7《矛》衝動のままに
「気分はどうかな?」
眼を覚ました僕に結城医師が調子を尋ねできたので「大丈夫です。」と答える。
昨日、殺し屋を追跡中に高所から飛び降りた事が当主様の耳に入り、検査を受けていた。
診断の結果は異常なし。
なので、そのまま記憶喪失の診断へ移行。
数ヶ月前から催眠治療を試していて、今し方意識が戻った所だ。
「特に異常はないね。」
診断票に記入する動作を見せる結城医師。
彼の視線は僕を見たまま。
僕の些細な反応を見逃さない、という意思がよくわかる。
(ま、それは僕も同じなのだけど、ね。)
「僕の過去、何かわかりましたか?」
「いや、特に。」
素っ気ない返事。
しかしほんの一瞬、眼が泳いだのを見逃さなかった。
「陸君、無茶な行動は慎むように。大怪我を負って動けなくなっても知らないよ。」
早口で注意を促して駆け足で立ち去る。
これは何かあったな、と確信。
「あ~あ、こんな事なら自室に盗聴カメラとか仕掛けておくべきだったなぁ~~。」
脱力して再びベッドへダイブ。
「ま、急遽の往診だったから仕方がないか。」
急遽の診断の故、下準備が出来なかったのだ。
「僕が何を言ったのか、気になるな・・・。」
悩んだ結果、盗み聞きする事に。
気配を消して、当主様達がいるであろう応接の間へ足を忍ばせる。
途中、こちらへ向かってくる草薙師範代の姿を発見し、慌てて身を隠す。
上手くやり過ごし、再び応接の間へ向かおうとした時、
「おい、熱くなるなよ。それにその殺し屋は護送中に逃亡したそうだぜ。」
「可哀想に。せっかく成果を出したのになあ。笑笑」
使用人達のひそひそ話が不意に僕の耳に届いた。
(そっかぁ~、あの男、逃亡したのか・・・。)
聞かされた事実。
だが僕の心には落胆はない。
何故ならそうなると予想をしていたから。
(何事も保険はかけておくべきだよね。)
回れ右。
僕の足は応接の間ではなく、裏口へと向かう。
殆どの人も僕の事に関心を持っていないので簡単に外へ出ることが出来た僕が向かった先は屋敷から数十m離れた所にあるガレージ。
そこには黒の400㏄のバイクが置かれていた。
このガレージとバイクはこの半年の給料で購入した物(勿論、免許も自費で取得済みだ。)
なので、このような場所を持っている事は誰も知らない。
「さて、あの殺し屋はどこにいるかな、と。」
ガレージ内の備え付けたノートパソコンを起動。
実はあの殺し屋には密かに発信器を付けていたのだ。
「気づかれていないといいけど・・・・・・、お、反応した。」
画面に表示された地図に赤く点滅する箇所を発見。
この発信機も実費で密かに購入した物で誰にも知られていない。
「よし。」
ノートパソコンを鞄に仕舞い、バイクに跨る。
バイクは景気良いエンジン音を鳴らして颯爽と走り始めた。
発信器が示した場所はバイクで2時間程走らせた先にある街から少し離れた廃工場だった。
街外れとなり、目的の建物が目視できた場所でバイクから降りる。
エンジン音で相手に気づかれないようにする為だ。
バイクを脇道に隠し、あとは徒歩。
僕が向かう廃工場は長らく閉鎖しているが、土の道には複数の足跡が。
それらは真新しく、つい最近誰かが廃工場に訪れている事を表している。
自分の足跡を残さないよう気をつける事15分、目的地へ到着。
物陰に身を潜め、中を目視。
(よし、気付かれていない。)
即座に行動。
物音を立てずにダッシュ。
無事、建物内へと侵入する。
(二人、か。)
中から察知した気配から人数を把握。
物音と話し声を頼りに近くへ寄る。
「何簡単に捕まっているんだよ。トム。」
「仕方ねえだろ。まさか硝煙の匂いで気づかれるなんて思わねえだろうが。」
二人が言い合いしているのをドラム缶の影から覗き見。
(アイツがコーチに変装していた奴か。)
年齢は30代後半。
茶色の髪と顔立ちから英国人のようだ。
しかし日本語の発音は完璧で声だけ聞けば日本人と間違える程。
一方の僕に背を向けている方の男性は少し訛りがある。
背格好と髪の色、肌の色からこちらも英国人と推測。
「あんな防人がいるなんて聞いてないぞ。」
「イレギュラーがあるから注意しろ、とアレックスから言われていただろうが。油断していたオマエが悪い。」
(アレックス?3人目がいるのか?)
