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ハリファでの拾い物

 馬車に揺られること数時間、イストの嫌な予感に反して、馬車は何事もなくハリファに着いた。弱いモンスターが襲ってくるようなこともなかった。


 馬車から降りたアンリコは、固まった体をほぐすように伸ばした。


「うーん何も起きないのは、それはそれで疲れちゃうなぁ」

「いつも護衛の依頼をやってるのか?」

「昨日からですよ。モンスターなんて全然襲ってこないし楽な依頼ですねー」

「全然?」

「ぜんっぜんですね」


 アンリコはのんきに笑っている。乗合馬車の護衛依頼は〈三等級〉だと大した実績にならなかったはずだ。


 イストはそれを横目に見ながらハリファの城門へと向かった。


 街に入る際の審査は、冒険者であるならだれもが持っている冒険者認定証を見せればいいだけだ。それには名前、現在の〈等級〉、冒険者登録をした場所が書かれている。これは冒険者ギルドがその人物の身元を保証しているということである。


 イストが認定証を衛兵に見せた時の驚かれ方は、まるで珍獣が街に入り込んできたかのような反応だった。


 ハリファの街並みは、地面を(なら)されただけの道の両脇に多くの露店が立ち並んでいた。イストが住む王都東区よりも商売っ気の強い街だ。


 イストはカーティアから渡されたメモ用紙を取り出しリストを眺めると、すぐにそれをポケットにしまった。


「さて、まずは昼飯だな」

『どこで食べるの?』

「ここにもギルド酒場はあるが……めんどくさいことになりそうだ。適当に良さげな露店を見つけて何か買うか」


 露店が並ぶ大通りを進む。その場で料理を作って売る店や、服や装飾を並べる店など雑多に集まっている。中には冒険者向けの武具を売っているところもあった。


 王都に定住する前は、イストも他の冒険者よろしくこの街に立ち寄ったことは何度もあるが、そのたびに何があるかきょろきょろと見て回ってしまう。


 それくらい色んなものが、すぐ近くに並べられていた。


「ま、どこでもいいか」


 大通りに出ている店なら、極端に不味い物は出していないだろう。多少は不味くても経験上、水で流し込めば食える。


 イストはとりあえず大きく間違えることはないであろう、肉のパイ包みを売っている店を選んだ。

 

「おっさん、ハリファで一番品揃えがいい酒屋って知ってるか?」

「酒屋ねぇ……それならアイオってところかね。このまま街の中心の方行けばあるぞ」


 代金を引き換えに受け取ったパイ包みにかじりつく。舌に広がる肉汁は、予想を裏切ることのない、まぁまぁの味だった。


 ――ふと、視線を感じた。物の価値を測るような、そんな視線だった。


 その方向へ眼を向けると、一人の少女が立っていた。イストの視線に気づいた少女は、年相応の笑顔を見せた。


 その少女は軽装鎧(けいそうがい)を身に纏い、黒い鞘に収まった片手剣を背中に吊るしていた。左腕には小さな盾を着けている。あの盾は攻撃を受け止めるものではなく、受け流すことを目的とした盾だろう。


 短めの茶髪に、夕焼けのような赤い目は丸くやや釣りあがっている。愛嬌のある顔立ちからおそらくイーナと同じくらい、十代半ばといったところだろうか。


 総じて、新人冒険者の女の子、予想できる。


 少女はその年に似合った笑みを浮かべながら、イストの方へ向かって歩いてくる。


 近くでよく見れば、軽装鎧の金属板には傷が多くついていた。サイズも少女の体には合っておらず、少し不格好な着こなしと言える。おそらく誰かの使い古しをもらったか、中古品を買ったかのどちらかだろう。


