届かない音
料理作りも手伝おうとしたが、待ってるだけで良いと言われたので大人しく席に着いた。
仕切りがないので、テーブル席からキッチンの様子がよく分かる。
こんな空中建築に電気も水道も通っているはずがなく、キッチンに流し台は設けられていない。そのため、食材は外で水桶の水をかけて洗う。現にキッチンの上には洗った食材が置かれている。その全てが野菜と豆に分類される。そういえば、ここに来てから動物を1匹も見かけていない。肉は調達できないということだろうか。
包丁ではなく、サバイバルに使うような金属ナイフを取り出して、水菜とキュウリを切る。
ザクザクと小気味良い音が響く。
それと焦茶色の実を皿に盛り付け、今度はトマトを角刈りにする。残ったゼリー状の液をボウルに集め、スパイスをかけて混ぜ合わせたものを料理に流しかけた。
「できたよ」
ぼんやりと作業を見ていので、振り返ったキテラと目があった。
「早いですね」
「本当はイモを焼いたりしたいんだけど、家の中だと燃えちゃうからね。だから今回はこれだけ」
料理をテーブルに並べ、それから水の入ったマグカップを2つ置く。
俺は料理を覗き込んだ。
今朝の主食はサラダだった。
胡椒に似たスパイスでしっかり味付けされていたので、サラダだけでも楽しめた。特に噛むとカリッと音を立てて割れる焦茶色の実が気に入った。
テーブルに空になった皿が2つ並んでいる。
俺はキッチンの横にある、用途のバラバラなものが置かれた棚の前に立っている。チェストの上に棚が乗っかるタイプの収納家具は幅広で、キッチンと合わせて壁一面を制していた。
4段の棚の1番下の段に食器が置かれ、上3段は雑貨が並ぶ。
上から視線を流していく。
懐中電灯、花の描かれたガラスの小さな破片、読めない文字で書かれた本……。
上から3段目に黒い匿体のラジオを見つけた。
「このラジオ……」
「ああ、暇な時とかに聞くんだよ」
マグカップの水をくるくると回していたキテラが言った。
「じゃあ、ラジオの電波繋がるんですか!?」
「え……うん」
急に前のめりに質問されて、キテラは困惑しつつも答える。
スマホでは圏外だったから諦めていたが、外の情報を手に入れられるかもしれない。
「使ってみてもいいですか?」
「別にいいけど……。貰いものだから、大事に扱ってね」
ラジオをテーブルに持ってきて座り直す。
電源を入れ、黒い匿体の横に付いたダイヤルを回していく。『ズザザ……』とノイズが走り、やがて日本語の音声を拾うようになる。
熱心にダイヤルを弄る俺を横目に見てキテラは言う。
「今日は霧が薄いからね。電波も繋がりやすいでしょ」
「霧が濃いと違うんですか?」
「全然違うよ。霧が濃い日は全く電波が繋がらない。おまけに薄暗くてジメジメして、良いことないよ」
霧と電波って関係あるのか? 疑問に思ったが、気象に詳しいわけではないので真実は分からない。
意識をラジオに戻す。
内容からして、リスナーのお便りを読み上げているらしい。
上司を好きになってしまったと言うリスナーに司会者が助言している。恋愛相談というやつだ。
顔の知らない男性の落ち着いた声が耳に心地よく響く。
他にもチャンネルを回してみたが目ぼしい情報は得られなかった。
ラジオを元の位置に戻した。
「好みのチャンネルは無かった?」
「いや、脱出の手がかりとかないかなぁ、と思って」
「ふぅん……良い心がけだ」
「なんですかそれ」
「別に」