6 支援のルール
その日、一番に駆け込んできたのは元気な若者だった。20半ばでなお、子供のようにはしゃいで終焉支援を望んだ。
担当窓口受付となった志藤朱音は、晴れやかな顔で「支援、頼むわ」と迫られ、呆然と彼を見ていた。この明るさは彼女にとっては二度目のことではあったが、終焉支援という場にはあまりにも異質すぎて慣れるものではない。
数秒後にハッとした彼女は、慌てて姿勢を正した。
「……し、失礼致しましたっ。申請の確認を致しますので、マイナンバーカードの提出をお願い致します」
「はいはいと」
彼――谷山田耕助は財布からカードを取り出し、受付に放る。
「顔認証よし。本籍、住所、刑罰……」
志藤は入力された支援申請データとカードと本人をグルグルと見ながら、不備がないのを確認した。
「確認が終わりました。こちらの札をお持ちになり、二階201窓口へお進みください」
「ありがとさんっ」
足取り軽く、谷山田は席を立った。鼻歌まで聞こえてくる。
ふぅ、と一息をつき、志藤は次の番号札をコールした。
16時になり、受付業務が終わった志藤は、残務作業にかかろうとした。それにストップをかけたのは総務部課長・倉家敦夫だった。
「受付業務に携わるみんなに聴いてもらいたい」
彼は神妙な顔で周囲を見回した。全員の注目が集まる。
「今日、谷山田耕助が終焉支援申請に来た」
その名を聴き、数名が驚いた顔をしていた。志藤はそれに驚いている。
「報道で見知っている者もいると思うが、彼には強盗傷害事件の容疑がかかっている」
「ええ!」
声を上げたのは志藤だった。
倉家は大声を出した志藤をちらりと見て、また周囲に話しかけた。
「まぁ、知らなかった者もいるだろう。容疑だけで起訴はされていないし、それまでに刑罰もなかったのだから気付かないのは仕方ない。一次受付業務とは無関係でミスがあったわけでもないので、問題はない」
「だとしても……」
志藤は下を向き、つぶやいていた。
「ただ、そういうことがあったと気に留めておいてほしい。もし怪しいと感じたときは、二階に事前連絡をするようにお願いする。話は以上。手をとめさせてすまなかったね」
倉家が自分のデスクに戻ると、職員たちも作業に戻った。
志藤はためらいながらも立ち上がり、課長の席に近づいた。
「課長……」
倉家は、志藤朱音なら責任を感じて来るだろうと予測していたので、冷静に対応した。
「さっきも言ったが、問題はない。この窓口は申請書の確認が仕事であり、支援判定は二階から上が行っている。詳しい身元調査もそちらの仕事なんだ。ただ、今回は少し有名人が来たというだけだ」
「でも、課長が叱責されたのでは……」
「何度も言うが、落ち度はない。だいたいにして、犯罪者や容疑者の全員を把握するなど不可能だ。さすがに公開されている手配者まで見逃せば叱りもするが――といって、納得はできないか」
「……」
倉家は頭をかいた。責任感が強いというのも、なかなかに難しいと思った。
「そうか。なら、スッキリしたいだろうから言ってしまおう。まぁ、相手が傷害事件を疑われる人間だったのが少々な。二階の連中からすれば、意にそぐわない対応をして怒らせでもしたら――という不安がなかったわけでもないだろう。あらかじめわかっていれば警備を待機させることもできた、とは言われはしたよ」
「そうですよね。すみません」
「次に活かすように。仕事に戻りなさい」
「はい……」
返事はしたが、志藤は動かなかった。倉家は訊きづらそうな顔をしている彼女を見て、「ああ」と思い当たった。
「谷山田は支援対象者にはならなかったよ。知ってのとおり、受刑者、手配犯、容疑者、執行猶予中は支援対象外だからね。彼が無実と証明されれば再度やって来るだろう。そのときは認可するさ。もっとも、無実ならばこんなところには来ないで現世を楽しむだろうがね」