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【第二回】SSコン 〜段ボール〜

【SSコン:段ボール】 段ボールです。

作者: 朏 天音

 引っ越し先の新しい部屋の中で、箱を見つけた。見ればそうだとわかるのに、ご丁寧に『段ボールです。』なんて張り紙が貼ってある妙な箱だ。持ち上げてみたが軽く、降ってみたが音のしないその箱は、ガチガチにガムテープで蓋を塞がれており、汚れているのに形だけは綺麗で、これまた奇妙に思えた。何も入っていないのなら封をする必要なんて無い。やはり何か入っているのかと思い、ガムテープを乱暴に剥がして中を見る。しかし期待通りにはいかず何も入っていない。

「なんだ、ただの箱かぁ」

 乱暴に剥がしたものだから、テープが貼ってあったところは禿げてボロボロに。使い物にならないと判断したので他のゴミと一緒にその箱を捨てた。


 引越しの片付けが終わり、住み始めて数日。近所の人が妙だ。気味の悪い叫び声が聞こえるから今すぐ止めてくれと言われたり、甲高い、苦しむような声が聞こえるから何か犯罪でも犯していないかと勘繰られたり。苦情を言ってきた人曰く、平日の昼間に不定期で聞こえてくるという。いまいち心当たりがない上に、近所の人はなかなかいい歳をした方々というのもあって、ただの幻聴ではないかと思っていたが、その苦情は約一ヶ月も続いた。原因は不明。何故なら、その声が聞こえるという時間帯は学校にいて、家で起きていることは全くわからないのだ。しかし流石に変だ、気味が悪い、お祓いでもしてもらおうなどと思う頃にはピタリと苦情はなくなり、近所の人がどう思っているのかわからないが、自分自身はそこまで深く考えることはなく、妙な苦情騒動は幕を閉じた。これはちょっとした余談だが、この日以来近所の人に会っていない気がする。


 あれからが起きて一ヶ月が経った頃。また妙なことが起きた。毎晩違う場所から箱が揺れているような音や、小さい何かが這い回る、もしくは駆け回るような音が天井や壁の至る所から聞こえてくるのだ。最初はネズミだろうかと思ったが、電気機器のコードは無事だし、食べ物を取られたり、食べられたりした痕跡と呼べるものが一切ない。いくら頭の良いネズミでもこれほど巧妙にできるとは思えず、結局原因もわからないまま一週間ほど音と共に夜を過ごした。ある日の晩は壁から、ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタと、出して出してと言っているかのような、箱が揺れるような音。またある日の晩は天井から、カサコソカサコソカサコソカサコソカサコソと、何かを探しているかのような、小動物が這いずり回る、駆け回るような音が響き渡る。絶え間なく、絶え間なく、音が聞こえる。夜明けの朝日が差し込む、その時間ときまで。


 音が消えてまた一ヶ月ほど。捨てた筈の箱が道のド真ん中に現れた。現れたと言っても、テレポートのようにいきなり現れたわけではなく、登校中ただ歩いていると、全く同じ張り紙を付けた箱が道に落ちて、いや、置かれていたのだ。見間違いかとも思ったが、『段ボールです。』だなんて謎の張り紙を貼った段ボールの箱など、そう何個もないだろう。ともかく、住宅地の中で車の通りが少ないとは言え、流石に道のド真ん中では邪魔だろうと箱を道の端に移動させる。部屋で見たものは確かに捨てた。ならばこれは、偶然にも同じ箱を見つけてしまったという何かの縁だ。なんて妙な責任を持った程度で、この時は良いことをでもした気分だと、箱について変に思うことなどなかった。