その時、ポケットから振動が。
(電話?ああ、美紀さんか。後でかけ直し―――え?)
拒否ボタンを押そうとした時、画面に反射して映る銃口。
(しまった!)
と思った時すでに遅し。
銃声が鳴り響き、銃弾は右肩に命中。
『陸くん!!今のは何??』
どうやら拍子で通話モードになってしまったようだ。
白人男性は無言で通話を切る。
「おい今の銃声はなんだ、アレックス。」
「お、オマエは!!」
「知っているのか?」
「こ、コイツだ!!オレを捕まえた防人だ!!」
小気味に震える指先を僕に向ける。
「そうか。」
アレックスと呼ばれた白人は僕の額に銃口押し付ける。
「オマエがオレ達の邪魔をしたのか。」
アレックス眼つきが鋭くなる。
「どうして俺たちの居場所がわかった。」
「発信器だよ。」
顎を示して教えると自分の身体を弄るトム。
そして襟裏から薄くて小型の発信機を見つけた。
「何やってるんだ!」
「ゆ、許してくれ。」
(だめか。)
心の中で落胆。
仲間がトムに暴力を振るう中、アレックスは僕から眼を逸らさない。
(隙を一切見せないか。)
「そこまでにしろ。バレてしまって仕方がない。ここは破棄する。すぐに撤退の準備を。」
「わかりました。おいトム。」
すぐさま準備にかかる二人。
その時トムが僕に対して睨みつけてきたのを見逃さなかった。
(感情をすぐに表に出すタイプか。)
「何がおかしい。」
アレックスが額に銃口を強く押し付ける。
無意識に笑みが溢れていたらしい。
「この状況で笑えるとは肝が座った猛者、もしくはただの大馬鹿者か。」
灰色の瞳が僕を見定める。
絶対絶命のピンチ。
だが、僕の心は意外と落ち着いていた。
恐怖していない、といえば嘘になる。
人差し指一つ動くだけで死に至るこの状況。
だけど僕の心の中には死の恐怖よりも湧き沸る興奮の方が勝っているのだ。
「ククク・・…、フフフフ。」
抑えきれない笑いが漏れる。
「アレックス、準備できたぞ。」
数分後、二人が再び目の前に現れる。
「そうか。」
「コイツはどうする?」
全員の視線が僕に集中する中、アレックスが一言。
「ここで始末する。」
「ここで?」
「ああ、死体が見つからない場所に連れて始末するつもりだったが気が変わった。コイツは危険だ。今ここで始末しなければならない。」
「痕跡は残るが仕方ないな。」
アレックスの言葉に全面同意。
彼も不気味な笑い声を溢す僕に畏怖を成していた。
そんな中、ただ一人、トムだけは違った。
「始末するなら俺にやらしてくれ。」
アレックスが答える前にナイフを取り出し安易に近寄って来るトム。
痛ぶり殺そうと考えているのが安易にわかる。
「へへへ、簡単に死ねると思うなよ。苦しめてやる。」
「ダメだトム。俺がやる。お前は手を出すな。」
「なんでだよ!オレにやらせろよ!そうじゃねえと腹の虫が収まらねえ!」
己の欲を満たす為だけの身勝手な行動。
アレックス達の厳しい制止に耳を傾けようとしない。
「おいトム!」
苛立ちの余り、強い口調で叱責するアレックス。
その時、初めて彼は視線を僕から一瞬外してしまう。
はっ!と気づくがもう遅い。
その時には既に銃を握る右手にしがみつき、自由を奪う。
(まずアイツから。)
抵抗するアレックスの腕を上手く操り、発砲。
パン!
パン!
