7.どうして記憶を消去なさらなかったのですか?-マリアーナは、泣いていた-
全44話予定です
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マリアーナには名前は忘れてしまったが、家族の記憶は確かに残っている。
両親、それに姉と妹がいた、と記憶している。彼女の家は比較的富裕層に分類される家だった。だからだろう、生まれる子供が皆女の子であるという事実に家庭内は少しばかりギスギスしていた。
父親は事あるごとに手こそ上げないものの母親に[何故男の子を生めないのか]と罵っていたし、母親は母親でその頃には[スミマセン]としか言わなくなっていた。
教育も両親はまったくタッチしなかった。
それは、父親は父親で女の子には興味が無かったし、母は既に[壊れていた]からである。
その代わり、家庭教師というか執事というか、身の回りの世話をする人間がいたのだ。その人から礼儀作法などは習った、と記憶している。
その人は三姉妹にとても良くしてくれた。もちろん父親から[何処へ継がせても恥のないように]と言われていただけあって、教育自体は厳しいものであったが、教育時間が終わるとまるで我が子のように扱ってくれたのだ。
当然、三人ともその人になついていた。
そんな生活がこのまま続くだろうと幼心に想像していたちょうどそんな頃、父親が事業に失敗してしまったという事件が起きた。
当然、今までのような生活が出来なくなるのは想像に難くない。
ではどうするか。
もちろん資産の売却などから始まり、事業の譲渡先なども手は尽くしたのだろう。
だが、この父親である。あろうことか身内を[身売り]にかけたのだ。母親はその頃には使い物にならなかったのでそのまま家に置いておいたのだが[使い物になる]子供たちは身売りされていった。
そしてマリアーナは例の孤児院に引き取られていったという過去を持つ。
「誰かに聞いてほしかったのですわ」
カズがいる、ゼロフォーもいるこの格納デッキでマリアーナは自分の過去を話した。
「もちろんマスターはご存じたと思いますが、ゼロフォーに過去話をまだ聞かせていなかったかな、と。スミマセン、お時間を取らせてしまって」
そう言ってマリアーナは謝る。
「いや、きみの素性は知っていたが、まさかそんな過去だったとはね」
嘘か本当か、カズの表情はいつものように微笑んでいた。
「ご存じのとおり、わたくしはマスターに逆らえませんし、逆らうなど滅相もない事なのですが、一度マスターにお聞きしようと思いまして」
改まってそう言うと、
「どうして記憶を消去なさらなかったのですか? ゼロフォーは脳記憶を操作されたと聞いています。どうして……」
カズの顔を見て気持ちが高ぶっていたのだろう。それ以上は言葉にならなかった。
そんなマリアーナに、
「いいかい、きみはパイロットだ。サブプロセッサーではない。そしてパイロット制を採っている現在、パイロットの方がサブプロセッサーよりも優先権が与えられている。だからパイロットの記憶はほぼそのまま残されているし、サブプロセッサーの記憶は一部改ざん、消去しているんだ」
とまで言ったあと、崩れて泣いているマリアーナの耳元で、
「いいかい、きみはその辛い記憶と一緒に生きていくんだ。そうやっていろんな経験を積み重ねて[人]として生きていくんだ。そして、オレの命令には絶対に従うんだ」
その言葉がマリアーナにまだ残ってる心の奥底の感情に火をつけたのだろう、
「あぁ、そうです、そうですとも! わたくしは罰せられなければならないんですの!」
それはマリアーナが育った環境、父親や壊れた母親の存在、良くしてくれたあの人、身売りに孤児院での暮らし。そこへの[調律]という名の教育。
それだけの事を幼い頃に体験すると、人間は耐えきれずにどこか逃げ口を探すのかも知れない。
それは男性が怖くて仕方ないクリスが一転してカズの事を崇めるようになったように。男性に脅されるだけで怖くてそれが上気に結びつくようになってしまったように。
マリアーナにしてみれば[どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか]という気持ちよりも、いくら命令とはいえ手をこんなに汚した自分を[誰かに罰してもらいたい]と思うようになったのであろう。
そして[調律]の結果が、
「マスター、わたくしはいかなることでも致します。ですから!」
そう言って土下座をしてカズの脚にすがりつく。そんなマリアーナにカズは膝をつき、そっと手を差し出して、
「おいで」
そう言って抱きしめる。
マリアーナは、泣いていた。
全44話予定です