大いなる命
崖下までの高低差の低い(およそ5メートルの)場所を選んで、巨木に巻き付けて固定したロープを垂らした。
ロープで皮膚を擦らないように、両の掌にも布を巻きつける。
下半身だけ崖に乗り出し、足裏を壁につけて身体を固定すると、ロープを握る力を調節しながらゆっくりと落ちていく。
静かに着地する。草が潰れた音がして、柔らかい地面が僕を迎えた。
道幅は30メートルぐらい。膝丈まで伸びた草が道いっぱいに生い茂る。足を動かすだけで、水中を進んでいるかのような抵抗感だ。
「これは、先に進むのも一苦労だな」
生い茂る草の一本を摘んだ。
卵型の葉をつけている。地上でも見つけられる種だ。だが、途方もないこの数は異常である。
視界は良好。日光は鬱陶しいほどに眩しい。緩い傾斜を伴った道。地下に降る方向に進んでいく。
少しして小川を見つけた。壁に空いた十数の穴から、小さな滝のように水が落ちている。それらは道の真ん中で合流し、細い流れとなっていた。
滝の一つの側に寄る。
跳ねた水玉がロングスカートを少し濡らした。
屈んで、水の出てくる小さな穴を覗き込む。暗くてよく見えないや。
滝に指先で触れる。透明で、冷たい。
顔を横にして、落ちてくる水を口に含んだ。スカートがさらに濡れた。
「ん……っはぁ!」
それから、肩掛けポーチから水筒を取り出して水を汲んだ。
ここに来る過程で半分まで減っていた中身が満杯になった。
地上との高低差50メートル、道幅50メートルを超えた頃。変な木を見かけるようになった。高さ10メートルくらいで、真っ直ぐ伸びた幹に鳥の羽のような形をした葉をつけている。見たことのない種だ。
葉のサンプルを採りたいな。
意識を集中させて、加力の魔法を使う。一つの葉が見えない手に引っ張られたかのようにピーンと伸びたけれど、なかなか木から離れてくれない。そのうち集中力が先に切れた。
今は放置でいいや、帰りに持って帰ろう。
歩く。
岩壁に挟まれた、雑多な緑色に埋め尽くされた坂道。低木の作る丸い茂みを避け、変な木を通り過ぎて、光に輝く渓流とともに。
ポーチは採取したサンプルたちで膨らんでいた。
だいぶ地下に潜ってきた。地上から落ちた光が、崖下に線を引いている。
そこで見たことのない鉱石を発見した。金色の光を放つ結晶だ。
壁の遥か高いところにあって手を伸ばせなかったが、その後に足元に生成されているのを見つけた。手頃な石を拾って鉱石に打ちつける。案外柔らかいらしく、一撃で鉱石は砕け落ちた。
破片の一部を拾い上げて観察する。六角柱状の透明感のある金色だ。試しに陽に当ててみると眩く光った。
「綺麗な石だ」
これもポーチに入れた。
長い道のりの果ては、池に直面して終わった。三方向が崖に阻まれている。おそらく水中に道が続いているのだろうが、ともかく地上の道は行き止まりだった。
森で生活していると、ちょくちょく僕を覗き見てくる不届き者の存在を嗅ぎつけてきたのだけど、ここには何もいなかったな。
収穫物があっただけ、成果は得られたので良しとしよう。
唯一進める方向へ歩いた。
「上り坂じゃん。疲れるなぁ」
既に見たものばかりだったので、帰りは寄り道することもなくスムーズに歩いた。
途中、今まで一度も見なかった穴を見つけた。地面が下がることで出来た天井の低い穴だ。
来る時に見落としていのか。
もう疲労がだいぶ溜まっていたので探検する気は起きなかった。代わりに少しだけ中を覗いた。
足元が崩れた。
咄嗟に腕で顔を覆った。砂の斜面を滑って、平たい地面に転がされた。
起き上がると、すぐに重大な怪我がないか確認する。
幸いにも腕と脚を少し切っただけだった。
自分の落ちてきた方を見上げる。光の降る入口から10メートルも砂に運ばれていた。
今からでも戻る選択肢はあった。けれど洞窟の先にも金色の鉱石を見つけた途端、何かに引かれるように奥へ入っていった。
横に広い洞窟を懐中電灯をつけて進んでいく。屈んで歩かなければならないので腰が疲れるが、道そのものは長くなかった。すぐに出口があって、光が見えた。
想像を絶する広大な空間に出た。
洞窟には当然あるはずの壁が闇に消えて目視できない。幾重もの槍のような形をした石柱が、侵入者を貫かんと天井に吊り下がっている。
その中で最も目を引き、信じられない光景こそが、空間の中央にある巨大な黄金の結晶だ。何故か結晶は自ら光を発していて、有限の空間を照らし出している。結晶は地面と天井の両方に存在し、天井の方は規模が少し小さい。そこで何かが生まれたかのように、華開いた形をしていた。
地下に咲く黄金の華。それは見る者に畏敬の念を植え付ける美しさを纏っていた。
一瞬のうちに華に魅せられていた。
ほとんど無意識とも言える心理状態で、あの華の近くに行きたいという欲望だけが渦巻く。
ふらふらと、歩き進んだ。
一歩、また一歩と華が近くなっていく。
それが全身を歓喜させ、さらに身を焦がした。
『チカヅクナカレ』
頭の中に、酷い耳鳴りとともに声がした。
声と表現するのは適切でないかもしれない。それは獣の叫びのような、本能の獰猛さを纏っていた。
『アンソクノチ、フレルナカレ』
痛む頭を押さえながら後ずさった。すると痛みが薄れていく。
幾分ましになった思考で、目前の華を見て、僕は理解した。
これは人間の触れていい範疇を逸脱したもの。神の側に存在する、大自然そのものの巨大な意志。
大いなる命の所業であると。




