不味いラーメン屋
こちらは百物語八十七話の作品になります。
山ン本怪談百物語↓
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家族旅行で体験したお話です。
私と妻、そして息子と一緒にM県へ旅行に行きました。
初日は予定を入れすぎて、ホテルに帰る時間が大幅に遅れてしまったんです。
「ねぇ、パパ…お腹空いた…」
ホテルへ帰る車の中で、息子が駄々をこね始めました。
「もう少しでホテルに帰れるから待ってなさい」
妻は息子にそう言いましたが、正直私もお腹が減っていて、車を運転しながら飲食店を探している状態でした。
しかし…
「こんな山道に飲食店なんてないよなぁ…」
ホテルまでの帰り道は何もない山道で、飲食店どころかコンビニの灯りすら見つかりません。通り過ぎるのは廃墟になった家や捨てられた車ばかり…
「あっ!あそこっ!」
息子が何かを見つけたらしく、後部座席から身を乗り出して車の進行先を指さしました。
「ラーメン屋だ!あそこ入ってくか!」
目の前に見えてきたのは、個人経営の小さなラーメン屋でした。店の前に「営業中」と書かれた薄暗い灯りの提灯が吊るされており、客は全然入っていない様子でした。
「ここで食べていきましょうよ」
私たちは時間が遅くなってしまったこともあり、そのラーメン屋で晩御飯を済ませることにしたのです。
「すいませーん…」
ラーメン屋の扉を開けて中に入ると、薄暗い店内の中に店員と思われる男性が1人。客だと思われる男性2人がカウンター席に座っていました。
ここからはもうすべてがおかしいことだらけでした。
「………」
普通店員ならば、店に入ってきたお客さんに声くらいかけるでしょ?
店員は私たちに挨拶をするどころか、目も合わせてきません。
「あの…えっと…ラーメン3つ…」
私たちは店のすぐ出入口近くの席に座りました。軽くメニューを見た後、店員にラーメンを頼んだのですが、ここでも店員は無言のままでした。
(なんかこの店おかしくないか…)
(うん…店員さんも態度悪いってレベルじゃないし…ほかのお客さんもラーメン食べないでずっとこっち見てるよ…)
先に店内にいた男性客2人は、どういうわけかラーメンを食べることなく、ずっと私たち家族の方をじっと見つめていたのです。
コトッ!
「あぁ…ど、どうも!」
しばらくすると、店員が私たちのテーブルにラーメンを3つ持ってきました。
「ねぇ…早く食べて帰りましょうよ…」
私も同じ意見でした。あまりの異様な空気に嫌な予感を感じた私は、すぐにラーメンを食べてしまおうとラーメンを一口食べました。すると…
(うえっ!?なんじゃこりゃ!?)
一口食べた途端、口の中に不快な味がドバっと広がりました。
この味をどう例えればいいのか。
ドブや腐った食べ物の味。
そんな感じでした。
「な、なんだこれ…おい…」
妻や息子の方を見ると、私と同じように顔を歪めていました。
「ねぇ、あなた…もう帰りましょうよ…こんなの食べれないわ…」
これは本当にやばいと感じた私たちは、急いで荷物をまとめると、テーブルにお金を置いてすぐに店を出ました。お釣りなんて気にする余裕もありませんでしたよ。
慌てて店から出て車に飛び乗った後、店の中を見ると店員と男性客2人が私たち家族のことをじっと静かに見つめていました。ここでも不気味な何かを感じた私は、すぐに車を走らせてラーメン屋から離れたのです。
「最悪だったな。旅行中なのにとんでもない店に当たってしまったよ…」
「なんか変な雰囲気のお店だったわねぇ。他の人もラーメン食べてなかったし」
車の中で先程の出来事を家族と話しながら、何とかホテルへ到着することができました。私たちはチェックインを済ませると、口直しのためにホテル内のレストランで食事をすることにしました。
「いらっしゃいませ。こんな遅くにご家族でお食事なんて…何かありましたか…?」
食事中、レストランのオーナーらしき男性が私たちの元に現れました。夜遅くの食事だったので、何かあったのではないかと声をかけてくれたのです。
「あぁ、少し前にそこのラーメン屋でラーメンを食べたんですよ。もう食べられる味じゃなくてねぇ…店の雰囲気も不気味だったし、怖くて逃げてきたんです」
その話を聞いた途端、男性は不思議そうな顔をしたのです。
「ラーメン屋?こんなところにラーメン屋なんてあったかなぁ…」
男性によると、ホテルの近くにあったラーメン屋は全て潰れてしまっており、今は1件も営業していないとのことでした。
「名前は確か…『幸〇亭』だったと思います。個人経営の小さな…」
店の名前を言った途端、男性の様子が一気に変わりました。
「えっ?幸〇亭って…もうあそこは営業していないはずですよ。数年前に色々あってもう営業していないんですよ」
そんなことはありません。私たちはあのラーメン屋で確かに食事をしたのですから。店のメニューに書かれていた『幸〇亭』という文字も覚えています。
「あのラーメン屋は昔火事がありましてねぇ。店員と何人かのお客さんが亡くなっているらしいですよ。噂では強盗が入ったらしく、犯人が店員とお客さんを殺して火を…」
私たちはあまりの衝撃に開いた口が塞がりませんでした。
「それじゃあ…私たちが行ったあの店は…?そこにいたあの人たちは…?」
旅行が終わり、ホテルから家に帰る途中で私たちは再びあの店の前を通りました。
そこには「立ち入り禁止」の立て札と黄色いテープで侵入することができなくなっていたあの店がありました。窓から見えた店内は黒焦げになっており、レストランのオーナーさんが嘘を言っていないことだけは理解することができました。
しかし…
それなら私たちはどこでラーメンを食べたんでしょうか。
あのドブのように不味いラーメンの味は、今でも私たちの舌に残っています。