2《矛》国護陸
「穹、そして陸よ。此度の護衛、見事であった。」
「ありがとうございます、お爺様。」
「お褒めに預かり光栄です、当主様。」
従姉さんの後に続き、頭を下げる僕の名は国護陸。
半年前、この国護家の一員になった者だ。
「二人に任せて正解だったわい。」
白い髭を揺らしニコニコ顔の老人は国護創玄。
僕に名前を与えてくれた恩人。だから尊敬の念を込めて「当主様」と呼ばせてもらっている。
「そうですね。所で穹君?」
と従姉さんに尋ねるのは草薙師範代。
国護の防人として長く務め、この家で開いている道場の師範代でもある。
堅物の雰囲気、太い眉を中央に寄せ、厳しい視線を僕達へと突きつける。
「なんですか?」
「一つ聞きたいのだが、何故君はメイド服を着ていたのかね?」
あ~~~~、それを聞きますか。
防人は本来、自分の身を守る為の特別製の防御服を着用する義務があるのだが・・・。
戸惑いを見せる従姉さん。
(まあ言えないよね。美紀さんにゲームに負けて罰ゲームでメイド服を着せられたことなんて・・・。)
なので一つ助け舟を出す事に。
「僕の進言です、草薙先生。」
「なんだと・・・。」
「防人の服装は少し目立ちます。故、敵をおびき寄せる為、油断させるために姉さんにはメイド服を着てもらいました。」
平然と答える僕の視線が一瞬だけ従姉さんと合う。
「何を考えているのだキサマは!!我々が着ている服は身を守る為の物。それを脱ぐとは―――。」
「申し訳ございません。僕が浅はかでした。」
深々と土下座。
「謝って済む問題ではない!何事もなかったからいいものの、穹様にもしもの事があったらどうするつもりだ!!」
「草薙よ、そこまでにしておくれ。陸もそのように反省しておるのだしな。」
当主様が草薙の怒りを鎮めるその一瞬、僕と視線が合う。
(あ、これ、僕が従姉さんを庇った事、気付かれたな。)
上手く騙せなかったことに少し反省しつつ、応接の間を退出。
「怒られずに済みましたね、姉さん。」
「余計な事をしないで。」
「すいませんでした。」
謝るが、従姉さんはすでに背を向けて立ち去っていた。
「余計なお世話だったか・・・。」
僕は一人廊下で髪を搔く事しかできなかった。
(仕方がない。僕はそういう立場だからな。)
僕は今、『国護陸』と名乗っているが、本当の名前ではない。
なら本当の名前は?と聞かれると少し困る。
何故なら本当の名前を知らないから。
記憶喪失、というやつだ。
以前の僕は何をしていたか?というと殺し屋だったらしい。
あやふやな答え方だが仕方ない。
以前の記憶がないのだから。
これは当主様から聞かされた話だが、僕はある武器商人に囚われの身になり、特殊な仮面を付けられて操られていたそうだ。
《狂喜の矛》として裏社会ではかなり名の売れた殺し屋だったらしい。
ある時、僕は依頼で美紀と従姉さんに襲うのだが、激戦の末、負けた。
その時に仮面が破壊された事で自由の身となったのだが同時に僕の記憶喪失が発覚。
路頭に迷う僕の事を哀れに思ったのか当主様が身元を引き受けてくれたのだ。
その経緯から僕は半年前からこの国護家に居候させてもらっているのである。
「それじゃあまた明日ね穹ちゃん、陸くん。」
名残惜しそうな表情を見せるのは従姉さんが護衛している武庫川美紀。
薄黄色でふわふわな髪と碧色の大きな瞳が特徴的な今時の女子高生。
一見ごく普通の高校2年生に見えるが、実は日本有数の大企業、武庫川グループの血筋。かなりの金持ちである。
「気をつけてね。」
車に乗り込んだ美紀を見送る従姉さんを一歩離れた位置で見守る。
「家に戻るわよ。」
「わかりました姉さん。」
従姉さんが歩き出すのを待ち、後に続く。
横に並ぶのではなく3歩離れた立ち位置を保つ。
普段から世間話などしないのでこの距離感に困る事はない。
もちろん周囲への警戒も怠らない。
いつ危険が身に降りかかるかわからないから。
いつでも動けるように気を張り続ける。
家に到着。
「おかえりなさいませ、穹お嬢様。」
使用人達が頭を下げるが、それは全て従姉さんに対して。
僕には言葉は勿論、目も合わせようとしない。
(ま、それは仕方がない。誰も僕の存在を歓迎していないのだから。)
「主人様に取り入った人殺しが。」
使用人の一人が呟く。
(僕には聞こえないように小声で言ったつもりだけど残念ながら一言一句聞こえたよ。)
「この後、道場で稽古よ。」
「わかりました。」
従姉さんはボクの返事を待たずに立ち去る。
これもいつも通りの事。
自然と自室へと向かう。
僕の自室は母屋のすぐ隣の離れにある。
「おお、陸よ。学校帰りかな?」
「当主様、只今戻りました。」
途中、当主様と鉢合わせになったのできちんとご挨拶。
「今から道場へ向かうのか?」
「はい。」
「そうか。」
「何か僕に御用件でしょうか?」
何かしら言いたそうにしている当主様。
「陸よ、学校の方はどうだ?」
「はい、当主様に通わせて頂いている学校。滞りなく勉学に励ませて頂いております。」
「そ、そうか・・・。」
(あれ、答え方を間違えたかな?)
