10《矛》決意
「闇賭博ね。」
「オリンピックやワールドカップ等大きな大会時、秘密裏に行われているようですな。利益は組織の運営資金になっているみたいです。」
「この短期間で良くここまで調べ上げたね。」
今僕の手元にある報告書には過去に行われていた闇賭博の概要や支出額、参加者名簿などが記載されていた。
「さすがだね比呂さん。」
病院の屋上で対面している相手は比呂さん――本名:安住雅比呂38歳。
私立探偵兼情報屋を営んでいる。
「これぐらい朝飯前ですよ。それに旦那がある程度の情報を提示してくれたからこそです。」
そう、拷問したトムから零した内容――それは彼らがイルベリアルからの刺客だという事。
本来であれば自分の足で調べたかったのだが、従姉のお節介と結城医師の逆鱗に触れてしまい、現在この病院にて拘束中。
なので、交流がある比呂さんに依頼した次第だ。
「ところで比呂さん。ここには盗撮とロッカー荒らしの件がないけど?」
「それについてはイルベリアルが全く関わっていなかったので。こちらに。」
照れ隠しに頬をかきながら、別の報告書を提示。
僕は再び黙読。
「成程、盗撮はコーチの犯行、と。」
「かなりオンナ癖が悪いようですな。以前コーチしていた学校でも教え子に手を出してたみたいで。まだ学校側にはバレていないようですが、裁判沙汰になっているようです。犯行当日は示談交渉しに行っていたそうです。ちなみにですが・・・・・・。」
報告書に書かれていない事を耳打ち。
「その示談金はイルベリアル―――旦那が捕まえた殺し屋達から貰ったそうです。自分に変装させて学園への侵入の手引きを行った報酬に。」
比呂さん曰く、自分の癖や動作などを教えるだけで数百万を受け取ったそうだ。
そのコーチは殺し屋達から事の全貌は聞かされていなかったそうだが、金に眼が眩み二言返事で承諾したらしい。
「比呂さん、この件は―――。」
「わかっていますよ旦那。それとなく武庫川美紀サイドに流しておきます。ロッカー荒らしの犯人も含めてね。」
「よろしく。」
僕が報告書に書かれたロッカー荒らしの犯人の名前を流し見したのは興味がないから。
今の僕の脳内にはイルベリアルの事しか頭にない。
(イルベリアル・・・。僕を拷問し、殺戮マシーンとしてぞんざいに扱った組織。)
心の奥底から沸き立つ怒りの感情。
(絶対に壊滅させてやる。)
そんな決意が表情に出ていたのだろう。
「旦那・・・。」
と心配そうに、そして僕の挙動を一切見逃さない眼光を見せる比呂さんに僕は大丈夫だよ、と語りかける。
「……旦那、本当によろしいのですか?」
数秒後、大きく息を吐いた比呂さんが意を決して尋ねてくる。が、質問の意味が分からず「何が?」と聞き返す。
「こんな目立つ公の場で密会して大丈夫なのですか?国護家には内緒にしているのでしょ、あっしの事は。」
「大丈夫、バレやしないさ。道具の僕の事など誰も気にかけないからね。」
現に入院して数日、誰一人僕の見舞いに訪れていない。
「旦那・・・・・・。」
「そんな沈んだ顔をしないで比呂さん。僕は十分満足しているよ。」
屋上の手すりに背中を乗せ、大空を見上げる。
「道具としてでも人並みの生活を送らせてもらっている国護家には。感謝はすれど、恨みなどない。憎いのはイルベリアルさ。」
嗚呼、今の発言にどれ程の『恨』が込められているのだろうか?
自分自身の発言の恐ろしさに身震い。
「多分、僕は物心つく頃からイルベリアルに囚われ、殺人マシーンとして教育されてきたんだろうな。体に残っている傷もその時に受けたもの。」
服従させるために拷問し、殺人マシーンに仕立てる為に過酷な特訓を受けさせた。
その名残が僕の身体に残った傷。
一生消えない証だ。
「だ、旦那!」
「比呂さん、何も言わなくてもいいよ。」
比呂さんの言葉を遮る。
「何も言わなくてもいい。僕は大丈夫だから。」
心配かけまい一心の言葉だけど、比呂さんの泣きそうで悔しい表情は消えなかった。
肩を落としながら帰って行った比呂さんを見送り、僕は病室へと戻る。
結城医師の計らいにより病室は個室。
なので、他人の気遣いを考えなくていいので快適だ。
病室は清潔感があって殺風景。
ベッドの上に寝転がる、
「さて、これからどうするかな?」
視線がふと、ベッド横に置かれている花一輪もない白い花瓶へ。
僕が入院してから一度も使われていない。
「・・・・・・・・・。」
眺める事約1分。
考える事を止めた僕は目を瞑り、身体を休める事に努める事にした。
「あの結城先生、811号室の患者さんなのですが。」
「国護陸がどうしたのだね。」
「実は昼頃からずっと眠っていらっしゃって。夕食を摂っていないのですが。」
「それなら構わない。彼はここ数年、無茶な事をし続けてきたのだ。ゆっくり身体を休めないと早死にしてしまう。で今も眠っているのか?」
「はい。いくら声をかけても眠ったままで。」
「そうか。このまま寝かしておきなさい。お腹が空けば目を覚ますであろう。」
「わかりました。」
「それから彼はここから抜け出す可能性がある。十分目を光らせておいてくれ。」
「わかりました。」
(ご名答です結城医師。)
扉の向こう越しから微かに聞こえる話し声を背にして、窓に足をのせる。
時刻は夜10時。
約10時間程休息したおかげで身体は大分軽い。
「それではお世話になりました。」
病室を見渡して一言。
先程まで寝ていたベッドには傍から見れば誰かが寝ているかのようにみせる細工を施されている。
両足に力を込めて窓からダイブ。
数m離れている太い枝を掴み、一回転して落下の反動を抑えて後、枝の上に着地。
そして素早く木から降りて地面に着地。
その時間、僅か55秒。
物音も上手く抑えたので誰も気付いていない。
そのまま、足を立てず素早く移動。
警備員の巡回と防犯カメラを掻い潜り、壁をよじ登って易々と逃亡に成功する。
(この二日間、大人しくカメラの位置や巡回パターンを探った甲斐があったな~~。)
しめしめと頷きながら闇夜に紛れて向かった先はガレージ。
ガレージには廃工場ちかくに放置していた相棒のバイクが。
入院中、比呂さんにお願いして回収してもらっていたのである。
「よしよし、ちゃんと戻ってきているな。比呂さんに今度お礼をしておかないと。」
バイクに異常がない事を確認し、その後はガレージ端に置かれているダイアル式の金庫へ。
かなりの重量があるこの金庫の中には銃弾やナイフ等、仕事で使用するであろう危険な武器。
勿論自室にも置いてあるが無断に抜け出している手前、そこまで取りに行けない為ここで補充する。
「それじゃあ行きますか。」
準備が終えた僕は比呂さんから貰った報告所を懐に仕舞い、バイクに跨る。
軽快なバイク音を靡かせ、ガレージから颯爽と駆け出るのであった。