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確かな記憶

雨はシトシトと降ったりやんだりを繰り返しながら1ヶ月近く続き、陽が落ちる前にようやく雲に切れ間が見えた蒸し暑い夜のことだった。


ケイオスとアルシオスのほかにエルマーニャの家族、ケイオスのところに嫁いできたときから実の娘のように可愛がっていたリンジーに見守られて、ソフィは静かに息を引き取った。


もともと身体が弱かったソフィは、広場でのピクニックから間もなく、ベッドの中で過ごすことが増えていった。

その後1年の間は家の外で日向ぼっこをすることもできていたが、2年も経つと数分間イスに座っていただけで何日もベッドから起き上がれなくなることもあり、その様子は今までの比でなかった。

口にできるものも量も限られていき、動けていたころよりも身体が一回り小さくなってしまっていた。

それでも目が覚めているときはなるべくベッドの上で起きていたが、雨が降り始めた頃にひいた風邪が1週間も経たないうちに悪化し、肺炎を起こしてからは1度も目を覚ますことはなかった。


ベッドの傍らで膝を着きソフィの手を握っていたケイオスは、ソフィの手を自分の額に当てて肩を震わせている。ケイオスの隣りに立っているアルシオスは、拳を白くしてソフィを見つめていた。

胸にすがりつくアニエスを抱きしめたフィルバートは、震える手でアニエスの背中を撫でている。2人の隣りに立っているリンジーは溢れ出る涙を拭おうともしなかった。

エルマーニャとレオナードは部屋の外の少し離れたところから中の様子を見ていたが、お互いが無意識のうちに繋いだ手をぎゅっと握っていた。


村で誰かが亡くなると、その翌日は『お別れ会』が行なわれる。

村人全員が自分の都合がつく時間に訪れ、最期の挨拶をするのを家族は棺の隣りに立って見守る。

お別れ会では亡くなった人の家族は家のことは何もせず、亡くなった人やその家族が特に親しかった人たちが『お世話役』となり、お別れ会に訪れた人にお茶を出したり、亡くなった人の家族の食事を用意したりする。

ソフィのお別れ会ではもちろん、アニエスとフィルバートがお世話役になったため、レオナードとエルマーニャも朝からお世話役の手伝いをしていた。

リンジーはお世話役というわけではなかったのだが、ソフィが亡くなったあとしばらくしてから家に帰り、朝早くからたくさんのコケモモジャムのパイを持ってソフィのそばに戻ってきた。

形と焼き色が一番いいものはソフィに、それ以外のものは村人たちに振る舞われた。


お別れ会の最後の訪問者は、ソフィの父親のロドルフォと母親のソニア、そして兄のラルフだった。

エルマーニャとレオナードはソフィの身内に会うのは初めてだったが、アニエスとフィルバートは何度か顔を合わせたことがあった。

3人は簡単に挨拶をすませるとソフィの元に駆け寄り、母親がソフィを抱きかかえると、父親はソフィの頭を撫でる。兄は2人の反対側でソフィの手を取り、大切なものを持つように両手で包み込んだ。

エルマーニャの方からは兄は背中しか見えなかったが、父親の顔は困っているときのソフィの顔に、泣いている母親の顔は今のアルシオスの顔に似ているなとぼんやりと考えていた。


お別れ会の翌日は、雨続きだった日々を取り戻すかのように朝から日差しが眩しかった。

村の共同墓地は、広場の大木から見下ろせるところにある。

ソフィの埋葬は、村人全員と、前日にエルマーニャの家に泊まったロドルフォたちでしめやかに行なわれた。

「マーニャ、そろそろご飯だからアルくんとおじさんを呼んできてくれる?」

「わかった」

エルマーニャが小走りでアルシオスの家に行くと、シーツにソフィが寝ていたときのシワが残ったままのベッドに腰掛けているケイオスがいた。

エルマーニャはアルシオスを探したが、家の中に姿がなかった。

「おじさん、アルは?」

エルマーニャが声をかけたが、ケイオスはチラともエルマーニャの方を見なかった。

「⋯⋯おじさん、だいじょうぶ?」

顔を覗き込まれて、ケイオスはようやくエルマーニャがいることに気づいたようだった。

「⋯⋯あぁ、マーニャちゃん。どうした?」

ケイオスは弱々しい笑顔を見せる。目には力がなかった。

「ごはんだからよびにきたんだけど⋯⋯アルは?」

「アル? その辺にいないかい?」

エルマーニャが首を横に振ると、しばらくの間をおいてからケイオスがポツリと「そうか」と独り言のようにいった。

「アルさがしにいってくるね」

いい終わらないうちにエルマーニャは出て行った。

アルシオスが家にいないのなら、行きそうなところはひとつしか思い浮かばなかった。

暗くなってきたら子供だけで入ってはいけないことはわかっていたが、エルマーニャは足元が見えにくくなっている森の中に小走りで入って行った。

大人が3人並んで歩けるくらいの幅の道をまっすぐ進んでいくと、右手に屋根付きの材木置場と作業小屋がある。作業小屋の裏手の方には、端材などで作られた子供たちの秘密基地があり、アルシオスは最近ここにこもって何かを作っていることが多かった。

いびつな板を無理やり並べて作った隙間だらけの扉を開けると、湿っぽい暗闇の中ほどに黒い塊があるのがわかった。

「⋯⋯アル?」

声をかけると塊がピクリと動いたが、立ち上がりそうな気配はない。

エルマーニャは足元に気をつけながら近づくと、アルシオスから少しだけ離れた隣に座った。

アルシオスはエルマーニャの方を見ようともせず、抱えている膝に頭をつけたままときどき鼻をすすっている。

エルマーニャはアルシオスにぴたりと寄り添うと、そっと背中をなでた。

それがきっかけになったのかアルシオスが鼻をすする感覚が短くなり、絞り出すような声も聞こえてきた。エルマーニャは黙ったまま、アルシオスの背中を優しく撫でていた。

どれほどの時間そうしていたかわからなかったが、アルシオスが鼻をすすり上げる音がなくなり膝につけていた顔をゆっくりと上げた。

エルマーニャはアルシオスの前に立つと、「かえろうか」といって右手を差し伸べた。

アルシオスはしゃくり上げるように大きく息を吸ったあと、小さくうなずいてその手を取った。

小屋を出ると、帰り道が月明かりに照らされて白く見えていた。

2人は手を繋いだまま黙って歩いていたが、森から出たところでエルマーニャが立ち止まった。

「・・・・・・あのね、アル」

アルシオスと目が合うと、エルマーニャは真剣な顔で続ける。

「アルは、あたしがしあわせにしてあげるからね」

にっこりと笑うと、アルシオスの手を引いて歩き出した。

その言葉がどういう意味なのか、何故そういったのかアルシオスにはわからなかったが、何か胸の中にあるものが『ストン』と落ちたような気がした。


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