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〈八等級〉冒険者

 最高位の冒険者である〈八等級〉のイストにとって、もっとも重要なことは、どんなモンスターにも立ち向かえる強さでも、どんな状況においても冷静さを失わず的確な判断をすることでも、どんな苦境にも諦めない心でもない。


 もっとも重要なこと、それは競馬に勝つことである。


 己を最善の結果に導くものは、いつだって運だった。ならばこそ、握りしめる馬券が大金に変化するほどの幸運がこの世でもっとも必要なのだ。


「そんなばかな……」


 魔法によって大きくされた結果を告げる声が耳に入った。イストの右手から馬券がすり抜ける。それはひらひらと宙を舞い、ハズレ馬券を回収する職員の手に吸い込まれていく。


 馬券は使いまわすものだ。例えハズレ馬券と言えど、破り捨てられるわけにはいかない。ハズレ馬券は魔法によって職員に回収され、当たり馬券はそのまま勝利者の手に残り換金所へ持っていく制度になっている。


 勝利とはこの手でつかむもの。手からすり抜けていった者は負け犬である。


「この俺が……負けたのか……」


 イストはその場でうなだれた。最後の希望を失った。


「なあ、イスト。そう気を落とすなって。いつかは勝てるさ……」

「おっさん……」


 隣にいた元騎士のおっさんの励ましに、イストは人の温かさを見いだした。イストの目頭が熱くなった。


 ついでに元騎士のおっさんの手から馬券も見いだした。


「てめぇっ」

「ははっはははっはは!!」


 元騎士のおっさんはその勝利の馬券をイストに見せびらかす。最低人気の馬が一着となった大番狂わせのレースだ。

 きっとその倍率も……


「勝っちゃった!!」

「よこせっ」

「おっと」


 イストが素早く馬券に手を伸ばすが、動きを予想されていたのか元騎士のおっさんは軽やかにかわす。怪我で騎士を引退したとは思えない動きだった。


「無駄にいい動きしやがって、まだ騎士やれたんじゃないか、あぁん?」

「お前さんがわかりやすいだけだぜ、イスト」

「ちっ、かつて騎士団長候補とまで言われてたあんたが、競馬場でそんな器の小さいことをしてくるなんてなぁ」

「競馬場の負け犬になった八等級冒険者に言われたくはないなぁ……」


 イストは睨みつけた。最強と謳われる〈八等級〉冒険者の殺意のこもった視線をものともせず、元騎士のおっさんは馬券を揺らしながら換金所へと去っていく。


 今日のレースもうすべて終わってしまった。紛れもなく負け戦だった。


「はぁ……」


 帰るか、とイストはつぶやいた。









 冒険者という人種は、冒険者ギルドから張り出される依頼の成功報酬で生活している者のことを言う。依頼内容はモンスターの討伐、危険地域の調査、都市間の移動の護衛など様々な種類があるが、総じて戦闘を行うようなことが多い。


 イストは冒険者なので当てはまるのだが、〈八等級〉冒険者は〈七等級〉以下の依頼を受けることができないというルールが存在していた。


「ですから、八等級であるイストさんは、この依頼は受けられないんですってば」

「そこを何とか頼むフィオナ、今すぐ金が必要なんだ」


 競馬で負けたイストは冒険者ギルドにいた。理由はもちろん冒険者としての本懐を果たすためだ。元騎士のおっさんに、〈八等級〉冒険者と呼ばれて自分が冒険者だと思い出したのだ。


 決意のイストに絡まれているのは、冒険者ギルドアリエス王都支部が誇る有能受付嬢のフィオナだ。


 彼女は肩に毛先が触れるくらいの長さの金髪で、落ち着いた緑色の瞳は、やや釣り目だが冷たい印象はない。地味な色合いで飾りっけのないギルド職員の制服だが、彼女はそれを良く着こなしていた。


「だからと言って、八等級冒険者が四等級の討伐依頼なんて……」

「依頼するってことは誰かが困っているということだろう? 俺は困った人が見過ごせないんだ。すぐにでも依頼を処理したほうが、依頼した人のためにもなるだろう?」

「そう言われると、そうなんですけど……イストさんの場合は、すぐにお金がほしいだけじゃないですか……」


 冒険者の実力は、〈等級〉というギルド側が示す基準によって分けられている。数字が大きいほど強い冒険者だと認められることになり、より難易度の高い依頼を受けることができるようになる。


