地下の世界
永遠と同じ景色を見せ続けられると、霧で前方がよく見えていなくても、同じ景色が続いているのだろうと思い込む。ゆえに、俺はこの森に死の可能性があるとは到底想像できず、今の今まで前方に注意を払っていなかった。
平坦に続いていた地面が急に途切れた。
地面の先が存在しない。崖だった。
崖際になると地面は土から岩肌に変わる。俺はその境目でようやく崖の存在に気づく。崖下に虚空が見えた。同時にキテラから「あぶないっ!」と後ろから手を掴まれる。
「うおぉっ!」
驚いて後退り、足がもつれて尻餅をついた。
キテラが手を差し伸べる。
「もっと早く崖があることを伝えるべきだった。ごめんね」
「大丈夫です」と言って自力で立ち上がる。
少し離れたところから崖を見た。
崖は左右に一直線に広がり、終わりの見えないくらい長く続いている。その崖を挟んだ向こう側、50メートルほど先にも、こっちと同じ高さの地面があった。崖と言うよりも、大地に巨大な亀裂が走っているように見える。
崖が崩れる可能性がないかキテラに確認を取ってから、四つん這いで崖際まで進んで、恐る恐る崖下を覗いた。
地面は見えなかった。
向こう側の崖の、影になった表面にふたつ、小さく金色の光が見える。動く事なく、その場で光を発し続けるモノの正体が何なのかは分からない。
「あれって何ですか?」
指差して問う。
後ろから足音が聞こえて、それは俺の隣で止まるとしゃがんだ。
「どれ?」
「あの、光ってるやつです」
「うーん? 見えないけど」
発していた光はいつの間にか消えていた。
キテラは立ち上がって傍を離れた。
その後も俺はあの光を見ようと目を凝らしていたが、見かねたキテラが「ほら、行くよ」と出発を促した。
ただの勘違いだったのだろう。諦めて引き返す。
「目的地までは、この崖沿いに進んでいくだけだよ」
「迷わなくて良いですね」
シンプルな道順は助かる。周囲全てを木に囲まれていた時と違って前後感覚も掴みやすい。
左に崖、右に巨木がある道を進む。
いつしか無言になっていた。
太陽が強く照らした。辺りの色が鮮明になる。
光が崖下に差し込んでいる。その行き先が見える気がして、もう一度崖下を覗いた。
遥か下方に、デコボコした緑の地面が見えた。植物で覆い尽くされていることが想像できる。
中央に川があった。距離が遠いために流水のせせらぎは聴こえないが、差し込んだ光を受けて輝く、透き通る色をした川だった。
ポツポツと木が生えていた。巨木ではない。普通サイズの、ヤシの木のような形をしていた。
両端はそり立った崖になっていて、地下の空洞は地上の隙間よりも大きく広がっている。
地下には、地上とは別の生態系が巡っていた。
また、地下空洞は俺たちの進行方向に傾いていた。進むほどに崖下の地面は遠くなり、闇に呑まれて見えなくなる。
「すごい……すぐ近くなのに、植生が全然違う」
「この広い森の中でも、ここでしか見られない植物ばかりだ。不思議な場所だよ」
「崖下に行ったことはあるんですか?」
「一度だけね」
「どうやって?」
「そりゃあ、ロープを使って降りるしかないでしょ」
「うわ、俺にはできませんね」
この高さをロープだけで降りるなんて、考えるだけで身体が震えてくる。
「僕も二度と御免だよ。翌日の筋肉痛、酷かったんだから」
二人の話し声は明るいが、確かに疲労の色が滲んでいた。
察して、キテラは励ましの言葉を述べる。
「多分、もう少しで目的地だ。着いたらまずお昼にしよう」
「そうですね。実はさっきからお腹が空いて仕方なかったんです」
「虫を食べなかったからだ」
「今の空腹状態だとしても虫は食べたくないですけどね」
そこは譲れないのである。
広がる大自然には二人の声しか響かない。絶賛遭難中であることも忘れて、俺はこの暮らしを案外楽しんでいた。




