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確かな足取り

「おーい。起きたまえよ。起きないと死んじゃうぞー」


呼びかけれた声と、体を叩かれる感覚に目を開ける。

目前にしゃがんでいる、紫の毒々しい髪色をした女性が目に入った。深く被った前髪の隙間から覗く同色の瞳が、俺を目を真っ直ぐに捉えていた。

俺は地面に横たわっていた。どうやら椅子から落ちてしまったらしい。

 

「お、生きてたか」


俺は付いた土を払いつつ立ち上がる。女性も距離を置いて立ち直った。

腰に届くほど長い、全体が紫色の髪を持ち、緑色の房が控えめに混じっている。先端があちこちに跳ねていて、手入れが行き届いていない印象を受ける。

身長は普通で俺より少し低いぐらい。ブラウンのロングスカート、同色の大きすぎるコートを羽織る様は、魔女がローブを着込んでいるようだった。顔立ちは10代後半ぐらいを予想させる幼さが残っていた。


「えっと……その…あなたは?」

 

「君を助けにきた人だよ」


『助ける』と言ったということは、俺を森の外まで案内してくれるということだろうか。唐突に示された希望に期待した。


「……っ! あの、俺! 森で迷ってしまって……それで、出口を探してて……!」


「まぁ、慌てるなよ。ついてくるといい」


彼女は有耶無耶なことを言う。けれど自分は必死だったから、歩き出そうとする彼女を呼び止めた。


「出口を教えてほしいんです……!」


「話すのは歩きながらでいいだろう?」


そう言ってスタスタと歩き始めてしまう。この霧の中では、一度見失えば二度と見つけられない。俺は慌てて後を追いかけた。




彼女の後ろを歩いても、やはり景色は変わらない。

それでも、彼女は何処か明確な目的地へ向かっているように見えた。


「君のように旅人が森で迷ってしまうことはたまにある」


「旅ってほどじゃないですけど……」


経緯を説明する。


「なるほどねぇ。それは大変だ」


他人事のように言う。実際他人事なのだが、こうも言われてはムスッとする。苛立ちの代わりに、質問をぶつけた。


「色々教えてほしいことがたくさんあるんです。あなたは何なんですか? ここは何処なんです? 今はどこへ向かってるんです?」


「僕が何とは、難しい質問だね。そうだな……僕はこの森に住む魔女なんだって言っておこう」


初めて会ったときに自分が直感した、『魔女』という言葉が出てくることに驚いた。しかし魔女とは呪いや魔法を使うもので、ファンタジーの中の存在だ。彼女の言うところの意味を把握しかねる。


「容量を得ないです」


「わざわざ知ることでもないよ」


何かはぐらかされている気がする。苦手な人だ。しかし彼女だけが脱出の手がかりなので、機嫌を損ねないように大人しく従っていおいた方がいいだろう。


「じゃあ、どこへ向かってるんです?」

 

「僕の家」


「……出口まで案内してくれるんじゃないんですか?」


「僕が出口を知らないからなぁ」


「……」


「でも、休憩ぐらいして行くといい」


……たしかに森の中に1人でいるよりも安全な休憩場所があった方がいい。彼女の存在はあくまでもメリットになるだろう。そう理性で判断する。


「分かりました。えっと……」


「僕のことは『キテラ』と呼ぶといい」


 西洋っぽい名前だなと思った。

 



その後は話すこともなく黙々と歩き続けた。気づけば前よりも霧が薄くなってきたように感じる。

以前は途中までしか見えなかった巨木の全容を見渡せるようになった。それは、予想以上にデカかった。 

時折見えていた葉っぱは木の頂上ではなく、幹の中腹あたりから分かれた枝に付いているものだった。デカすぎて上手く測れないが、全高100メートルはありそうだ。木は頂上付近で一気に葉の量を増し、傘のように広げている。

あまりのスケールの大きさに、自分が小人になってしまったかのよう。

そして俺は日本にこのような場所があるなんて全く知らない。もしかするとすでに、ここは日本ではない何処かなのだろうか。


「それでーー」


いつになったら着くのかと、聞こうとした瞬間だった。


急に来た眩しさに目を細めた。

目前に大きな池が広がる。それは巨木を倒してもすっぽり収まってしまう大きさだ。

開けた土地に、金色の日光が下までよく届く。今まで緑ばっかりだと思っていたが、光を受けて輝く巨木の葉に鮮やかな赤色が混ざっていることを初めて見つけた。

そして池の周りにある巨木の一つに、中腹にある大きな枝の生え際に乗っかるようにしてツリーハウスがあった。

その全景は、霧に閉ざされた秘境と言うに相応しかった。

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