少し困り顔を見せるので別の返答を考えるが思いつかず。
「・・・・・・陸よ、精進するのだぞ。」
いそいそと立ち去る当主様を見送った後、自室へ。
「さてと、道着に着替えてっと・・・。」
箪笥から道着を取り出し、着替え始める。
その途中、ふと視界に入ったのは一丁の拳銃。
記憶がなく、身分を示す物が何一つない中、僕が持っていた唯一の所持品。
「デザートイーグル50ae・・・・・・か。自分の事は何一つ覚えていないのに何でこんな事だけはは覚えているのだろう。」
思わず苦笑。
愛用の拳銃を厳重に保管して、道着に着替えていざ道場へ。
道場にはすでに多くの門下生が。
「遅れました。」
「遅いぞキサマ。何をしていた!!」
草薙師範代からの叱責が耳を貫く。
「申し訳ございません。」
すぐさま謝るがそれは仕方がない事。
何故なら稽古の開始時間は学校があり、絶対に間に合わないのだ。
だが僕は言い訳を口にしない。
何を言っても無駄だとわかっているから。
僕は招かれざる者なのだから。
「やる気がない奴など外でずっと走っていろ。」
草薙師範代の怒号に従い、道場から背を向ける。
ざまあみろ。
当然の報いだ。
先輩門下生達の冷たい視線を浴びながら外に出て走り始める。
国護宅は一般家庭の家よりかなり広く、外周はおよそ1Kmある。
まずは普通に走る。
3周走り終えたと、飽きてきたので今度は匍匐前進で1周。
次は逆立ちで1周してみる。
「門下生と組み手もいいけどこうやって自主練した方が僕には合っているかもな。」
一人で黙々と練習に励むのは苦ではない。
むしろこっちの方が気が楽だ。
その後も少林寺拳法の型の動きで1周、そして最近覚えた空手の型の動きで1周などと結局、稽古時間全てを外で自主練に費やした。
「待っていたぞ。」
終わりの時間を見計らい道場に戻ると20代の若い門下生が数人残っていた。
「どうされましたか?」
「何、師範代からお前に伝言を預かってな。」
「今日遅れてきた罰で雑巾掛け、一人でやれだとよ。」
(嘘だな。)
不敵な笑みを浮かべる様を見てすぐに察する。
掃除が面倒だから全て僕に押し付けよう.とする魂胆が見え見えだ。
「(嘘つくの下手。もう少し表情を隠したりとかしたらいいのに・・・。)わかりました。」
反抗の意思を見せず、素直に従う。
「じゃあ、ちゃんと伝えたからな。」
バカな奴、と言わんばかりの態度で道場を後にする門下生達。
彼等はうまく騙せたと思っているのなら滑稽だな、と心の中で嘲笑う。
「さてと・・・。」
本当ならすぐに雑巾がけをするべきであろうが、敢えてそうしない。
眼を瞑り、大きく深呼吸。
つい先程まで行われていた稽古の熱気を肌で感じ取る。
瞑る眼の先には門下生達の残像。
左手を前に突き出し、群がる門下生達と対する。
「来い!」
の合図に僕へ襲い掛かる残像達。
それに対して僕は巧みに身体を動かし鋭い正拳突きや蹴りで応戦。
次々と残像達を倒してゆく。
「・・・・・、きたか。」
大方倒し終えた時、目の前に立ちはだかるのは従姉さん。
強敵を前に、呼吸を整え、構え直す。
手を抜いて勝てる相手ではない。
本気を出す。
と気合を込めた時、
「陸様。」
凛とした鋭い声が僕の想像する残像達を消し去り、現実へと呼び戻した。
「お鶴さん。」
道場の入り口に立つ白髪が目立つ初老のお婆さん。彼女は長年この国護家に仕えてきた人で使用人達の中で一番上の人。
そして唯一僕の存在を認め、厳しい言葉を投げかけてくる人である。
「夕食の用意ができました。」
「そうですか。」
さて困った。
今から着替えて食堂に向かうとなるとかなり遅くなる。
それに風呂もまだだし、雑巾がけもまだだ。
「陸様、今回はそのままの格好で結構でございます。」
やれやれ、と何度も横に振るお鶴さん。
「すいません。」
「今回は特別です。ですがテーブルマナーは甘くしませんので悪しからず。」
「はい。」
お鶴さんの厳しい指導の夕食が終わり、その後道場の雑巾がけ。
そして自室に戻って宿題に向かう。
やや苦戦する事からやはり僕はまともな学校生活を送っていなかったと再確認。
「やっと終わった。」
背伸びしながら時計を見れば22時近く。
着替えを片手に風呂へ。
洗面所兼脱衣場に誰もいないことを確認して服を脱ぎ始める。
「・・・。」
シャツを脱がそうとする手が一瞬止まったので、大きく深呼吸して脱ぐ。
「・・・、相変わらず酷いな。」
鏡に写る自分の上半身を見ての感想。
鍛えられた上半身には無数の生々しい傷跡が。
火傷や切り傷、痣に腫れ。
見るに堪えない痕の数々。
「全く、一体何をしたらこんな傷痕ができるのだろうな。」
苦笑するしかない。
自分の名前や育ちも分からず、覚えている事といえば銃の扱い方や戦闘技術、人殺しの技術や知識のみ。
「まるで戦場で生まれ育ったみたいだ。」
大きく被りを振った時、
ガラガラガラ。
「あっ・・・。」
「え?」
唐突に従姉さんが扉を開けてきたのだ。
目が合った。
「きゃあああ!」
「ごめんなさい。」
僕の悲鳴に驚き、もの凄いスピードで扉を閉める従姉さん。
「姉さんのヘンタイ。スケベ!!」
自分でも驚くほどの叫びを上げながら風呂場へと逃げる。
そして気づく。
「あれ?普通は男女逆じゃない?」と。
《盾》は国護穹視点、《矛》は国護陸視点で物語は進んでいきます。




