9.うーん、うーん-あぁ、私、今なら死んでもいい-
全44話予定です
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「うーん、うーん」
カズはタグボートに乗ろうとしてもまだ唸っている。耳にはマリアーナにしたのとは少し違う、それでもインカムだろうものが掛けられている。
「大尉?」
タグボートの船員が促すと、
「あぁ、ゴメンゴメン」
そう言ってタグボートに乗る。
次はクリスのところである。それも事前に通知が言っているので、
「はい、これからそちらに向かいます」
そんな無線のやり取りをしているのを聞きながら、
「どうすればいい?」
インカムに向かって喋る。
しばらくの間のあと、
「まぁ、それが一番なんだけどさ。でもなぁ」
またしばらく黙る。
「クスリかぁ、うーん複合ってのは?」
どうやら相手はゼロゼロのようだ。
「分かった、ってないけど分かった事にするよ。うーん、接舷するまでに考えるー」
と言ってインカムを触る。
「このまま向かってよろしいんですか?」
船員の一人が気を利かせたのだろう、そう尋ねてくる。
「うん、ちょっとねー。でも責任者だから、そのまま行ってくれるかい?」
「分かりました」
そんなやり取りをしてクリスのいる揚陸艦に接舷した。
クリスにも格納庫で待つように言ってある。
そんなカズがまだ腕組みをしながら階段を下りていくと、
「ご主人、様?」
聞き間違えるはずはない、クリスの声だ。
「やぁ、久しぶり。お疲れ様、大変だったね」
の一言で膝から崩れ落ちた。
カズが慌てて抱きかかえると、明らかに上気している。
――あぁ、ダメ……。
現に抱きかかえられてから数度、明らかな[痙攣]を見せた。その度に身体がビクつく。
カズを見ただけ、一言声をかけられただけで上気からの[痙攣]である。
その口は、というと、
「あぁ、あぁ……」
としか言葉にならない。
「これは……思ったより重症だな。とりあえずっと」
そう言ってカズは手に持っていたカバンから注射器を出して針とアンプルをセットして、
「ちょっと落ち着きな」
そう言って注射をする。
経口薬と注射の違いは即効性にある。それは直ぐに効いたようで、
――わ、私は?
まだ状況が呑み込めていない。辺りを見回しながら、
「ご主人様が格納デッキで待つように言われて、待っていたのは確かなんだけど」
「今、抱きかかえているのがそのご主人様なんだけどなぁ」
――!!
そのまま痙攣しそうになるが、流石は注射薬。おそらく安定剤か鎮静剤のようなものなのだろう。
「ご、ご主人様」
と言ったあと、
「すみません、スミマセン、私、私……」
「ちょっときみには厳しい戦闘だったかなとちょっと反省しているよ」
カズがそう言うと、
「ご主人様は間違っていません! 間違っているのは私の方です! ご主人様は」
直ぐに反応するが、それ以上の言葉は出てこなかった。
カズが唇を奪っているからだ。抱きかかえている左腕の反対の、今まで注射器を持っていたその手をフリーにしてクリスの両手を胸のあたりで握る。
他の娘にしたのより長めのキス。それをする事でクスリの効果をより高める、といった副二次的な事は、まぁ置いておこう。
しばらくそうしていた。クリスは何度か[痙攣]を繰り返したがそれも少しずつ収まって来た。カズは薬剤が効いているのと、自分の行動が[痙攣]の閾値にまで行かなくなってきたのを確認して唇を離す。
「さっきも言ったけど、ちょっと落ち着こうか、クリス。って無理だから[痙攣]しちゃうのは分かるんだけど。オレはきみに話がしたくて来たんだ。別に[痙攣]させたくて来た訳じゃあない」
――あぁ、私、今なら死んでもいい。
全44話予定です