから流れるのは、アメリカで流行ってるヒップホップ。
でも俺が書いてるのは――めちゃくちゃ日本語の、ちょっとダサいけど本音が詰まったラップ。
「俺を呼ぶ名は 黒人山田
でも中身は案外 シャイなパンダ
強そう? いやいやビビってる
本当の俺 どこ行ってる?」
言葉にしたら、ちょっとだけ気持ちが軽くなる。
誰かにぶつけたいような、でも聞かれたくないようなこの感情。
「それ、お前が書いたの?」
声に振り向くと、そこにはクラスのギャル・ミオが立っていた。
スマホ片手に、ニヤニヤしながら。
「バレた…最悪…」
「でも、ウケるかもね。
文化祭の出し物、まだ決まってないし。ラップ、やっちゃえば?」
その日、俺の人生が――少しだけビートを刻み始めた。
つづく。