 少女はイストの全身をじろじろと眺めた後、ずいっと体を寄せてくる。


「もしかして冒険者ですか!?」


 まるで小型の犬が吠えるような元気な声だった。


 ひとまず疑問を棚に上げ、イストはその少女に向き合った。


「そうだが……」

「し、失礼ですけど等級は……?」


 この手の相手に素直に〈八等級〉と答えると、非常にめんどくさいことになるのは、イストのこれまでの経験上はっきりと理解していた。


「…………五等級だ」


 〈五等級〉ならこの街でもそう珍しくはないだろう。


「ご、五等級!? すごい……」


 しかし、その少女は、まるでご馳走を目の前にしたかのような不穏な瞳をしていた。


 適当に誤魔化しつつこの場を切り抜けるべきだと直感が強く叫ぶ。


「兄ちゃん、 八等級冒険者のイスト・レイナートじゃなかったのか?」

「おい」

『あっ……』


 パイ包み屋のおっさんが余計なことを言った。イストの目論見は砕け散る。


「え? ええええええええ!?」


 イストは頭を抱えた。これはめんどくさいことになりそうだ。

 横目でおっさんを見ると、すまんすまんと言いながら笑っていた。


「あ、あのわたし、強い冒険者になりたいんです!」

「……そうか、がんばれよ」

「はい! ……じゃなくて!」


 イストは少女にひらひらと手を振りながら、街の奥の方へと歩き始める。


 少女は慌てて腕をつかんで引き留める。振り返るイストの表情には、はっきりとめんどくさいと書いてあった。


「わたしを弟子にしてくれませんか!?」

「いやだ」

「あ、ちょっと」


 イストはにべもなく手を振り払って再び歩き始めた。


 少女はそれでも引き下がらず、イストを追ってくる。


「わたし、セシリっていいます! 二等級冒険者です!」

「悪いが、俺も忙しいんだ」


 お使いで、とは言わない。


『……ねぇ、イスト。話くらいは聞いてあげたら?』


 見かねたムルが声を出す。


「え……? 今の声は……?」


 大通りを出たところにある広場で立ち止まる。中心には噴水が置いてありその周りには、いろんな人たちが思い思いに過ごしていた。


 イストはそこでようやく少女――セシリと向き合った。


「そうだ、セシリ。お前、この街に住んでるのか?」

「は、はい、そうです」


 セシリは突然のことに驚きながらも答える。


「アイオ、って酒屋の詳しい場所知ってるか?」

「アイオ、ですか? そこなら知ってますけど……」

「案内してくれないか?」

「わかりました!」


 セシリその言葉に元気よく頷き、イストを先導し始めた。


 イストはムルの鞘を軽く叩き、声をひそめて話しかける。


「……話は聞いたぞ」

『ええ……?』


 ムルは困惑したような声を上げた。


「お前まさか、あいつを弟子にしろって言いたいのか?」

『うん、だってイスト、威厳をつけたいって言ってたじゃん』

「そうは言ったが、まさかフィオナの新人教育の話を真に受けたんじゃないだろうな」

『イストが弟子を育てて、その子が強い冒険者になれば、その先生のイストだって尊敬されるに違いないよ』

「そりゃあるかもしれないがな……俺に誰かを教育できると思うか?」

『思わないけど、でもやってみようよイスト』

「思わねーならそんなこと考えるな」

『やってみないと分からないって』

「あの……着きましたよ?」


 いつの間にか立ち止まったセシリは、何かぶつぶつ言っているイストに困惑しながらも振り返る。


 イストが目の前の建物を見上げると、看板にはアイオ、と書いてあった。露店のおっさんが言ってたこの街一番の酒屋だろう。


「助かったセシリ。ありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして!」


 笑顔のセシリをしり目にイストは扉を開けて酒屋に入った。




 酒を選ぶのは簡単だった。というかカーティアから渡されたメモ用紙を、店の人に渡しただけだった。


 イストの鞄は魔道具技師が作り出したものだ。伸縮性にも優れていて見た目以上に多くの物が入り、かつ中の物が壊れないような耐久性を兼ね備えた高級品である。例え瓶を複数本入れたとしても、よっぽど強く振り回したり投げたりしない限りは割れることはないだろう。馬車の揺れくらいなら平気だ。


 唯一の不満は、重さを軽減するような機能がついてないところくらいだ。


 イストは酒瓶を詰め込んだ鞄の重さに辟易(へきえき)する。この程度の重さで動きが鈍くなることはないが、それでも嫌に感じた。


「イストさん!」


 膨れ上がった鞄を背負って店を出たイストに声がかけられる。セシリだ。


「……まだ帰ってなかったのかお前」

「はい! 弟子にしてくれるまで帰りません!」

「だから弟子なんて取らないって言ってるだろ」

「お願いします! 弟子にしてください!」

『いいよ』

「や、やったー! ありがとうございます!」


 セシリは了承されたことが嬉しいのかはしゃぎだす。


「おいムル!」

『まぁまぁ、試しに、ってこといいじゃんイスト。何か面白そうだし』


 最後のが本音か。


 喜んで飛び跳ねてたセシリの動きがピタリと止まる。


「ま、またあの声。もしかして幽霊……!?」

『ボクだよ、ボク。イストの腰に差さってる剣だよ』


 ムルは存在をアピールするように刀身を震わせた。それに気づいたセシリ素早くしゃがんでムルに目線?を合わせる。その動作は、年下の子供に話しかけるようなものだった。


「剣がしゃべってる!」

『ただの剣じゃないよ! ボクは聖剣なんだ!』

「せ、聖剣!?」


 まさしく驚いたっ、というような表情をするセシリ。いかにもムルが気に入りそうな仕草だ。ムルの精神年齢に合わせている、とも言えるが。


「はぁ……」


 負けを予感させる展開にため息を吐く。


 イストはフェリシアに弱いが、なんだかんだでムルには甘い面を見せる。自覚はしているが、治る気配はない。


「もし……だ、もしもお前が俺の弟子になったら、師匠の指示、命令は絶対だからな? それでもいいならお前を弟子にしてやる」

「はい! よろしくお願いします!」


 即答である。


 イストの最後の抵抗はものの見事にセシリの勢いで粉砕された。


 イストは思わず頭を抱えた。ここまで来たら負けを認めざるを得ないだろう。


「……とりあえず、王都に帰るか」

「わたしもついていきます師匠!」

「師匠……師匠か……」


 師匠。思ったよりいい響きである。


「俺の弟子になるって言うんなら、拠点は王都になるぞ」

「すぐに荷物をまとめてきます!」

「あ、おい。俺は乗合馬車に行っとくからな!」

「はーい!」


 セシリはそのまま走り去っていった。


 迷いのない行動は、やる気の表れだろうか、あるいは。


「はぁ……お前のせいだからムル」

『楽しくなりそうだね!』

【セシリ】

ハリファの孤児院で暮らしていた少女。

強い冒険者を目指している。

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