銃弾は狙い通り男の額、そしてトムの右太ももに命中。
「この!」
アレックスの腕が僕の首元に。
(締め落とすつもりだな。)
すかさず強烈な肘鉄をアレックスの腹部に。
そしてくの字に曲がったアレックスの顔面に追撃の裏拳。
完全に奪った拳銃を立ち上がろうとするトムに発砲。ナイフと数本の指が吹き飛ぶ。
「シッ。」
背後から殺気。
アレックスの強烈な右ストレート。
ガードした拍子に拳銃を落としてしまう。
蹴り飛ばされた拳銃。
「シッ、シッ。」
アレックスはボクシングの心得があるようだ。
巧みなフットワークで翻弄。いいパンチを何個か貰う。
「ふふ、ふふふ。」
笑みが止まらない。
殺されるかどうかの瀬戸際。
銃弾を受けた肩の痛みや殴られた痛みよりも勝る感情。
(嗚呼、この人を壊したい。)
恍惚とした表情を見たのだろう、アレックスは身の毛が立つ程の恐怖を見せる。
その表情をもっと歪めたくてローキック。
足元が崩れ、苦痛を見せる彼に追い打ちの掌底。
(あれ、失敗した?)
顔を歪める以外の反応がない。
なので呼吸を整え、構え直す。
「く、そ!」
鋭い右ストレートを左手で受け流して、右足を前へ強く踏み出し、もう一度掌底。
「ぐばっ!!」
口から血を吹き出し、崩れ落ちるアレックス。
「よし、上手くいった。この感覚か。」
「キ、キサマ・・・・・。」
立ち上がれないアレックスは怒りに身体を震わせ、僕を睨みつける。
通常の人間なら怖がるのかもしれないが、僕には通用しない。
反対に興奮のあまり身震い。
「さてと、教えてもらおうかな。キミ達の目的を、ね。」
そう、本来の目的はこれ。
「そう、易々と話すと思っているのか?」
「う~~ん・・・、確かに。素直に話してくれるとは思わないな~~。」
「そこまでだ、そこのガキ!!」
振り返ると、血を流すトムが銃を僕に向けていた。
どうやらアレックスと対峙していた最中、地面を這いずって僕の手から離れた拳銃を拾ったようだ。
「撃たれたくなければ抵抗するな。」
痛みと勝ち誇った表情を見せるトム。
「利き手ではない方で銃を撃つなんて無謀。狙いが定まらないよ。ほら。」
素早くアレックスの背後に回り、首を絞める。
「ほら、狙ってごらん。」
腕に力を込め、アレックスを絞め落とす。
「馬鹿にするな!!」
引き金を引く。
カチッ、カチカチ。
「え?ぐは!」
困惑するトムの懐に瞬時に入り、腹に一撃。
実はトムが持っている銃は弾切れ。最初から3発分しか装填されてなかったのだ。
「馬鹿だね、弾切れかどうか銃の重さで分かるようにならないと。常識だよ。」
寝転がるトムの上に座り、動きを封じる。
「さ、キミから教えてもらおうかな。」
「話してたまるか!」
「そう。」
「ぎゃあああああああ!」
左手の人差し指を折る。
「話す気になるまで指を一本ずつ折るよ。それよりも耳を反り落ちされる方がいいかな?ねえ何をしてほしい?」
「ひ・・・・。」
恐怖で息を呑むトム。
容赦なく二本目を折る。
トムの悲鳴が何度も廃工場中に響き渡る。
「さ、さ、さ、白状してよ。ま、話したくなくてもいいよ。だってこんなにも楽しい拷問が続けられるのだからね!」
指を全部折ったら次はどうしようか?
ナイフで皮膚を剝いでみようかな?
それとも歯を一本ずつ抜いてやろうか?
嗚呼、水責めもいいかもしれない。
「わ、わ、わ、わかった!話す!全て話すから!!!」
恐怖に怯えて矢継ぎ早に全てを白状するトム。
「成程、ね・・・・。」
全てを聞き終え、さぁトムをどう始末するか?
そんな事を考え始めた、その時!
「何をしているの!」
聞き覚えをある女の子の声が。
振り返ると肩で息をして目を丸くしている従姉さんの姿が。
(嗚呼・・・。)
僕は困惑する従姉さんを安心させるために満面の笑顔でこう答えた。
「殺し屋達を捕まえましたよ、姉さん。」