 〈八等級〉は、その基準の中での最高位であり、最強と呼ばれる存在である。


 そんな〈八等級〉が〈七等級〉以下の依頼を受けようものなら、他の冒険者の仕事をほとんど奪ってしまう効率で依頼を処理することができる。


 もしそのようなことが起きれば、ギルドの依頼で生活をしている冒険者たちはストライキを起こすことだろう。


「早いうちに質屋から聖剣を取り返さないと、拗ねるんだあいつ」

「なんで聖剣を質に入れるかなぁ……」


 フィオナは理解不能なあほを見るような目でぼやいた。


 イストが使う聖剣は意思を持っておりしゃべることができる。そんな珍品は大陸中を探しても他に見つからないだろう。


 その聖剣が数年前に起きた〈八等級〉の依頼の際に、女神より受け賜わった神聖な物だということは、王都に住む人間ならだれもが知っていた。


「頼む、この通りだ。俺とお前の仲じゃないか」

「冒険者と受付の仲ですけど……」


 フィオナは呆れながらも事務作業を欠かさない。イストが絡んでる最中は受付の仕事ができないため、他の事務仕事をしているのだ。


 〈八等級〉受付嬢とギルド内で(ささや)かれるほどに、イストに絡まれるフィオナにとって、それはもはや慣れたものだ。冒険者とギルド職員含めた周りの人間も、いつも通りの光景にわざわざ口を挟んでくることもない。


 稀に正義感の強いもしくはフィオナにいいところを見せたい新人冒険者が、ウザ絡みをするイストが八等級冒険者と知らずに注意して、周りに緊張感が走ることがある。その時はイストが〈八等級〉冒険者とは何なのかを優しく教えることになる。


 これはイストの性格が悪いからとか、大人気ないとかとは関係なく、単純にギルド側から新人教育として頼まれていることだった。勇気と蛮勇の違いを教えるためと、受付嬢の笑顔のアフターケアというギルドの好感度稼ぎのための、一石二鳥を狙ったものである。デメリットとしてイストの好感度は下がるがギルド側は気にしていない。


「あのですね、八等級冒険者はですね、八等級依頼しか受けられないんですよ? わかります?」

「なんでそんな子供を諭すように……」


 さすがのイストも心が傷つくこともある。


 〈八等級〉冒険者が受けられる唯一の依頼は、〈八等級〉依頼に分類されるものだけだ。通常の冒険者では太刀打ちできないモンスターや事象が〈八等級〉依頼となる。その規模は対処しなければ国が滅ぶ可能性を(はら)んだ事例が多い。


