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6《盾》診断

「おい聞いたか?」

「ああ、潜伏していた殺し屋を捕まえた話だろ。」

「なんだよあいつ、また成果あげたのかよ。」

「不味いよな、この状況。」

「何必死になって成果だしているんだアイツ?」

「そんなのこの国護家を自分のものにする為に決まっているだろうよ。」

「いきなりやってきて乗っ取るなんて許せないぜ。」

「国護家の跡取りは穹様に決まっている!」

「そうだそうだ!余所者なんかに継がせてたまるものか!」

「おい、熱くなるなよ。その殺し屋、護送中に逃亡したそうだぜ。」

「可哀想に。せっかく成果を出したのになあ。笑笑」

門下生や使用人達の彼に対するヒソヒソ話は尽きない。


「それで草薙よ、逃亡した殺し屋の行方はどうなっておる。」

「今警察が行方を追っていますが、足取りは全くわかっておりません。」

「そうか。」

「事情聴取を行う前に逃亡された為、武庫川美紀様が見つけ出した殺し屋の目的はわからず仕舞いでして。」

「見つけたのは私じゃなくてりっくんですけどね。」

 さりげなく訂正を口にする美紀。

 しかし草薙師範代は無視。

 頑として彼の成果を認めたくないのが態度に表れている。

「草薙、警察と協力して、取り逃した者の行方を追え。」

「・・・かしこまりました。」

「おじ様、今のは酷くありませんか。」

 少し不満気な草薙師範代が引き下がったのを見計らい抗議する美紀。

りっくんへの対応、注意すべきです。この家の人達、(りっ)君に対しての態度が酷すぎます。」

「わかっておるよ美紀ちゃん。ワシもそれとなく注意を促しておるのだが・・・。ワシが強く言うとそれは当主の命令となってしまう。それでは意味がない。」

 困り顔で禿げた頭皮を掻く祖父。

 普段あまり見せない素振りだ。

「だからって静観は良くないと思います。ね、穹ちゃん。」

 私に同意を求められても困る。

「失礼します旦那様。」

 襖の向こう側からお鶴さんが声をかける。

「主治医の結城様がお話があると。」

「わかった。通せ。」

「失礼するよ創玄さん。」

 結城さんは白衣を着た50代のダンディな男性。

 私の亡き父の友人で医師免許を所持しており、私達が日頃から大変お世話になっている人である。

「結城先生、陸はどうでしたか?」

 結城さんは私の隣に正座。

 本日は陸の診察で私の家を訪ねており、その結果を伝えにきたようだ。

「身体の方は問題ない。」

「そうですか。」

 ほ、と胸を撫で下ろす祖父。

「創玄さん、安心されては困ります。今回は偶々異常がなかっただけ。本来なら大怪我を負ってもおかしくない状況です。」

 全く5m以上の高さから飛び降りるなんて、と愚痴がもれる。

「過去何度無茶をしてきたことか。創玄さん、あなたから再度注意すべきです。これ以上の無茶をされては面倒は見切れません。」

 結城さんの視線が私にも向ける。どうやら私にも忠告しているようだ。

「わかった。後で注意を促しておくよ。」

「お願いします。次に彼の記憶ですが―――。」

 結城さんの前置きに祖父、そして私が固唾を呑む。

 彼は外科医でありながらも精神医学にも精通しており、陸のカウンセリングを担当しているのだ。

「彼は何か思い出したのですか先生。」

「いいや。」

 私の問いに首を横にふる結城先生。

「彼は長期記憶障害、自分の出生や今までの体験した記憶を全く思い出せない症状だ。普段の生活を送ることに関しては支障はあまりない。」

「記憶喪失はふとした事で戻ると聞いておるが。」

「一例に過ぎません。記憶が戻らぬまま一生を終える例もあります。」

「結城先生、催眠療法は試したのかね?」

「数ヶ月前から試しています。彼は私に対しても本音を言いませんから。ただその結果少し分かった事があります。」

「それは何じゃ?」

 身を乗り出して尋ねる祖父。

「やはり彼は特殊な環境で育ったようですね。」

「それはどういう事ですか?」

 私の質問に美紀も興味津々で眼を丸くする。

「私は催眠状態の彼からいくつかの話を拾いました。」

 結城さんは携帯を取り出して操作、録画した内容を私達に見せた。

『さあ陸君、君は今5歳の子供だ。』

 ベッドの上で横たわる彼に優しく話しかける結城さんの映像。

 彼の眼は虚ろ。催眠状態に入っているのがよくわかる。

『今日は何をするのかな?』

『人を殺します。生きる為に。殺される前に殺します。生きる為に。その為には銃の扱いを覚えて、仕掛けられている罠の見極めをしないと。死なない為に・・・・・・。』

「こ、これは・・・・・・。」

 驚愕する祖父。

 多分私も祖父と同じ表情をしているだろう。

 誰もが携帯のスピーカーから聞こえてくる彼の発言に言葉を失っていた。

