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無意味の先に

何度かキテラと水汲みに来たことはあるが、一人で来るのは初めてになる。

ゆるやかな起伏の連なる地面。低い丘の頂に立ち、谷間の方に、昨日の雨でできた水溜まりの1つに見える小さな湧き水を見つける。

水溜まりと間違えないように、湧き水の側には看板がある。木の支柱に板を張り付けた看板は、古びて所々欠損しているし、書かれた文字は削れて判別できなかった。

丘を下って湧き水のすぐ近くに寄る。

透明な水から底の黒土が見えるが、一つだけある蟻地獄のような窪みはそこだけが砂利だ。その中央に目を凝らすと、直上の水面が同心円状で微かに揺れているのが分かる。今も水が湧き上がっている証拠だ。

重かったのでバックパックを地面に下ろす。横のポケットから水筒を取り出すと、蓋を開け、それを横向きにして水に沈める。

空気が抜けてトポトポと水が貯まっていく。

途中で水筒に汲んだ水を飲んだ。

衛生管理のされていない水を飲む程度では不満を感じなくなった。ツリーハウスの前にある池の、水捌けの悪い土地に雨が残っているだけの水を飲むよりはマシだ。

満タンまで貯めたら蓋を閉め、バックパックを背負って立ち上がる。

後ろ手で適当にバックパックに付いた泥を払い、目前に大量にある水で手を洗う。

ここに来た目的は達したので、さっさと歩き出す。

森を出るのは早ければ早いほど良いからな。




巨木を掻き分け地面を踏み締め、変わる事のない景色が変わる事を目指して歩く。

仮に森を出れたとして、どこに着くんだろう?

元居た渓流に着くのが最善なんだけど、全く見知らぬ土地に出る可能性も十分にある。

しまった、大雑把でもいいからキテラに地理を教えて貰うべきだった。そうすれば見知らぬ土地に出ても、人のいる場所に行って助けを呼べるのに。

考え事をしていたら、巨木の根元にある雑草に目を止めた。

スペードの形の葉をつけた雑草が集団で生えている。キテラに教えてもらった栄養価の高い雑草だ。

お腹は空いていないけれど栄養補給も大事だと思ったので、集団の中の一つを、茎の半分より上から摘んで口に入れた。

噛み切りにくく、青臭い。

執拗に噛んでやっと飲み込んだ。


歩き続けて、ついに霧が出てきた。

現在地はとっくに分からなくなっている。

ふと何時間歩いたのか気になった。けれど時間を確認することが無意味な行為だと気づいて、スマホを取り出すのはやめた。

疲労で思考がまとまらなくなってきた。それでも適当なことを考えて気を紛らわした。


何日前にここに来たんだっけ。5日前かな。

そこで思い出したくないことを思い出した。

……5日? 森に来たのが土曜だよな。

つまり、無断欠勤してないか? 

うわぁ、今は森を抜け出そうと奮起しているっていうのに、モチベーションの下がることを思い出したくなかった。

会社にはなんて説明しよう。欠勤はともかく、何日も連絡をしなかったのはまずい。

正直に森で遭難したら魔女に会って、家に泊めさせてもらってましたって言うか?

馬鹿げている。周りに嘘吐きだと思われるだけだ。それよりは、多少無理があってもそれっぽい理由をでっちあげるべきか。それで減給とか食らっても仕方ないよなぁ……。


そこで俺は足を止めた。ツリーハウスを出発してから一度も休んでいなかった足を初めて。

上を向いて深呼吸する。青い空に突き刺さる巨木と、天を塞ぐ緑葉が見えた。

何でこんな面倒くさいことしてるんだろう。

……考えてみたけれど、実は理由を見つけられなかった。

俺の不器用な人付き合いの仕方を肯定する理由が無かったんだ。

そこで気づいた。

ただ逃げていただけだった。

相手を刺激することを恐れて、それが億劫で、相手と対話することを避けていた。対人関係をより良く変えようとするよりも、自分が苦労する現状を是としてしまう自分がいた。

それは間違っている。それは配慮じゃない。

たった今から、ツリーハウスに戻ってキテラと話をしなければならなくなった。

このまま逃げるよりも、仲直りできた方がハッピーエンドに決まってる。そうだよ。じゃなきゃ、行き先も分からないのに、なんで巨木にある矢印に沿って歩いていた?

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