3《盾》美紀からのお願い
「穹ちゃん。今日の放課後、寄り道するからついてきてね。」
「いいけど何処に行くの?」
「駅前の喫茶店。人と会う約束があるの。」
「それって私が同行してもいいの?」
「うん。穹ちゃんがいないと話が始まらないの。」
「もしかして・・・依頼?」
「うん!」
満面の笑みを浮かべてご飯を口に運ぶ美紀にげんなり。
「なのね美紀、私は貴女の防人なの。」
「うん知ってる。でも世間に穹ちゃんの素晴らしさをもっと知らせたいの。」
「十分広まっているわ。貴女のおかげで。」
私は基本、美紀の護衛しか受け持っていない。
それはまだ学生の身であるから。
祖父からも学業優先と言われている。
美紀の護衛も同じ学校に通っているからである。
ところが美紀は大企業の伝手を使い、私を各所に売り込んでいるのである。
「で、今度は誰を紹介してくれるの?」
「ほら覚えてる?森本麻耶さんの事。」
「確か去年、高校2年生ながらも日本代表になった人よね?」
「そう。その人。」
「依頼の内容は?」
「それは放課後聞かせてもらうつもり。だから一緒に、ね。」
「・・・・・・、わかったわ。」
目を輝かせている美紀に渋々承知。
こうなると頑固として意見を曲げないのは長い付き合いで重々承知。
こうして私は放課後、美紀のお供をすることに。
「これが麻耶宛てこの前届いて。」
1通の封筒をみせるのは鈴蘭台高校の副部長。
やや長身で痩せ気味に彼女の隣に座るのが森本麻耶さん。
私より一つ年上の高校三年生。
エースアタッカーの彼女の身長は190センチ。
副部長とは違い体格もしっかりしており、しなやかな筋力を備えているのが分かる。
「『バレーを続けたければ今度の国際試合出場を見合わせろ。』ね。」
「定規を使って筆跡を誤魔化しているね。この調子だと指紋を無理かな〜。」
手紙を隅々まで観察する美紀。
「今度の国際試合とは?」
「3か月後にある日本代表のアジア大会のことよ、穹さん。」
森本麻耶さんとは前に一度、私が通う学校と先週試合をした時に出会っている。
助っ人で試合に出たのだが、彼女の強烈はアタックを私は止めることが出来なかった。
「この手紙が来てから私は心配で。」
「と副部長さんが言っているけど、麻耶ちゃんは?」
「私は特に何とも・・・。今回も副部長の菜々美が急かすから美紀ちゃんに連絡したの。」
「麻耶はもう!あなた自身の事でしょう!何かがあってからじゃ遅いのよ!」
副部長曰く、摩耶はいい意味でずぶとい性格で簡単に動じる事はないそうだ。
「代表に選ばれて周囲の視線が騒がしくなっても淡々と自然体で。いい事かもしれないけど・・・。ただ抜けている所もあって。SMSなどの情報やファンレターとかも私が一括しているの。」
「凄いね副部長さん。まるで麻耶ちゃんの個人マネージャーだね。」
「何他人事みたいに言っているのよ美紀。似た事を私にしているでしょ。」
この指摘に舌を出しておちゃらける美紀。
「因みにこの脅迫状を送った人物に心当たりは?」
私の質問に身を乗り出して答える副部長。
「あります!ストーカーです。」
「ストーカー?」
「ええ、この脅迫状が届いた同時期に練習を覗き見している男性の姿があって。」
「ああ、あの人の事。そんなに怪しいかな?」
「麻耶!危機感を持って!!お願いです、そのストーカーを捕まえてください!脅迫状を送ってきたのもそいつに決まっています。」
「決めつけは視野を狭めるからいけないですよ副部長さん。」
「美紀の言う通りね。それに私には逮捕権は持っていないわ。」
私達防人は民間人であり、警察のように逮捕権を所持していない。
逮捕・拘束が出来るのは現行犯や正当防衛が適応される場合のみなのだ。
「そうなのですか?」
「ええ、よく勘違いされるのですが。」
「でも、麻耶ちゃんを守ることは出来るよ。」
美紀、と窘めようとするが彼女は止まらない。
「早速、今週の土曜日と日曜日、私達の学校と合同練習してはどうかな。そうすれば穹ちゃんも自然な形で麻耶ちゃんの側に居れるよ。」
「何言っているのよ。」
だが私の反論は副部長の賛同で掻き消される。
「勝手な事していいの?」
「大丈夫だよ穹ちゃん。そこは私のコネで、ね。」
ウインク一つ見せる美紀に私は大きなため息しか出なかった。
「で今週の土曜日と日曜日、姉さん達はその鈴蘭台高校へ行くと・・・。」
「そういう事よ。」
家に帰った私は事の顛末を彼に話す。
「美紀さんも?」
「ええ。練習中はマネージャーとして傍にいるって。」
「成程・・・。で僕は家で待機ですか?」
「いいえ。あんたにも来てもらうわ。」
「・・・・・・。では僕は姉さん達が練習している時はその周辺を見回ります。それならいいですよね。」
(私の心の内を読んだわね。)
正直言って彼の動向は反対。
殺し屋である彼を見ず知らずの土地に連れ出すのはどうしても抵抗があるのだ。
(「陸くんもちゃんとつれてきてね。」)
美紀からの念押しが脳内で再生される。
「ええ、それでお願い。」
彼の提案を受け入れる。
「それじゃあ、お願いね。」
「わかりました。」
私は早足で離れから立ち去す。
やっぱりなれない。
彼が私の従弟だという事に。
彼が殺し屋だという事。
彼が私の同僚に大怪我を負わせた事。
自分に意思でなかったとしても、その時の彼の狂気的な殺意は今思い出すだけでも寒毛がする。
「お爺様から仲良くしてくれ、て言われているけど・・・。」
半年経った今尚、歩み寄り事が出来ていない。
他人よりも一つ距離をとった関係が今の現状。
見捨てている訳じゃないけど、あんまり関与したくないのが本音だ。
「どうせ、記憶が戻ったらサヨナラになるのだし、それでいいよね。」
誰もいない廊下で私はぼそりと呟いた。




