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マイエンド  作者: 広科雲
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2 自由な死を

 三月中旬の午後三時、その少年は施設の自動ドアを潜った。

 まっすぐに受付へいき、番号札をもらって待合室に落ち着いた。

 カバンからスマホを取り出しゲームを起動する。始めた当初のワクワクはすでになく、習慣としてほぼ事務的にプレイしていた。

 一時間ほど待たされて、番号を呼ばれた。スマホをしまって、カウンターに向かった。

「お待たせ致しました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 受付の若い女性が多少、疲れた声で訊いた。

 少年は気にせずにニコやかに用件を述べた。

「マイエンド、お願いします」

 受付事務員、志藤朱音しとうあかねは驚いた。どう見ても彼は未成年で、しかも表情に悲壮感の欠片もない。

「え? えと、ご家族のどなたか、でしょうか?」

「なに言ってんの? マイエンドって基本、自己申告でしょ? オレに決まってるじゃん。言っとくけど、これでも18歳だから保護者の承諾はいらないよね?」

「たしかに、18歳以上であれば保証人の承諾は必要ありませんが……。あなたが?」

 志藤はつい訊き返していた。彼女の仕事は書類の作成までであり、施術の可否についてや、カウンセリングには一切関わらない。

「そう、オレ。なんかもう、めんどくさくなってさ、この未来さきに展望もないし、もういいかなって」

 明るく大声で話す少年に、周囲の目が鋭くなる。他の受付中の支援希望者は、皆、それぞれに辛苦を抱えている。病気、借金、孤独。中には少年のように未来の展望を感じない者もいたが、年配者である。彼のように五体満足でゲームで遊ぶ余裕もあり、何より若い。そんな子供が吐く言葉ではないと誰もが思った。

「君、ちょっとこっちで話を聴こうか」

 窓口の奥から初老の男性職員が出てきて、少年を別室にうながした。総務部の課長、倉家敦夫くらいえあつおだ。

「え? わかった」

 少年はカバンを担ぎ、軽快に男性職員についていった。

 受付ホールはしばらくザワついたが、長くは続かなかった。各自の問題がより重大であったからだ。


 業務終了後、志藤は倉家に少年について訊ねた。

「とりあえず一旦帰らせたよ。もう少し考えたほうがいいと言ってね。不満そうだったが根は素直なようだ。数日考えると帰っていったよ。まぁ、若い子にはよくあるんだよ。ちょっとしたことで絶望したと思い込むことが」

「思い込みだけなんでしょうか? 身体的、もしくは環境に問題があって来たということは……?」

「簡単なメディカル・チェックはした。それに、通院履歴や犯罪歴なども取り寄せた。家庭問題まではわからんが、外傷やストレスは特に見られなかった。突発的な思い付きとしか考えられんな」

「そうですか。さすがに今回は驚きました。あんな明るく言われたのは初めてです」

「だろうね。わたしも数度、経験がある程度だ。でも、一度帰すと二度は来なかったよ」

「それはよかったです。18で死んでしまっては、本人も、周囲も悲しいですから」

 初老の職員は彼女の感想がほほえましく、「業務終了だよ、帰りなさい」と促した。

 志藤は「お疲れ様でした」と深く頭を下げ、少し軽くなった足取りで帰っていった。


 彼女たちの希望を裏切るように、二日後、少年は現れた。先日と同じように番号札を受け取り、席でゲームをして待っている。

 他の希望者の説明の合間に、志藤は彼を見つけた。課長の倉家も気付いたようで、カウンターを抜けて少年に近づいた。

武内真人たけうちまさとくん、だったね? 今日はどうした?」

「あ、おじさん。もちろん、マイエンドの申請だよ。やっぱ、お願いしようと思って」

 その返事を倉家は予測していたので、対応はスムーズだった。ただ、表情はさらに重くなっていた。

「そうか。じゃ、あそこに申請用パソコンがあるからわかるところだけ書いて。身分証明書はあるね?」

「マイナンバーカードでしょ? あるよ」

「入力が終わると申請番号が印刷されるから持っているように」

「わかった」

 武内少年は倉家の指す机に向かい、空いているパソコンで入力をはじめた。

 それから30分後、タイミングが良かったのか悪かったのか、少年の担当窓口はまたも志藤になった。

 志藤はもはや無駄な言葉を出さなかった。入力項目を確認し、間違いがないことを二度確認する。手続きはベルトコンベアである。彼女の仕事が終われば次に引き渡すだけだった。

「二階の201窓口へお進みください。そこでカウンセリングを受けていただきます」

「カウンセリング?」

「武内さんが本当に支援を必要としているかを確認するためです。最低二度のカウンセリングを受けたのち、支援が必要かを判断されます」

「めんどくさぁ……。さくっと終わらせて欲しいんだけどな。今すぐでもかまわないんだけど」

「……」

 志藤は応えなかった。口を開けば何を言うか自分でもわからなかった。

「さ、二階へ移動だよ」

 気を利かせて、見守っていた倉家が少年を促した。

 その後、志藤は二ヶ月の間に武内真人を四回見かけた。話すことすらなかったが、彼はいつも元気にセンターに通っていた。カウンセリングの効果が出ているのだと思った。

 さらに数週間が過ぎたころ、志藤は少年を見なくなったことを思い出した。

「課長、武内くんはどうしたかご存じですか? カウンセリングがうまくいって、社会復帰したんですよね?」

 倉家は少し間をおいて答えた。

「彼はもう来ないよ。……そういえば、彼が最後のカウンセリングを受けた帰りに、たまたまってね、そのときこんなことを言ってたよ。『死ぬのも自由じゃないね』と」

「死ぬのをあきらめてくれたんですね? よかった。だいたい、死が自由なんてないですよ。一人の問題じゃないですから。多くの人とのしがらみがあって、そうそう自由になんてなれません。だから生きられるなら生きるべきなんです」

 志藤は嬉しそうに持論を展開し、満足していた。

 部下から離れ、喫煙室に籠った倉家は深く紫煙を吐いた。

 武内少年の一言が今も鮮明に思い出せる。その顔は先ほどの志藤のような明るさの対極で、心底ウンザリしたような面持ちだった。

『死ぬのも、ぜんぜん自由じゃないね。なんでこうめんどくさいんだろ』

 その少年は、死者となっておととい自室で発見された。首吊り自殺だった。

 彼がそこまで死を望んだ理由を、倉家は知らない。

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