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8《盾》驚愕と後ろめたさ

 私が見た光景。

 それはあまりにも衝撃的で殺戮な光景だった。

 廃工場の床に転がる男性の死体と血飛沫。

 そして、寝転がる血だらけの男性の上に座りほくそ笑む従弟。

 拷問した形跡が遠くからでもわかる。

「これはどういう事?」

「どういう事って先程言った通り、殺し屋達を捕まえたのですよ。」

 ほら、見てくださいよ!と自慢げな笑みを向ける。

 その表情に私は恐怖感しか抱けない。

 全身に鳥肌がたつ。

「ところで姉さん達、どうしてここがわかったのですか?」

りっくんの携帯にはGPSが搭載されているの。それを頼りに、ね。」

 隣でドン引きしていた美紀が答えた通り。

 携帯越しから聞こえた銃声音から只事ではないと判断した私達はGPSで居場所を特定し、美紀の自家用車でここまで急行してきたのだ。

「そうだったのですか。」

「あのね、私達はあなたが―――ってちょっと!怪我しているじゃない!!」

 黒の服装の為わかりにくいが右肩に大きな血のシミが。

 平然と笑っているから全く気づかなかった。

「ああ、大丈夫ですよ。たかが銃弾を一つ肩に受けたぐらい。」

「大丈夫なわけないでしょう!!」

 私の大声に眼を丸くして驚く彼。

 いつもそうだ。

 大怪我を負っているにも関わらずなんともないフリを見せる彼。

 自分自身を蔑ろに、自分の命を粗末にする言動を目撃する度に私は苛立ちを覚える。

「何故なの!身勝手な行動をして!大怪我まで負って!何故私や他の人を頼ろうと―――。」

「だって誰も僕の声を聞こうとしてしていませんから。」

 何も言い返せない。

 平然とした態度での反論に恐る恐る美紀が聞き返す。

りっくん、怒ってる?」

「怒る?何故僕が怒るのですか?」

「だって、みんなから無視されているんだよ。腹が立つのも当たり前で―――。」

「道具が怒ったりしませんよ。」

 美紀は、そして私は自身の耳を疑う。

りっくん、何を、言っているの?」

「僕は国護家に仕える使い捨ての道具。国護家の繁栄の為に利用される道具でしかないのですから。」

「何、言っているの?」

 私はただその言葉を繰り返すのみ。

「使用人達が無視するのも僕を人として見ていないから。草薙師範代やその弟子達が僕の陰口や当番を押し付けるのも都合がいい道具だから。日頃のストレスの捌け口として、国護家が円滑にまわるための道具にすぎません。」

 私は身震いする。

 だって目の前で話す彼から感情が一切見受けられないから。

 人と話しているはずなのにまるで無機物と向き合っているような。

 そんな感覚が私を恐怖に陥れる。

「あ、勘違いしないでください。僕は不満なんて一切ありません。むしろ感謝しているのです。道具として有意義に生かしてくれているのですから。」

「馬鹿な事を言わないでよ!」

 無性に腹立だしくて胸倉を掴む。

「道具扱いなんて誰もしていない!私だって!何身勝手な事を―――。」

「でも姉さんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 その言葉が私の心臓を深く抉る。

 今、私はどんな表情をしているのだろうか?

 戸惑い?

 恐れ?

 動揺?

