序章 誘拐
『こちらレッド。ターゲットの姿を確認。』
『こちらブルー。俺の方ではまだターゲットの姿は確認できない。』
『こちら中村。予定位置へ到着。このまま待機する。』
『こちらブルー。ターゲットの姿を確認できたぞ。』
『よしいいぞ。ターゲットが外に出てきた瞬間、作戦開始だ。』
『なぁ、その前にいいか?』
『なんだ?今頃怖じけついたのか?』
『いや、そうじゃなくて…。何でお前達にはコードネームがあるのに、俺だけ本名なんだ?』
『だってカッコいいだろうが。西武の本塁打王と同じ名字だぞ。』
『でも俺だけ名字っておかしすぎないか?』
『気にするな。中村という名字は日本全国に100万人いるのだ。大丈夫、バレやしないって。』
『でもさ…。』
『おおっ!』
『どうした、ブルー!何か問題でも発生したか?』
『ターゲットの横にいるメイド、可愛い(きゃわいい)!』
『『……。』』
『黒髪ポニーテールとミニスカメイド服。俺の好み~~。』
『真面目にやれ、ブルー。』
『やっているさ。しかし、あのメイドはマジで可愛い(きゃわいい)ぞ。20代…、いやもしかしたらまだ10代かも。』
『ブルー、いい加減に…。』
『まぁまぁレッド。抑えて。いつものことだし。』
『若くて、いい体つきしているな…。上から85、56、82って所かな~?』
『何でそんなことが分かるの、ブルー?』
『ふっふふ、この俺をなめるなよ。女性マスターであるこの、松…、じゃなくて、ブルー様の目は特別なのだ!』
『へぇ~~。』
『おい二人とも、いい加減に――。』
『なあ、レッド。ターゲットと一緒にあのメイドも―――。』
『却下だ。そんな余裕はない。』
『ええ~~、いいだろう。あれは遊び甲斐があるぜ。』
『駄目だ。リスクが高すぎる。諦めろ。』
『ちぇ…。お、ターゲットが外に出てきたぞ。周りには…、よし、メイド一人だけだ。もうすぐ門から出てくるぞ。』
『よし、計画通りだ。ブルー、中村!行くぞ、作戦開始だ。』
『『了解!』』
「今だ!ゴーゴーゴー。」
「えっ、何?」
それは突然だった。
自宅の門を潜り抜けると同時に聞こえた合図の声。
そして覆面を被った男2人が両角から現れ、幼い少女に襲いかかる。
恐怖で体が竦んだのか、その場から一歩も動かない少女。
それを庇う様に前に立ちふさがるのは付き添いのメイドだった。
「そこのメイド、邪魔するな!どけ~~。」
赤い覆面を被った男が叫びながら、拳をメイドの顔へと向ける。
「はっ!」
「へっ?」
だが、拳には何の感触も感じかなかった。
それどころか、男の視界は綺麗に晴れ渡る空が見え、
「ぐはっ!」
背中に受けた衝撃で肺から全ての空気が漏れる声が出る。
何が起こったか分からない赤覆面の男。
しかし男の思考もそこまで。
次に受けた腹部の衝撃に、意識は暗闇へと吸い込まれていった。
「えっ?」
赤覆面男の反対方向から現れた青覆面男は自分の見た光景を疑った。
仲間がメイドに襲いかかろうとした瞬間、メイドは仲間の腕を掴んで、綺麗な放物線を描き、地面にねじ伏せたのだ。(お腹にパンチを1発のおまけ付き。)
メイドの行動に青覆面男は目の前の少女を攫うという本来の目的を忘れ、呆然とその場に立ち尽くしてしまう。
それが彼の命取りとなる。
メイドは青覆面へ飛び蹴り。
「お、おお…。」
青覆面の目が大きく見開く。
彼の視線はある1点、スカートの向こう側、生足を凝視していた。
(もう少し、もう少し。)
彼の視線は目の前の恐怖よりも眼福に。
「見え―――ぐわっ!」
目的のモノが見えたと同時に、顔面には黒い靴底が減り込み、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。
「……。なぁ、一つ聞いてもいいか?」
地面に大の字で倒れる青覆面の男の視界に映るのは青い空ではなく、覗きこむメイドの整った顔。
「……、何かしら?」
メイドは初めて声を発した。
先程の動きから想像がつかないほど、可憐で綺麗な声だった。
「キミのスリーサイズ、上から85、56、82で合ってるかな?」
「死になさい。」
彼が受け取ったのは、メイドの微笑みと破壊力抜群の踏みつけだった。
「あ……、あわわわ~~……。」
仲間が瞬殺された現場を少し離れた位置から目撃していた中村は慌ててアクセルを踏む。
作戦失敗から自分が捕まるのを恐れたのだ。
一目散にこの場から逃げ出した。
「だ、だから言ったんだよ~~、誘拐なんて上手くいくわけないって~~。って!」
泣き言を喚く中村の遥か前方の道路の真ん中に佇む執事姿の若い男子。
「ちょっと!」
この道は脇道もない一本道。
このままでは轢いてしまうが中村の脳内にはブレーキを踏む、という考えは持ち合わせていない。
止まれば捕まる!
「ど、ど、どいてくれ~~。」
車内で叫ぶ中村。
そんな彼に男は懐からあるものを取り出す。
(あ、あれはけ、拳銃!?)
中村の背後に死神が鎌を振り翳してケタケタと笑う声が耳に聞こえてくる。
死の恐怖に恐れた中村が悲鳴を上げたのと、男が拳銃の引き金を引いたのはほぼ同時。
銃弾は右フロントタイヤに命中。
制御が出来なくなった車はそのまま脇に逸れ、壁に激突。
中村の意識はそこで途切れたのであった。
「陸!」
大きな衝撃音を耳にした先程のメイドが大慌てで駆け寄る。
「姉さん、こっちは終わりましたよ。」
顔立ちがよく似ているメイドと執事。
「任務完了ですね、姉さん。」
困惑する姉に会心の笑顔を見せる執事であった。