推しの神絵師
私は少年漫画『ゴーライド』が好きだ。
人気絶頂からアニメ化を果たしたのは5年前、作品も1年前円満に終了したため、現在では公式からの供給はポツポツあるくらいだ。(もちろんポツポツあるだけでもありがたい)
そんなこのまま衰退が見えている界隈で精力的に活動している神絵師がいる。
1週間に2~3回『ゴーライド』の世界を描いたイラストやショート漫画がSNSに投稿される。
実際に作中世界を見て書いているんじゃないかと思うほどに解釈や切り口がすばらしく、あれだけハマっていた作品が連載終了したのに悲しさが薄いのはそれらの二次創作のおかげだろう。
その神絵師のアカウント名は『赤いキャベツ』
私の推しだ。
『赤いキャベツ』さんはSNS上であまり多く語らない。
ときおり料理の写真をアップしたり、仕事忙しいとか疲れたとか言うくらいだ。
プライベートなことは成人女性で平日は基本仕事、それくらいしか分からない。(ネカマでは無いはず…………無いよね……?)
『ゴーライド』についても意見や感想単体で吐き出すことはほとんど無く、自身の二次創作で語るタイプ。
総合して俗世間のことなど気にせず淡々と作品を作る寡黙な職人、というのが私のイメージだった。
そんな神絵師からの供給をありがたがる日々が続いていたのだが…………あるとき脳内にざわつきが走った。
発端は新作のショート漫画に付けられた長文感想だった。
『初見です! 本当溢れた思いがどうしても我慢出来ず感想書いてます! 主人公とライバルの関係性が本当に素敵で! 二人を推している私にすごい刺さりました! あと原作のあの神シーンのオマージュも入ってますよね! 本当実際作品世界を見てるんじゃないかってくらい神で! 過去作も一気に見ました! どの作品も本当に本当にすごかったです!』
それを見た第一印象は『赤いキャベツさんに迷惑かけるんじゃねえ!!』だった。
『赤いキャベツ』さんの作品にはあまり感想が付かない。付いてもスタンプや画像だけのものや、一言『良かったです』『助かる』と短いものくらいだ。(私は恐れ多くて一度も感想を書いたことがない)
人気が無いというわけではない。実際に評価や拡散はたくさんされているし。
その職人的雰囲気に合わせて見る方も淡々とした反応をしているのだろう。
結構前に的外れな観点、悪意すらちらほら見える長文感想が来て少々荒れた後に『赤いキャベツ』さんが『ブロックしました』と宣言する騒動が起きていた。
その再来になるんじゃないか、と戦々恐々する私。ああでも私に出来ることなんて無いし…………。
『感想ありがとうございます。二人の関係性には今回凝ったのでありがたいです』
初見さんの長文感想に『赤いキャベツ』さんは端的に返事をする。
『ですよね! あと今気付いたんですけど――――――』
するとその長文感想の主『ベルル』はまた最初と同じくらいの熱量と長さの感想をぶちまけていく。
もう止めて……!!
ただただ祈ることしか出来なかった。
それから一週間ほど経った。
『ベルル』による二回目の長文感想に『赤いキャベツ』さんは反応しなかった。
普通に受け流したんだろうな……まあ距離感はミスってるけど悪意は無さそうだったし。
と騒動は過去に流れ、すっかり平穏に戻ったと思ったその日、『赤いキャベツ』さんによる新作のイラストが投稿された。
内容は主人公とライバルが雪合戦をしている一幕。前回と続きまた主人公とライバルの絵か……はあ、尊い……。
ほっこりしていると……やつの感想が付いた。
『わあ、すごいですね! 本編が一夏の物語だったけど、確かに冬だったらこんなことをしそうですよね。……ってもしかして、これってこの前私が言ったの参考にしてますか?』
『ベルル』による感想は今回はそこまで長くなかったが……気になる文言があった。
私が言った……? 何を言っているんだ、こいつは。あんたのやりとりは長文感想をスルーされて終わりだったはずだ。
しかし。
『そうなんですよ、あれからインスピレーションが沸いて描いたんです』
『赤いキャベツ』さんは肯定する。
『そうだったんですか! いやあ本当ありがたいです!!』
『ベルル』さんが返事して、しばらくやりとりが続く。
…………………。
二人のやりとりを推察するに。
長文感想はスルーされたように見えて、おそらく個人間でしか見えないチャットに場所を移してやりとりが続けられていたんだろう。
あまり感想欄で長々とやりとりをするのは良くないという判断で。そうに違いない。
『赤いキャベツ』さんはフォローしているし、『ベルル』はそれ以上迷惑をかけていないか監視していたので間違いないはず。
雰囲気からかなり親しい様子が見て取れる。この一週間で仲良くなったのだろう。
………………。
別に断じて悪いことでは無い。
ただ交流してるだけだ。
でもモヤモヤする。
『赤いキャベツ』さんは職人肌な神絵師で他者の評価なんて気にしないはずなのに。
『本当『ベルル』さんの反応励みになります』
『ちょっと最近主人公とライバルばかりだったので敵コンビのショート漫画です』
『『ベルル』さんのリクエストで主人公とライバル10年後IFです』
この姿は一体何だ……?
