謎茶
キテラが木製の扉を開けたので、後に続いて中に入る。
玄関は色々の花で飾られていた。歩きながら名前の知らない花たちを見回していたら、足元で嗤うかぼちゃと目が合った。
室内は約10畳のワンルームになっていて、部屋の中央を支柱が貫く。天井には正六角柱のランプがぶら下がる。正面の壁に大きな棚があって、食器や小物を並べてある。横に梯子が立て掛けてあるのはロフトに上がるためだろう。
一部屋にキッチンやチェストやテーブルが置かれているので狭く感じる。いや、ツリーハウスにしては広いのかも。
「座って待ってて。お茶を淹れるから」
テーブルもキッチンも壁に面していて、真ん中を広く開ける造りになっている。
テーブルに2つ並んだ椅子の片方に座った。
キッチンの方へ視線を向けると、後ろ姿のキテラが戸棚を漁っていた。
手持ち無沙汰で、壁に空くガラスのない窓から下界の池を望んだ。
池の側に小さくだが耕された土地を見つけた。野菜を栽培しているようだ。葉しか見えないのでその種類は分からない。霧に霞む遠方にも池が点在している。この土地自体が水を吸収しにくいのかもしれない。
「ほれ」
視線を横に向けると、両手に白とベージュのマグカップを持ったキテラが白い方のカップを差し出してきた。
「ありがとうございます」
マグカップを受け取ると掌に冷たい感覚があった。
キテラはそのまま俺の隣に座った。
カップを薄い緑の液体が満たしている。けれど仄かに香る匂いに、甘い香りが混ざっていることに気づく。
「君の知ってるお茶とは違うかもね」
訝しんだ俺に付け加えるように言う。
「なんて名前のお茶なんですか?」
「うーんと、たしかアパッチって言うらしい」
マグカップを口元に近づけ、少し口に含む。冷たい。
舌を転がして丁寧に味わうと、苦味と甘味が同時に感じられる。身近な例えが思いつかないが、なかなか癖のある味だ。
「どう? お気に召したかな?」
「癖がありますけど、嫌いじゃないです」
「それは良かった」
「「ふぅ」」
2人、窓際に並んで一息つく。
「これからどうするかは決めているの?」
「いえ……」
「君がこれから取れる選択肢は2つだ。1つは、今から森の出口へ向けて歩き出すことだ。この森に終わりがあることだけは保証するよ」
キテラは人差し指を立てて俺に向ける。
「けれどもし歩き始める勇気がないと言うのなら。少しの間、この宿を貸してやってもいい。これが2つめの選択肢」
人差し指に続いて中指も立てる。
「…………」
突然示された選択肢。そのどちらも自分が助かるとは程遠い内容のものだったので答えられなくなる。
「今答える必要はないよ。気が向いたらそのまま出ていっていい」
そう言い残すと、彼女は家を出ていった。
後には空のマグカップが残された。
自分のお茶を飲みながら、遠く霧の彼方に目を向けた。
永遠と同じ景色の続く森。
黄金の斜陽は、もうじき日が暮れる合図だろう。
俺はキテラのことを未だに疑っている。魔女だの何だの怪しいことばっかりだ。
本当は森の外と連絡する手段を持っているんじゃないか?
それで理由は分からないが、俺をからかっているのかもしれない。
今日はここに泊めさせてもらおう。キテラの本性を見極めることも兼ねてだ。もし彼女が外と繋がる手段を持っているならそれを使う。持っていなかったら、ここで準備を整えてから出発することにしよう。
方針は立った。そして今が何時か確認しようとして、スマホをバックパックに入れたままだったことに気づく。というか、バックパックが下に置きっぱなしだ。
往復するの……しんどいなぁ。
けれど置きっぱなしにはしたくない。渋々取りに行くことに決めて、一応そのことをキテラに伝えにいく。
玄関から外に出る。
足場はツリーハウスの乗っかる大きな枝に沿って設けられている。ツリーハウスは正面から見て左側が幹に接しているのだが、右には一回り小さな小屋があった。
キテラはここにいるのだろうか?
小屋の扉を開けた。