「拾えたのはこれだけです。後は全く・・・。何を言っているのかわかりませんでした。ですがこれだけで何があったかは十分です。」

「陸は幼少時から何処かの施設で兵士、もしくは殺人マシーンとして育てられていた、と。」

「ええ、その可能性が高いかと。もしそうだとすれば彼の身体にある傷も説明できます。」

「「身体の傷??」」

 私と美紀が同時に首を傾げる。

「二人は知らなかったのか。彼の体には無数の傷痕があってね。銃創や刃物の切傷、火傷。拷問を受けた痕もあったよ。」

「なんですって!」

 この前私に裸を見られて悲鳴をあげたのはその傷を見られたくないからだったのね。

「陸があれ程の戦闘技術を持っている事に疑問を持っていたが、そういう事だったのか・・・。」

「記憶喪失で学んだ事は忘れていますが、体には染みついているのでしょう。今彼は反射的に戦っているだけです。」

「穹と年齢は変わらないはずなのにそこまでとは……末恐ろしいのう。」

りっくんは幼少から暗殺者として育てられた。もしくは少年兵として戦場に駆り出されていた。」

「でも待って。彼は日本人よ。そんな事が―――。」

「あまいよ穹ちゃん。貧困から子供を育てることが出来ずに売る人だっているんだよ。この日本にも、ね。」

 美紀から厳しい現実を突きつけられる。

「生まれたての赤ん坊なら戸籍がないから利用しやすい。裏組織の手に渡り道具としてね。」

「創玄さん。これは私個人としての提案なのですが、彼の記憶を取り戻させる事を止めた方が良いのではないでしょうか。」

「・・・・・・。」

「彼にどのような過去があったのかは詳しくはわかりません。が良き記憶ではない事は確か。このまま何も知らずに創玄さんの孫『国護陸』として生きた方が彼にとって幸せではないのでしょうか。」

「そう、かもしれぬな。」

 悩みに悩み、声を絞り出すように答える祖父。

 私は何も言えず、その場を後にすることしかできなかった。


「私、勘違いしていた。」

「穹ちゃん?」

 廊下を歩く中、私が突然口を開いたことに少し驚きを見せる美紀。

「私ね、彼がお爺様から『国護陸』の名前を貰った時、凄く腹立たしかったの。でもそれは国護家の跡取りとか、そんなことは関係なくてただ、彼の言動が許せなくて。」

 祖父から彼が『国護陸』の名を承った時に見せた彼の満面の笑顔。

(「ありがとうございます当主様!この名を穢さないよう、より一層精進します。この名を大切にします。」)

 彼の発した言葉に不快感を抱いた。

「私達の家族になろうとするのが許せなかった。彼には本当の家族がいるのに。そして本当の自分を取り戻そうとしない態度に。」

 結城さんの治療に最初難色を示していた彼。

 それを傍から見ていた私は苛立ちを募らせ、気づけば彼を遠ざけていた。

 あなたには本当の家族がいるのだから、ちゃんと本当の自分を知りなさい。

(りっ)くんは本能的に避けていたのかもしれないね。自分が普通ではなくて辛い過去がある事に。」

 暫しの無言。

 私の視線は無意識に厚い雲が覆う空へと向く。

「ほら穹ちゃん、ぼっとしている場合じゃないよ!」

 そんな私の背中を押す美紀。

 前向きな彼女に押されて向かった先は彼の部屋がある離れ。

「ほらほら、ちゃんと話し合って。仲良くならないと、ね。」

 美紀に促され、私は襖を叩く。

 が、応答がない。

 いつもならすぐに「どうしましたか姉さん。」と声が聞こえるはずなのに。

「まだ寝ているのかな?入るよ(りっ)くん。」

 遠慮なしに襖を開ける美紀。

「いないね・・・。」

「どこに行ったのかしら?」

 部屋はもぬけの殻。

 丁度庭掃除をしている使用人がいたので彼の所在を確かめる。が、誰も彼の行き先を知らない。

 というよりも彼に関心を持っていないが故、どこにいるのか分からないのだ。

「酷いね、使用人失格だよ。」

 声を大にして批判する美紀を宥めつつ、彼がどこに行ったか考える。

「穹ちゃん、電話してみようよ。」

「え?電話?」

「そうだよ・・・・・・、どうしたの穹ちゃん?」

 困惑する私の表情を見て考察する美紀。

「もしかして(りっ)君の連絡先、知らないの?」

 はい、知りません。

 彼が携帯を所持している事は知っていたが、登録することを失念していた。

「穹ちゃん!」

「ごめんなさい。」

 美紀の厳しい小言を長々と受ける事に。

「全くもう、後でちゃんと連絡先交換しておきなさい!」

 ご立腹の美紀が自分の携帯を操作、彼に連絡を入れる。

「あ、繋がった。もしもし(りっ)君、今何処に――――え?」

 聞こえたのは彼の声ではなく、私達の鼓膜を貫く大きな銃声であった。

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