そのモヤモヤしたものを『赤いキャベツ』さんに直接ぶつけようとするのをすんでのところで堪えて、SNS上でもぶちまけるのも何とか耐えた(何かの拍子で本人の目に入ったら良くないから)。
こういうときに愚痴る友達でもいれば良かったが、あいにくオタク話が出来る友達はいない。
そのため私は匿名掲示板サイトにスレを建てることにした。
タイトルは直球に『モヤモヤする』。内容はジャンルやアカウント名をぼかして今回の一連の流れを書き込む。
とにかく吐き出したかった。同情や同意を集めたかった。
『何が問題なんだ?』
『神絵師がフォロワーの一人と仲良くなっただけ。スレ主と何か関係あるか?』
『嫉妬?』
『嫉妬する権利あるか? 仲良くなりたかったんなら自分ももっと感想送ったりすれば良かったのに』
『気持ち分かるわ。絵師が感想送られても迷惑だわ、って話聞いたことあるし。感想送るの怖えよな』
『そんなどこの誰か知らない変人の意見を間に受けても……。その神絵師は本当は感想欲しかったってだけだろ』
『ワイ絵師だけど納豆嫌いだから、絵師は全員納豆嫌いなんやで。覚えといてな』
『ちょうどその界隈にいるかも。思い当たるフシがあるし。でもその神絵師って普通に料理とか仕事の愚痴とかも言ってたし普通に反応欲しそうに思えたけど』
『そもそも反応欲しくないやつはネット上に作品をアップしないぞ』
『じゃあ感想くれってくらい言えば良いのに』
『実際言ったら感想クレクレウザいって言うくせに』
『で、結局スレ主は何でモヤモヤしてるんだ?』
『だから嫉妬だろ。自分がもし先に仲良くなってればリクエストとか描いてもらえたのに! って』
『なるほどな』
『大丈夫、性根悪そうなスレ主じゃ仲良くなれなかっただろうから』
『話だけ聞いてると推しに対してすごい的外れなイメージ持ってたんだな』
『本当に推してたのか?』
『いや、正しく推しだろ。その人の本質を考えること無くただただ自分のイメージを一方的に押しつけてるんだから。勝手に自分とは関わることの無い天上の人だと思ってたから、自分と同じような一般人と仲良くしててあり得ないとなってる』
『本当に推しならどんなことになろうと応援すべきだろ』
『ほな推しとちゃうか』
ボコボコに叩かれた。
スレを見てるだけで動悸とめまいが激しくなり、その日は何も手に付かずかといって寝付けず地獄だった。
落ち着いたのは三日後のこと。
少しずつ振り返って、噛み砕いて、理解していった。
そしてその日投下された『赤いキャベツ』さんの新作を見て改めて思った。
私は変わらず『ゴーライド』の事が好きだ。『赤いキャベツ』さんの描く作品が好きだ。
そして『ベルル』に嫉妬している。
『赤いキャベツ』さんともっと話したかった。感想を述べたかった。
なのに推しという言葉で勝手に線引きして……前に騒動になった長文感想は悪意があったのが問題だったのに、感想を伝えるのは良くないと……都合の良い思い込みをしていた。
もちろん全ての絵師がそういうわけじゃない。本当に感想を迷惑に思う人もいるだろう。
でも『赤いキャベツ』さんは違うんだ。
………………。
私も感想を送ろう。
もちろん『ベルル』と同様に仲良くなれるかなんて分からない。うっとうしく思われるかも知れない。
でも人間関係なんて元々そんなものだろう。
良い結果、悪い結果、どうなるか分からないけど一歩踏み出さなければ何も始まらないんだから。
「……うん、何回も読み直した。大丈夫なはず。よし……送信っと」




