1《盾》国護穹
「穹、そして陸よ。此度の護衛、見事であった。」
「ありがとうございます、お爺様。」
「お褒めに預かり光栄です、当主様。」
私――国護穹の隣で大袈裟な言葉と頭を下げるのは国護陸。私の従弟という扱いになっている男だ。
私達は昨日、友人の武庫川美紀の護衛中に突如現れた誘拐犯を拘束に成功したのだ。
犯人達は金銭目当ての犯行でそれを未然に防いだ事に上機嫌の祖父。
国護家は『防人』――護衛を生業としており、私も学生の傍ら防人、二足の草鞋を履いている。
「二人に任せて正解だったわい。」
「そうですね。所で穹君?」
と尋ねてきたのは草薙師範代。
40歳前半で国護家に長らく所属する防人の一人で祖父の信頼も厚く、私含めて多くの防人達を束ねる人物である。
「なんですか?」
「一つ聞きたいのだが、何故君はメイド服を着ていたのかね?」
ギクッ。
(まずい・・・。)
嫌な汗が背中に一筋。
防人は本来、決められた服の着用が義務付けられている。
それは自分の身を守る為の特別製の防御服なのだが・・・。
(い、言えない。美紀にゲームに負けて罰ゲームでメイド服を着せられたなんて。)
「僕の進言です、草薙先生。」
「なんだと・・・。」
草薙の視線が鋭くなる。
「防人の服装は少し目立ちます。故、敵をおびき寄せる為、油断させるために姉さんにはメイド服を着てもらいました。」
一瞬私に目配せする陸。
「何を考えているのだキサマは!!我々が着ている服は身を守る為の物。それを脱ぐとは―――。」
「申し訳ございません。僕が浅はかでした。」
「謝って済む問題ではない!何事もなかったからいいものの、穹様にもしもの事があったらどうするつもりだ!!」
「草薙よ、そこまでにしておくれ。陸もそのように反省しておるのだしな。」
祖父が草薙の怒りを鎮める。
どうやら陸が私を庇ったことを見透かしているようだ。
「とにかく二人共、よくやった。これからも精進するのだぞ。」
「「はい。」」
祖父に促される形で応接の間を退出。
「怒られずに済みましたね、姉さん。」
「余計な事をしないで。」
陸の笑顔につい苛立ちを表に出してしまう。
「すいませんでした。」
すぐに謝る陸。
でも私の耳には届いていない。何故なら私はもうその場を立ち去っていたから。
そう私は彼に対して一切気を許していないのだから。
「穹ちゃんはもうちょっと陸くんに優しくしてあげるべきだと思うよ。」
と話しかけてくるのは護衛対象者兼親友の武庫川美紀。
薄黄色のふわふわの髪、碧色の大きな瞳。
ボーイッシュだね、と言われる私とは違い、とても女の子らしい彼女とは日本の中軸の担う大企業《武庫川グループ》の血縁者で、次期後継者候補。私の祖父と彼女の祖父が知人関係で、幼少時に知り合ってからの付き合い。
何でも話し合える唯一の存在である。
「何よ、いきなり・・・。」
今は昼休み。
互いの机をくっつけて持参の弁当を食べている途中、突如美紀がこんな発言をしてきたのである。
「優しくって…。私は普通に接しているわよ。」
「そうには見えないけどね。」
ジト目を向ける美紀。
「陸くんと出会って半年が経つのに穹ちゃん、素っ気ないよね。」
「・・・・・・、そんなことないわよ。」
即答できなかったのは心当たりがあるから。
その理由は明確。
赤の他人を突然、従弟として接しろと言われても距離感が掴めないのだ。
しかも殺し合いをした相手を。
「もう少し陸くんに歩み寄ってあげなさい。」
「美紀は何でそんな風に割り切れるの。彼はあなたの命を狙ってた殺し屋なのよ。」
「それは過去の話。今は穹ちゃんの従弟で私を護衛する防人の国護陸だよ。」
私を窘める美紀の視線は級友達と談笑する陸へ。
「陸くん、多分気が休めていないと思うよ。偽りの姿をずっと見せ続けて。本当の自分が分からないまま。ずっと・・・。」
「・・・・・・。」
「だから穹ちゃんがちゃんとフォローしてあげないといけないよ。」
美紀のアドバイスに私は頷くことが出来なかった。
