はがれたお札
これは、友人に実際に起きた話だ。
「……ってことがあってから、もうそこには近づかないようにしてるんだよ」
「うわ、怖……」
大学生の時。私達は、友人の実家に集まって怖い話をしていた。私の話が終わり、次の友人に順番が回る。
「俺んち、お札貼ってあるんだ」
「え、マジで?」
「あっちの部屋」
友人は襖を指さす。その向こう側には、洋室がある。何度か見たことがあるが、入ったことはなく、友人も普段は和室で生活している。
「壁に貼ってあるんだよ」
友人は襖を開き、電気をつける。物置としているためか、使っていない机やベッド、埃を被った家具だらけだ。
「ほら、あそこ」
友人が指さしたのは、2か所。北に面している壁と、南に面している壁にそれぞれ2枚。お札は何が書かれているのかはわからないが、長方形で紙は日焼けしており、梵字というんだろうか。読めるような読めないような漢字が書いてある。
「これなんて書いてるの?」
「さぁ」
友人曰く、このお札は幼い頃から貼ってあるそうで、両親に聞いても知らないと教えてくれなかったそうだ。ただ、剥がすなと言われている事と、この部屋で寝るなと言われているそうだ。
「だからベッド置いてるのに和室に布団敷いてるのか」
「そうそう」
「なんかこわくなってきたから帰っていい?」
「何か起きたことないから大丈夫だって。和室では」
友人も、洋室で寝たことはないそうだ。忠告してくるということは、両親は何か知っているのだろうが……
「ともかく、怖い話ってことだけど、俺にとっては身近だから怖いって話」
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怖い話をしてから数日後のことだった。アルバイト中、友人からメッセージが届く。内容は、一言。
『お札が剥がれた』
連絡を受けてすぐにファミレスで待っていた友人と合流する。
「なんで剥がれたんだ?」
「さぁ……ちょっと荷物とろうと洋室に入って、見たら剥がれてた。
「ええ……なにそれ怖」
「まだ何も起きてないけどな」
「おばさんとかには言った?」
「言ったけど、また貼らないとねとしか」
「ええ……軽いな」
「だから本当は大したことないんだろうって思ってるんだよ。怖かったら速攻で連絡はしたけど」
「まぁ俺らも大学卒業もうすぐだし、いいんじゃない? 実家出るだろ」
「いやよくないから」
結局、それからも何も起きなかったそうだ。ただ、関係があるかはわからないが、金縛りにあうことが増えたそうだ。
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数か月後。私たちは大学を卒業した。私は地元に残ったが、友人は実家から離れた職場に就職したため、引っ越して一人暮らしを始めた。どんな部屋を借りたのか気になった私は、友人に部屋の写真を送ってもらうことに。
「……まだかよ」
つい先ほどまでやり取りをしていたのに、全く返事が返ってこない。催促のメッセージを送ろうとした時。
『なんか』『おかしい』
友人が写真ではなく、メッセージを送ってくる。
『何がおかしい?』
返事を打つも、それからまた連絡が来なくなり、おかしいと思った私は直接電話をかける。友人はすぐに電話に応じて。
「もしもし、大丈夫か?」
『うん。なんか、うまく撮れない』
「え? スマホで写真撮るくらいすぐだろ」
『いや……今送った』
通話はそのままに、届いたメッセージに添付されていた画像を開く。そこには。
「……襖? 引っ越し先の和室?」
『違う。その模様とか、シミとか。すぐわかった。俺の実家だよ』
「なんで実家の写真送ってんだよ」
『それがわかんないんだって』
「だから何が」
『何回撮っても実家の写真になるんだって』
はじめは理解できなかった。けど、少しずつ恐怖が込み上げてきた。つまり、友人はずっと新居の写真を撮り続けていたのだ。なのに、保存されているのは実家の写真。それだけでもおかしいが、恐怖を覚えたのはもう一つ理由がある。それは。
「その襖の向こうって」
『ああ。あの洋室だよ』
かつてお札が貼ってあり、今は剥がれているあの洋室。あそこにつながる襖だ。
『とりあえず画像は怖いから消しとくわ。写真はまた今度な』
結局友人の新居の写真は送られてくることはなかった。
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さらに数年後。友人は仕事をやめ、地元で再就職をするために実家に帰り、あの和室でまた暮らしている。
「よくまたこの部屋で寝れるよな」
あの写真の件をまだ覚えている私は、友人と再会した折に話題に出す。すると。
「なんで?」
「え?
友人の反応がおかしい。
「別にこの部屋で寝るなんて昔からだし」
「い、いやあの写真の件があったからさ。俺なら怖くて」
「写真って……何のことだ?」
友人は、写真のことを忘れていた。スマホのデータにも、写真は残っていなかったし、私も気味が悪くて保存していなかったため、もうどこにも残っていなかった。これ以上話題に出すのが怖くなった私は話を変える為に、
「そ、そういやお札はどうなったんだ? 貼り換えたのか?」
「お札?」
「え」
「お札って何のこと?」
友人は今も、この話のことを覚えていない。お札が現在どうなったのか……確認するために行動してしまうと、また何か起きそうで……それ以上の勇気は、私にはない。
完




