梟の会談
ツリーハウスに帰ったらすぐに、キテラは魔法研究をすると言って引き篭ろうとしたので、俺は無理言って同行させてもらうことになった。
二人で研究施設、またの名を物置小屋へと向かう。
外の廊下でふと気になったことを質問した。
「キテラは攻撃系の魔法とか使えるんですか?」
「攻撃系?」
本や資料の束を両腕に抱えたキテラが問い返す。
「こう……雷を落としたり、火球を撃ち出したりとか」
魔法や超能力を使ったド迫力バトルは、世の男共の大好物だ。
ここはそう言うのが存在する世界観なのではないか、あわよくば生で拝めるのではないかと期待していた。
しかし得られた返答は期待とは真逆のものだった。
「それは幻想の見過ぎだよ」
「あなたがそれを言いますか……」
「魔法だって、物理と同じように法則の上で成り立ってる。無からビームを放ったりはできないんだ。今のところはね」
キテラのあえてぼかした物言いに推測を述べる。
「つまり未来ではできるかもしれないと?」
「いずれそう言う理論が完成されたらね」
魔法も都合良くは出来ていないらしい。
小屋の前までやってきた。
キテラは「そんな面白いものでもないけど」と呟いて扉を開けた。
扉を開けっぱなしにして、曇り空の光が部屋を浅く照らしている。
木箱を寄せてできた部屋の真ん中のスペースに腰を下ろす。キテラは本や資料を床に並べた。
「僕の専門は……」
そこで言葉を区切って、何事か思案するような素振りを見せてから続けた。
「生命速度学だよ。他の分野よりも理論構築がメインで、地味な作業が多い」
そう言われても、俺は魔法研究について全くの無知なので、何がどう地味なのかも分からない。
「その生命速度学は何をするんですか?」
「自分の成長速度をゆっくりにしてるって事は前に言ったでしょ? 生命の速度を変化させて、それが及ぼす影響について研究してる。具体的には……とある仮説を立てて、数式を解いて、得られた数値に従って魔法を行使して、結果を分析する。魔法研究っていうのは大体がその繰り返し」
本当に学者っぽいことをしているんだな。
俺の中で、空想の中の魔法という存在が、もっと現実的なものに思えるようになった。
キテラは本をパラパラと捲っている。
暗いのに目が疲れないんだろうかと、なんとなく思った。
やがてとある頁で手を止めた。
「これとか丁度良さそう。それの研究を見せるか」
「せっかくだから、俺も何か手伝いたいです」
「素人さんに研究の手伝いをさせるのは恐ろしいなぁ。見るだけで我慢してて」
キテラはさっそくペンを持って記述に取り掛かる。しかし紙にペン先を触れさせた途端に動きを止めた。俺の方をちらちらと見て言う。
「あのー、なんだ。その……そんな情熱的に見られると、恥ずかしい」
時折、本や資料に目を移しながら、紙に数式や文字を書き連ねていく。白紙が見る見るうちに黒い文字で塗りつぶされる。
ペンを動かし、紙に向き合うキテラは見たことないほど真剣な目をしていた。すごい集中力だ。
俺が邪魔しては悪いと思って、言葉も発さずにじっと見つめていた。
5分ぐらい経ち、記述がひと段落付いたところで、キテラはこちらの存在を思い出したようだ。
「ああ、待たせちゃったね」
「新鮮なものを見れて面白かったです」
「これで記述は終わったから、次は魔法を使う用意だ。その箱に根っこが入っていると思うから、ひとつ持ってきて」
材料の用意ぐらいなら俺でも手伝うことができた。
注文通りに材料が揃っているのを確認して、キテラは先程記述した内容に従って準備を進めて行く。
黄色い液体の入った瓶を取り出して、それをビーカーに半分の容量になるまで注ぐ。
ピンセットで白い根っこを摘んでビーカーに入れて、全体が液に浸るように押し込んだ。
小さな石を2つ取り出して、互いに打ち付けると青く発光し始めた。それをビーカーの近くに置く。
「よし。根っこが元の状態に再生するから見てて」
キテラは目を瞑ると、両手を顔の前で組んで祈りの姿勢となる。
瓶の中が泡立ちはじめる。泡の量は次第に増して、ぶくぶくと沸騰するような音が聞こえる。
俺は弾けた飛沫が飛んでくることを危惧して、少し距離を取った。キテラは既に祈りの姿勢を止めて、実験の行く末を見守っている。泡立つビーカーのすぐ隣にいるから、あの液体は触れても危険なものでは無いのかもしれない。かと言って近づく気にはなれないけれど。
やがて白い根っこから緑の新芽が生まれた。
新芽は小さな二枚の葉を広げていく。
葉を広げ終わったのと同時にして、根っこの先端が黒く変色した。それは下から上へと侵食し、生まれたばかりの新芽も巻き込んで、しなしなの黒い物体になってしまった。
これは成功なのか……?
予想外の結末に困惑していると、キテラが呟く。
「そんな上手くいかないよねぇ。何がいけなかったんだろ……媒体が少なかったかな……」
どうやら失敗らしい。
キテラは学者らしくすぐに反省点を探していく。
それから、俺がまだそこに居ることを気にした。
「満足したなら出ていってね」
「あ……はい。良いものが見れました」
素直に感謝を述べて、小屋を出て行くために立ち上がった。
去り際、謎に息巻いたキテラは俺を指差して宣言した。
「今度はもっとすんごいやつ見せてあげるから、覚悟してなっ!」
楽しみにしてるとだけ伝えて部屋を出た。
ツリーハウスへと繋がる廊下を渡る。
俺も魔法の練習をしてみるかな。
いくら練習したって一向に使える気配が見えないから、才能が無いのではないかと半ば諦めていた。けれど本場の魔法に触れたことで、習得意欲が再燃していた。




