大遠征
「う゛ぐっ……」
みぞおちに鈍い痛みが走った。何が起こったのか分からないまま、お腹を押さえて蹲る。
「あ、すまない」
90度回転した地平に、手をついて起き上がった少女が見えた。
「横に君がいることを忘れててさ」
申し訳なさそうな顔をする。
起き上がったときに肘かどこかで俺の腹を突いてしまったということだろう。
「『すまない』で済む痛さじゃないですよこれは……」
未だに痛む腹。キテラに愚痴った。
最近、ろくな目覚め方をしていない気がする。
朝食の席で、フォークでサラダをつつきながらキテラは言う。
「今日の予定なんだけどさ。木材が足りていないんだ。だから、倒木まで木材を調達しにいこうと思う」
「それって遠いですか?」
「昼前に出発して、夕方に帰ってくる予定かな」
「大遠征ですね」
昨日は湧き水を汲みにいったが、距離にして数百メートル。体感30分の作業だった。
それが日帰りとなると、結構な距離を歩くのだろう。
「ここは木ばっかりで飽きるだろうし、たまには違った景色も見せられると思うよ」
「……何が見れるんです?」
「地下の世界」
「よく分からないけど、楽しみにしておきますね」
彼女の言うことが曖昧なのはいつものことだ。いちいち突っ込
む必要はない。
「だから、朝食を食べ終わったら朝の支度をして、ちょっと休憩したら出発するよ」
期待してもらえたのが嬉しかったのか、キテラは少しだけ上機嫌に見えた。
朝食を済ませたら、着替えを洗うために池にやって来た。
桶に池の水を掬い、洗濯物を浸して布地をこする。途中で桶の水を換えながら、それを何回も繰り返す。
洗濯しているのは俺だけで、キテラはひっくり返した桶に腰掛けてくつろいでいる。
正確には、キテラは既に洗濯を終えてしまって、俺だけがのろのろと洗い続けていた。
一日分だから、量はそれほど多くないはずだけど。
手が冷たい。腰痛い。早く終わらせたい……。
「お肌がむくんでしまうよ〜」
暇を持て余しているような、呑気な声が聞こえた。キテラは霧の深さを確かめるように空中を見据えている。今日は霧が濃いから、湿度が高くて肌が気になる。そういう独り言なのだろう。
「むくみの解消には、血液の循環を良くするといいらしいですよ。だからカリウムを摂るといいって」
両手は忙しなく動かしていたが口は暇だったので、その独り言を拾って会話を作る。
「そのカリウムは何に含まれてるの?」
「野菜……とかですかね」
「食べてんじゃん」
「じゃあ、先天的なものなんじゃないですか? 血流が悪くなりやすい体質とか」
「体質かぁ」
キテラは納得したような、それでいて力無い声を出す。
アドバイスするつもりが、逆に治療不可能ということを証明してしまった。ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「あ、洗濯終わりました」
倒れないように、物干し竿を入念に土にブッ刺し、二人分の洗濯物をかけた。
ツリーハウスに戻ってきた後、遠征の荷造りをしていく。
昼食、ランタン、木材を括り付けるロープ等々をバックパックに詰める。木材を多く運ぶために、持っていく荷物は最小限だ。
ちなみにバックパックはキテラも持っている。
「霧が晴れてから出発した方が良くないですか?」
「霧が晴れてるときに出発したのに、途中で霧が濃くなってしまったってことはよくある。だから、いつ出発するかはあまり関係ないんだ。それに道中に目印があるから迷う心配はないよ」
俺より永くこの森に住むキテラが言うのだから、そうなのだろう。ただ、霧で視界が封じられているのは精神的に圧迫感があるのも事実だ。
「そう怖がんなくても、僕がエスコートしてあげるからさ」
顔に出ていたのだろうか。本心を見透かされたくなくて、ちょっとだけ強がりを言った。
「大丈夫ですよ。この森を飽きるほど見てしまったので怖いとかないですよ」