「ち、違う。私は・・・。」

 否定したいけど言葉が続かない。

 彼の指摘通りで何を言ってもいい訳にしかならないから。

「大丈夫ですよ姉さん。僕はそれで構わないのですから。だから・・・。」

 彼はニッコリ笑ってこう続けた。

「僕を都合のいいように使い壊して下さいね、姉さん。」




「穹、彼の名前は国護陸。今日から一緒に暮らしてもらう。」

 最初は自分の耳を疑った。

 だって数日前まで私と美紀の命を狙っていた殺し屋が私の従弟として紹介されたのだから。

「彼は記憶を失っている。だから引き取ったのじゃ。穹よ、彼を家族として接してあげるのじゃぞ。」

「よろしくおねがいします姉さん。」

 彼からの握手を私は応じなかった。

「よろしく。」

 短く冷たく放った一言に彼の表情が一瞬、こわばった。

 もし、あの時握手に応じていたら。

 もし、最初にもっと優しい言葉をかけていれば・・・・・・。


「後に悔いが残るから、『後悔』なんだよ穹ちゃん。」

 席で頬杖していた私に美紀が話しかけてくる。

りっくんの事、考えていたのでしょう。」

「まあ、ね。」

 自然と私達の視線は彼の席へ。

 彼は現在入院中。

 先日の襲撃で肩を負傷。

 当の本人は「これぐらいかすり傷ですよ、」と言っていたが、出血も酷く弾は体内に残っている状況だったのですぐさま救急車を手配。

 一日に二度も診断することになった結城さんは怒り心頭。

 弾摘出の為に緊急手術、そのまま入院する事となった。

「それにしても自分の事を『道具』とはね~~。普通ではない、とは思っていたけど。まさかそこまでとはね~~。」

「気付いていたの?」

「薄々、ね。私は何度も忠告していたよね。(りっ)くんの事をちゃんと看てあげないと、て。」

 仰る通り。

「ここまでこじれちゃって、どうするつもりなの穹ちゃんは。」

「他人事みたいね。」

「だって他人だもん。穹ちゃんとは違って。」

 美紀の言葉は厳しい。

「これは家族―――国護家の問題だよ。他人が土足で入っていい問題じゃないでしょう。」

 その通りだ。

「私は助言は出来るけど、解決するのは穹ちゃんやおじ様、国護家の人達がする事。私から言わせておけば、りっくんにあんな言葉を言わせたのは穹ちゃん達のせいだよ。」

 正論過ぎて何も言えない。

 この状況は彼が来た当初から浮き彫りになっていた。

 それに対し、解決策も出さず、時間が解決すると決めつけて静観していた。

 誰が悪いではない。

 皆が悪いのだ。

 私も含めて。

 どんな理由であれ。

「ええ、わかっているわ。この問題は絶対に解決しなければならない。でも今じゃないわ。」

「穹ちゃん?」

「今私がやるべき事は森本麻耶さんの取り巻く状況から護る事よ。」

 あらゆる場合でも警護を優先すべき。

 お祖父様からの教えだ。

「防人としての自覚があるのはいいけど、だからって家族を蔑ろにするのは良くないと思うよ。私から見ればただ問題を先延ばしにしているとしか見えないわね。」

 鋭い指摘。

「ちゃんとしないと私の家みたいになるわよ。」

 美紀の実家、武庫川家は数年前に跡取り問題で大きな事件を引き起こした経緯があった。

 肉親同士による醜い争いは血を流す状況まで陥り、最終的には親戚の多くと死別や絶縁という結末を迎えたのであった。

「わかっているわ。だから早急に解決させる。」

「・・・・・・、お願いだからから私みたいな悲劇を迎えないでね。」

 少し涙ぐむ美紀に私は黙って頷くことしかできなかった。


「それで美紀、アイ―――陸が捕まえたあの3人からの情報は?って何がおかしいのよ!」

 私が陸の呼び方に慣れていない事が可笑しかったみたい。

 くすくす笑いながら私の問いに答えた。

「残念ながらあんまりよくないわ。一人は死亡。コーチに変装していた人は大怪我の為、只今入院中。で残りの一人は黙秘権行使。」

 肩をすくめて両手を広げる。

「全く情報が得られていないの?」

「そう。でも一つだけ手っ取り早く情報を得る方法があるわ。」

 それは何?と聞くといたずらっ子の笑みを浮かべて答える。

りっくんから教えてもらうの。」

「アイツ―――じゃない陸から。」

ダメだ。アイツ呼びが口が完全に慣れてしまっている。

「拷問していたようだし、何か情報を得ているかもよ。」

「成程ね・・・・・・。」

 なんか美紀に誘導されているように思えるけど・・・。

「でもそれは明日ね、今日は麻耶さん達と会う約束になっているから。」 

今日の放課後、私達が調べた結果を報告する為、会う手筈になっている。

「それに彼――陸に会わなくても情報は得られるわ。時間はかかると思うけど。」

「ところが穹ちゃん、そこまで悠長していられないの。実は彼らが捕まって僅か2時間後にアメリカ領事館から死体と二人の引き渡しを要求してきているの。」

「随分早い対応ね。」

領事館がそんなに早く動くという事は彼らは政府関係者?

「そうとは思えないけどね。偽造パスポートに銃やナイフ。物騒な物を持っている辺り、真っ当な人には思えないわ。」

「この話、麻耶さん達には聞かせられないわね。」

「そうだね。伝えるのはもう一つの事―――ストーカーらしき人物の事と盗撮の件だけにしようか。」

 結論付けた所でチャイム音。

 英語担当の教師がやってきて授業開始。

 そのさなか、ふと私の視線は斜め後ろに。

 空席のはずなのに私の眼には悲しげに外を眺めている従弟の面影が映っていた。


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