国護陸は私の父の兄の息子―――つまり従姉弟同士だと周囲に話している。が、それは嘘。
血の繋がりは一切ない。
彼は殺し屋。《狂喜の矛》という名で呼ばれており、とある依頼受け、で私と美紀の命を狙ったのだ。
私は幾つのも死線をくぐり、彼を撃破。
その後紆余曲折があり、私の従弟として国護家に入ってきたのである。
その決定を下したのは勿論、祖父。
周囲の猛反発を一喝で無理矢理納得させて以降、彼は私の家に居候。
寝食を共にしてもう半年になる。
「それじゃあまた明日ね美紀。」
「あ~あ、今日は穹ちゃんも陸くんもいないのかぁ残念。」
文句を呟くながら車に乗り込む美紀を見送り、私達二人は家へ。
普段は美紀の帰りに付き添うのだが、今日は道場での練習があるのでそのまま直帰。
帰り道、会話を交わすことない。
彼は私の2,3歩後ろ。私の視界に入らないよう気を遣うように歩く。
(彼が来て、もう半年か・・・。本当に良くバレてないわね。)
事情を知る美紀以外は私達が従姉弟だという事に疑問を持つ者はいない。
何故なら私と彼は顔立ちがよく似ているから。
姉弟と間違われるほどだ。
(後、彼が上手く誤魔化しているからね。本当にあんなにも簡単に嘘を並べれるわね・・・。)
転入してきてから今まで嘘の設定を澱みなく答える彼の姿を思い返すと自然とため息が・・・。
(本当に厄介な人物だわ・・・。記憶喪失なんて。)
「お帰りなさいませ、穹お嬢様。」
そんなこんな事を考えていたら、家に到着。
数名の使用人達が私の帰りに気付き、深々と頭を下げる。
笑顔で私を出迎える使用人達。
だが、彼に対しては違う。
誰一人、彼に対して声をかけることはしない。
「――――。」
使用人の一人が何かしら呟いたみたいだが、小声過ぎて聞き取れず。
視線は自然と彼の方へ。
「着替えて道場に集合よ。遅れないように。」
「わかりました姉さん。」
(表情に変化はない。使用人の声は聞こえていなかったみたいね。)
平然と自室へと戻る彼を見送った後私も自室へ。
制服を脱ぎ捨て、道着を着替えて敷地内になる立派な道場へ。
引き戸を開けるとすでに多くの門下生達が汗水流して組み手している最中。
「お疲れ様です穹様。」
門下生の一人が私に気付き、手を止めて挨拶。
それが周囲に伝染する。
「学校帰りでお疲れの所、ご苦労様です穹様。」
草薙師範代が私に歩み寄り、挨拶。
年齢も経歴も上である草薙師範代が私を敬うのは国護家の血筋で次期当主として認めてくれているからである。
「少し遅れて申し訳ございません。」
「いえいえ、学校でしたので仕方がありませんよ。」
他の人の邪魔をしないよう端に移動。
準備体操とストレッチをすること数分後、
「おはようございます。」
「何事か貴様!遅れてくるとはどういうことか!」
遅れてきた彼に対して草薙師範代の叱責が飛ぶ。
「申し訳ございません。」
「遅れてきた罰だ。外を走っていろ!」
道場に入る事が許されずに追い出される。
遅れてきたのは同じなのに扱いは雲泥の差。
「あの・・・。」
「穹様は気にすることはありません。アイツが悪いのです。」
「そうですよ。」
「穹様が気にする必要はありません。」
草薙師範代と門下生達の言葉に促されるまま、私はそのまま道場で稽古。
(「ちゃんと穹ちゃんがフォローしてあげないといけないよ。」)
美紀の言葉がリフレイン。
そのせいで私の集中力が散漫。
「皆の者。励んでおるな。」
「当主様!」
暫くして祖父が道場に姿を見せた事で、全員動きを止めて礼。
御年86歳。
直接稽古をつけることはなくなったがこのように必ず一度は顔を見せるのはこの道場の師範としての立場から。
「ん?陸の姿が見えないが・・・。」
「彼なら罰として外を走らせています。遅れてきた罰です。」
「そうか。全くあの子は・・・・・・。」
やれやれと首を振る祖父。
(ざまあねぇ。)
(このままここから出ていけばいいのに。)
門下生の中から聞こえる批判の声。
だが祖父はその事には触れずに檄を飛ばす。
「皆の者、心身共に強くなるのじゃ。精進せい。」
