アスレチック
「こっちだよ」
足を止めていた俺に、少し先を歩いていたキテラが振り返って言った。
彼女の後について池のふちを歩きながら、池の向かいにあるツリーハウスへと向かっていく。
目を池の方に向けると、透明な水に水草が浮かんでいて、底に黒土が見えた。
ツリーハウスの木の根本まで来て、顔をほぼ真上にして見上げた。家はかなり高いところにある。木の高さを100メートルとすれば、その中間の位置だ。
そこまでの道中を、木製の階段や梯子が幹をぐるぐると囲んでいる。アスレチックみたいだ。
「登るんですか?」
「そうだよ。ただ荷物を背負ってると危ないから、後で持っていくことにして今は地面に置いていこう」
俺が荷物を下ろしたのを確認すると、キテラは慣れた動作で登り始める。
これを登るのは少し……いやかなり怖い。
逡巡していると、階段を5段上った彼女から声がかけられた。
「あともうひと頑張りだ。頑張って」
そう励まされては登るしかない。
最初のアスレチックは、巨木に刺さった木の板を伝っていく階段ゾーンだ。板と板の間から思いっきり地面が見えているのが怖い。
慎重に板に体重をかけると、板は揺れることもなくしっかりと俺を支えた。それで板が折れる不安はある程度和らいだ。木の幹に手をつきながら慎重に進んでいった。
結構時間がかかってしまったらしい、手すりのない踊り場でキテラが待っていた。
「次は梯子に上るよ」
キテラは俺を一瞥すると、すぐに梯子を上っていく。
ちょっとは休憩させてくれ……!
頭上を見上げる。
ロープと丸太を組み合わせてできた梯子が、彼方に小さく見える踊り場まで続いている。近くに幹から分かれる大きな枝があって、周りに足場が設けられている。下からだとよく分からないが、あそこにツリーハウスがあるはずだ。
梯子に手をかけ、上へと進む。
5メートルほど先にキテラがいて、上るたびに彼女のロングスカートが揺れる。
何か後ろめたさを感じて、あまり上を見ないようにした。
踊り場までの距離を測りろうと見上げたとき、スカートの裏地が見えて焦ったが、黒いショートパンツが見えた。
無言で梯子を上っていく。
なんでこんな苦労してるんだっけ……。
森の出口が知りたいのに、全く見当違いなことをしている気がする。
やがて作業に集中して何も考えなくなった頃、木製の踊り場の裏側が見えた。
先に踊り場に立ったキテラは、手すりに掴まって空いた方の手を差し伸べてくる。
その手に助けてもらって踊り場に立つ。
近くの梢が首筋を撫でてくすぐったい。
「お疲れ。後は階段だけだよ」
今いるのは5メートル四方の踊り場。ここはちゃんと手すりで安全が確保されている。小さな滑車と荷台、それから数個の木材が雑に置かれている。
手すりに乗り出して地上を覗く。
「うわ、高っ!」
地上50メートルの眺めだ。
霧によって遠くまでは見渡せないが、このツリーハウスを遥かに越える高さの巨木がずっと先まで立ち並んでいる。
踊り場から数段の階段を登れば、ツリーハウスが目の前にある。
外周を赤や緑の葉が彩っている。
「ようこそ! 我がツリーハウスへ」
キテラはツリーハウスを片腕で指して笑う。
それを見て俺は両膝に手をつき、
「はぁーー、疲れたーー」
疲労と安堵のため息を着くのだった。