キノコ
「食えーーー!!」
「嫌ですっ!」
静かな森に騒がしい声が響く。
俺の目の前にはパチパチと火花を散らす焚き火があって、横にいるキテラが手に持ったものを食べさせようとしてくる。
その手に握られるのは、傘が緑色で、所々に茶色い焦げ目がついた小さいキノコ。さながら毒キノコのようなそれを、さっきから頬に押し付けてくるのである。
「食わず嫌いは良くないと思うな!」
「だってそれっ! 色が! 食べちゃいけない色してますよ!」
1UPキノコみたいな見た目をしているが、食べても残機が増えたりはしない。むしろお陀仏だ。
「本当に毒入ってないんですか?」
「もちろん。本当は赤色だったのが何故か変色してるけど気にしないで」
一つも信用できる情報がない。親指を立ててグッドサインをしているが、何がそんなに自信を持たせるのだろう?
「やっぱ嫌ですよ! こんな得体の知れないもの!」
「毒性は無いから大丈夫! 何事も経験だと思って、パクッといっちゃって!」
「はあ……」
キテラが嘘をついているとは考えにくいけれど……。勢いに押されるまま、押し付けられる手からキノコを受け取って、ちょこっとだけ齧った。
最初に苦味と強烈なクセがくる。それでも噛みつづけると、後から旨味が出てくるような感じがする。
「どう?」
ニコニコと感想を求めてくる。俺は素直に応えた。
「好きか嫌いかで言うと二度と食べたくない、ですかね」
これの味はともかく、食べるだけでこんなに精神を消耗する食べ物は御免だ。食事はもっと楽しいものじゃないと。
「キテラはなんか楽しそうですね」
「んー、楽しいよ? 君が得体の知れないものに悪戦苦闘する様は」
「この魔女め。中身まで腐ってやがりますね」
なんだかんだキノコを完食した。
ふぅ……しつこい味だったな。水を飲んで口を洗った。
ところが焚き火を見ると、枝に刺さった焼きキノコがまだ一つ残っているではないか。これ、誰が食べるんだろう?
「キテラって、虫とか“これ”とか、食べ物に抵抗なくてすごいと思います!」
言いながら、枝から抜いたキノコを渡そうとする。
「好き嫌いはあるけど、食べようと思えば何だって食べられるな……。まあ、こんなゲテモノ好んで食べたりはしないよ」
キテラはあっさりと食べるのを拒否した。
俺には食べさせたのに、1人だけ逃げるって言うのか?
それは俺が許さない。
「食べず嫌いはいけないんですよね?」
「いやいや僕は食べたことあるから。それは君が食べれば万事解決…んぐっ!」
強硬策だ。隙を見てキノコを口に突っ込んだ。
吐き出すわけにもいかなくて、キテラは嫌々ながら咀嚼する。
「うへぇ、不味い」
「いつまでも反撃をしない俺と思ったら大間違いですよ」
俺は勝ち誇った。まあ、キノコを食べさせられたのは両方だから、引き分けというか両者負けみたいな部分はあるけれど。
そもそもこのキノコは、さっきまでしていた実験の余りだ。
キテラと仲直りした翌日。
俺が住むことがキテラの負担になっていないか聞いた。
『最初のとき言っただろう? 君の意志を尊重する。君が望む限りは宿を貸してあげよう』と返された。
最初のとき彼女が何て言っていたのか、俺は正直覚えていなかった。
それから彼女は『今日から君を助手に任命する』と勝手に宣言した。
かくして、家事に加えて魔法研究の手伝いまでしなければならなくなった訳だが、彼女なりの気遣いなのかもしれない。ツリーハウスに居ていい意味を与えてくれたのかも。
助手に任命されると、そのままキテラと共にツリーハウスから地上に降りて、手頃な巨木に寄った。根本付近の表面を軽く削り、ジャムみたいなものを塗ってキノコを接着する。そして目印兼障害物避けとして小さな木の柵で囲った。
一週間で死ぬ短命なキノコが、どれだけ長く生きれるかの実験だ。
キノコが少し余った。
燃料用の枝とか草の山にキテラが人差し指を添えると、とくに念じる様子もないまま火が起こる。
燃えにくい(湿った)枝にキノコを刺して焼いた。
そして今に至る。
キノコの試食会を終えて、焚き火を消してツリーハウスに戻った。
まったく穏やかな日々である。穏やかすぎて、時間の感覚を忘れてしまうほどには。
でも分かっている。いつまでもここに甘えていてはいけない。俺のいるべき場所はここではない。数日以内には、キテラに出発する旨を伝えよう。