 当然と言えば当然だが、そんな大規模な依頼が頻繁に起きるはずがない。報酬こそ莫大な金額となるが、そもそも依頼自体を受けられなければ意味がない。


「はぁ……どうせ競馬で負けたんですよね?」

「なんでそれを……」

「いえ、誰だってわかりますよ。イストさんが冒険者ギルドに来るたび、『ああまた競馬に負けたんだろうなぁあの人』ってみんな思ってますよ」

「そんなばかな」


 イストは後ろを振り返って周りを見渡した。冒険者と職員たちはさっと目をそらすが、その内の複数人は肩を震わせている。


 なんてやつらだ。


「競馬なんて、やめたらどうです?」


 フィオナは事務資料にペンで書き込みながら言った。もはやイストを見もしない。


「そんなことは、俺よりも元騎士のおっさんに言ってくれ。あのおっさん、俺の目の前で勝ちやがった」

「あの人は、奥さんから決められたお小遣いの範囲内でやってますから……それに騎士団の教導官なので、お金も持ってますし……」

「金があるやつが競馬をやるなんて、あまつさえ俺の目の前で勝ちやがって許せねえ」

「完全に私怨じゃないですかぁ……」


 呆れた声を出すフィオナに、イストはついむきになる。


「俺が競馬を始めたのは、あのおっさんに教えられたからだ」

「はぁ……」

「つまりあのおっさんが俺に競馬を教えなければ、俺は負けることはなかったんだ」

「はぁ……?」


 流してきたフィオナもこれはイストに目を向ける。


 綺麗な緑色の瞳には、何を言ってるんだこいつはと言わんばかりの困惑の色が混じっている。


「そもそも、イストさんの生活がおかしいと思います」

「おかしい……?」


 フィオナは引き締まった態度でペンを置き、まるで攻勢をかけるように姿勢を正す。


「他の〈八等級〉の方々は、世界を気ままに旅してたり、魔法の研究に没頭してたりするじゃないですか」

「まぁ、そうだな」

「普通に生活してるのってイストさんだけですよ」

「そう……か?」

「そうですよ、冒険者ギルドに通ってるイストさんはおかしいです」


 確かに五人しかいない〈八等級〉の中で、あたかも普通の人間であるかのように暮らしているのはイストだけだ。他の〈八等級〉には、〈八等級〉依頼以外の何かしらの目的があって行動している節がある。


「もしかして、前の八等級依頼で、燃え尽きちゃった、とか……?」


 フィオナはイストを見つめる。その目には純粋な心配の色が混ざっていた。


「そんなことは……」


 イストは視界にちらつく前髪に触れた。灰と(すす)を混ぜ込んだような鈍色(にびいろ)の髪。〈八等級〉依頼の影響で色が変わったのは、後遺症と言えるだろうか。


 不利を悟ったイストは、誤魔化すように依頼書を振りかざす。


「ところでこの四等級依頼は?」

「残念ながら受理できませんねぇ……」


 白けた目を向けたフィオナは、とうとう机の上の資料を片付け始めた。


「そろそろわたし、上がる時間なので。いい加減諦めませんか?」

「もうそんな時間か」


 イストが時計を確認すると、針は十八時を差していた。冒険者ギルド自体はこの時間には閉まらないが、対応してくれる、もとい対応してくれる可能性がある職員はフィオナくらいだ。イストが他の職員に話しかけようが、対応をフィオナに回されるし、彼女がいないときは基本的に話を流されて回避される。


 そしてフィオナは帰る時は帰るタイプだった。これ以上粘るのは無駄だろうとイストは悟った。


「はー、今日のところはこのくらいにしといてやる」

「いえ、今日だけじゃなくこれから一生こんなことはやめてください」


 語気を強めるフィオナだが、本人も効果があるとは思ってはいなかった。もちろんイストは気にしない。


「それなら、この後食事でもどうだ?」

「ナンパですか? そんなんだから奥さんに逃げられるんですよ?」

「そんな、わけは、ない」


 他意はない。ただ仕事終わりの彼女を労わるような気持ちなだけで、他意はない。


「というか、お金残ってるんですか?」

「ああ、さすがに飯が食えないのは嫌だからな」

「なんでそういうところはきっちりしてるんですか」


 食糧事情に厳しいのは、体に染みついた冒険者の習性である。


「わたしにお金を使うくらいなら、あの子を引き取ってあげてくださいよ」

「あいつはいろいろうるさいからなぁ……」

「剣に注意される生活力って、逆にすごいですよ」

「……まあいい、今回はフィオナに免じて迎えに行ってやるか」


 あまり聖剣を放置しすぎると、いざ引き取った時にいつも以上にうるさくなってしまう。食事に使う金が自分の分だけであるなら、質屋から引き取ることができるくらいの金は持っていた。


「それじゃあお疲れさまでした」


 フィオナは満面の笑みを浮かべて軽く会釈した。多くの冒険者を(とりこ)にするのも納得の美しさである。この笑顔を見たいがために、新人冒険者たちは必死に依頼をこなし、等級を上げることに意欲的になるらしい。


 もっとも、イストに向けるその可愛らしい笑顔は、百パーセント事務的なものである。



【イスト・レイナート】

〈八等級〉冒険者の青年。

とてもつよい。


【フィオナ・アルティア】

冒険者ギルドアリエス王都支部受付嬢の少女。

他の職員からは〈八等級〉受付嬢といじられている。

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