 本日二回目。またあの箱だ。置かれていた場所は、先ほどまで使っていた教室の、先ほどまで使っていた机の上。忘れ物を取ろうと誰もいない筈の教室へ戻った時に見つけた。箱のすぐ横に忘れた筆箱があったので取りに近寄ると、箱には相変わらず『段ボールです。』の張り紙。違ったことと言えば、ガチガチに固められたガムテープの隙間や段ボールから滲み出る、赤い液体が垂れていたこと。最初はペンキか何かでもかけられたか? と思ったが、ふと鼻につく鉄の匂いに青ざめる。血だ。図太い奴だと幾度となく言われ続けていたが、これは恐怖せずにいられない。ゆっくり後退り、ある程度距離の取れたところで走り出し、教室から、箱から逃げる。妙だ妙だとは思っていたが、そういうものだなんて思いもしなかった。自分の図太さ、鈍さ故の悲劇だ。


 幸いにも、その後学校で箱に会うことはなかった。あの時の恐怖を心の何処かに残しつつ、取り敢えず安心してコンビニに行く。バイトの先輩に今日の話をすると、その箱は呪われていたんじゃないか? と言うものだから、やっぱりかと、粗末に捨ててしまった数ヶ月前の自分を恨みたくなった。この先もあの箱は度々現れるのだろうかと悶々と悩むが、答えなんて出てきはしない。呪いなんてモノなくなれば良いのになんて子供じみた愚痴が溢れそうになる程、教室で見た箱は恐ろしく、もう二度と見たく無いモノだ。考えてばかりでは仕事にならないと思い箱のことを忘れて仕事に打ち込んでいると、本日三度目。箱が現れた。今回は倉庫、またしてもド真ん中に置かれていた。学校で見た時より禍々しさを感じなかったので先輩や店長を呼んで聞いてみるも、こんな箱はつい先程までありはしなかったと言う。今までさほど気にはならなかった張り紙の『段ボールです。』と言う文字が、暗い倉庫と合間ってより不気味に見えた。


 箱は再び倉庫を開けると消えていたので、なんとか無事に帰路に着くことができた。しかし、二回目、三回目と続く恐怖に、精神はずいぶん参っている。このまま何もなく家に帰りたいものだと思った矢先、箱は再び現れた。街灯がスポットライトのように照らし、暗闇の一際目立つ存在感。最初に見た時も道に落ちていたが、その時とは比にならないほどの恐怖と逃げ出したいと言う気持ち。脳内に浮かんだのは『死ぬ』。ガタガタと震える足を必死に動かして箱から逃げた。ただの箱故にそこから追ってくることは無かったが、体に絡みついた恐怖が消えることも無い。家に着いたら即鍵を閉め、ドアのU字チェーンを即座につける。意味がないかもしれないと思っていても、何かせずにはいられなかった。


 結局、あの晩は箱が現れた以外特に何も起きなかった。幸いというべきか、不幸というべきか、疲れきった精神と身体は布団に入るなり眠りにつき、スマホのアラームが鳴るまでぐっすり。アラームを止め、のっそりと起き上がって目を擦る。相変わらず朝は嫌いだ。そろそろ支度をしようと動いた時、手に何かが当たった気がした。

「何?」

 見慣れた箱。段ボールだ。ヒュッと息が詰まると同時に鳥肌の波が体を駆け巡る。何が起きたかもわからず、恐怖で体が固まり動けない。ビリッと音がして体が一瞬ビクリと動く。ガムテープが破れてる。ビリリビリリと敗れた部分が広がって、遂には蓋が開くようになってしまった。一体何が飛び出てくるのかと思い、息はどんどん浅く、速くなる。一人でに蓋がゆっくりと開くと───そこには何もなかった。最初に中身を見た時と同じ、空っぽ。意外な結果に安堵し、胸を撫で下ろした。なんだ、何もないじゃんと箱に手を伸ばしたその時、突如視界が暗闇に包まれる。あたりを見渡しても何もなく、あるのは闇だけ。手を伸ばすと、そこには壁があった。見慣れた見た目───段ボールだ。


 後日、コンビニの店長と店員二名が行方不明になったと、ニュースになった。

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