「「「はい!!」」」
上座に鎮座した祖父の一言から門下生達は先程以上に活気に溢れる。
この道場に通う者達は皆、国護家で『防人』の職に就いており、任務がない時はこの道場で腕を磨く。
それは護衛対象者を守る為。
自らの身を守る為。
その為に腕を磨くのだ。
「とりゃ!」
私が対する相手は江波さん(26歳)。
若手の中ではかなりの実力者で彼が来るまではよくコンビを組んでいた人。
彼は空手を得意としており、その実力は世界に通用するほど。
それに対して私は合気道で立ち向かう。
女性で少し小柄な私は防人に就く上でどう足掻いても力では敵わない。
だからこそ相手の力を利用する合気道は相性が良く、ずっと腕を磨いてきた私の特技である。
彼が繰り出す蹴りや手刀、拳を躱し、往なす。
そして相手の勢いを利用して、投げ飛ばし素早く関節技を決める。
「ま、参った!」
勝負がついたので手を緩め、礼。
「さすがです穹様。」
「いえいえ、江波さんも今日の相手、ありがとうございました。」
相手を変え、ひたすら練習に打ち込む。
瞬く間に時間が過ぎ、練習は終わりを迎えた。
「本日の練習はここまで!掃除当番は雑巾がけをやる事!」
「「「お疲れ様でした。」」」
草薙師範代の一言で2時間による稽古は終了。
私は今日掃除当番ではないので一足先に自室へ戻ることにした。
コンコンコン。
夕食後、自室で宿題に勤しんでいる時、襖を叩く音。
部屋に入ってきたのは祖父。
「お爺様、どうされたのですか?」
「ふむ、実は一つ尋ねたい事があってな。」
「何ですか?」
宿題から離れ、祖父と対面。
「実は陸の事なのだが・・・・。」
「彼がどうしたの?」
私の口調が無意識にきつくなる。
「学校ではどうだ?馴染んでおるのか?」
「馴染んでいると思うわよ。お爺様、そんな事本人に聞けばいいでしょう。」
「勿論聞いたさ。『当主様のおかげで楽しく通わせてもらっています。』とな。彼は儂には本音を明かさないからな。」
「だからって私に聞いてこないでよ。」
「そうか、陸は穹にすら気を許しておらんのか・・・・・・。」
肩を落とす祖父。
心なしかいつもより小さく見えてしまう。
「ねえお爺様。どうして彼にそこまで肩入れするの?」
ずっと疑問だった。
私や美紀の命を狙った殺し屋を保護し、ましてや『国護』の名前まで与えた祖父の言動が。
「そ、それは何故かって才ある若者をあのまま眠らせておくのはあまりにも惜しいからじゃよ。彼のあのセンスは類まれのモノ。直に相手した穹ならわかるじゃろ。」
「確かに彼の戦闘技術は凄いわ。でも――――。」
「穹が危惧するのも分かる。陸の強さは一つ間違えれば危険じゃ。悪意ある者達の手元にいけば。だからこそ正しい道へと導かねばならぬ、と思ったのじゃ。」
「この家に置いて危険がないか監視し続けるのね。」
「そうではない。陸に人として生きてほしいのじゃ。」
祖父の言葉の意味がよくわからない。
「人としてって現に彼はちゃんと生きているじゃない。」
「それならよいのだが、な。とにかく穹よ、陸の事を頼んだぞ。」
話しが終わったのか祖父は部屋から出ていく。
「何よ、訳わからない事を言って・・・・・・。」
祖父の考えが全く分からず、頭が困惑。
「私に陸を任せたって言われても知らないわよ。アイツ、何を考えているのか分からないし・・・。」
知恵熱が出たのか、頭がぼ~としてきた。
「顔でも洗ってもう寝よう。」
時計を見ればすでに22時を回っている。
部屋から出て、廊下を渡り、洗面室の扉を開く。
「あっ・・・。」
「えっ?」
中には先着が。
風呂に入ろうとしていたのだろう。パンツ一枚でシャツを脱ごうとしている彼の姿が。
ごめんなさい、と謝る前に
「きゃあああああ、姉さん出ていってください!」
大きな悲鳴に反射的に扉を閉める。
「姉さんのヘンタイ!スケベ!」
「ごめんなさい、わざとじゃないのよ。」
扉の向こう側からの避難に必死に謝る私はふと気付く。
「あれ?こういうのって普通は逆じゃないの?」と。




