ダリオレータ、エリセナ姫が御爲、ペリオン王の寢室を訪ふ
ペリオン王、侍女ダリオレータに、エリセナ姫の件を問う
彼や是やと時は過ぎて、翌る日と成り、ペリオンと、ガリンテル、メリンダ、而してエリセナの肆名が、昨と同樣に夕餉を共にせし後、陽も暮れんとす頃、侍女ダリオレータは、ペリオン王が從士たるユスティーノを己が側へと呼び、問ふて曰く、「おお、親愛なる御仁よ。此方は高貴なる生まれの者也や?」
「如何にも、其の通り!」と從士ユスティーノが答へて謂へらき縡には、「當しく某奴は、由緒正しき血統たる武者の息子也。併し乍ら、侍女殿。何故に然樣な事を、態々改まって訊ぬるのか?」と逆倒にダリオレータへと問ひ返したり。
「噓僞り毋く、率直に申し上げ座すれば」と侍女ダリオレータが答へて謂へらくには、「斯の私奴は、と或る壹つの事柄に就いて知りたければ、此方殿が、崇め奉りし神に對する信仰竝びに、傅き仕へ賜へし主君たるペリオン樣への忠勤に掛け坐して、何卒其れを包み隱されぬ縡無く、御教へ下さり給へ」と切望せり。
「我等が慈悲深き聖母樣の眞名と、劔持ちたる家に生まれし者の榮譽に盟って固く申し上ぐ」と從士ユスティーノが云へらくに、「吾が敬ひ貴びたる主人の身に、何らかの危險を及ぼさぬ事を、焉に誓ふならば、某奴が知らん限りの縡は、殘らず御話し致す所存也」と張り有る聲で應じられたし。
「然らば、吾も今爰で堅く神に誓ひ擧げ申す」とダリオレータが曰く、「ペリオン樣が身の上に、危機が及ぶか、又は勘氣を被らんとす恐れの在る疑問は殊更訊ねぬし、此方殿も枉げて語る必要も敢へて無し。只私奴が知りたき事は、ペリオン王には、汝が仕へし主君には、何處かにか、極度且つ眞劍に、愛の辭詞を交し合ひて懸想したる御婦人抔が居るや否かと云ふ縡也」と從士ユスティーノに訊ねたり。
「我が高貴なる主君、ペリオン樣は」と從士ユスティーノが答へらき事には、「是迄に大凡の女性を、普く遍く愛したれども、侍女殿が申し上ぐ程度に想ひ入れたる御方は、某の存ずる限りに於ては、全く見受けられんや」
斯樣に弐りが語り合ひせし正に其の場に、ガリンテルが偶然出會して、渠は、娘たるエリセナが側仕への者が、ペリオン王の從士と何やら問答を交したる所を目の擊りにして、ダリオレータを招き呼び寄せ、彼女に訊ね宣はくに、「ダリオレータよ。御主は、ペリオン殿が近習と弌體曷を語らふたか?直ちに答へよ!」
ガリンテルの質問に侍女ダリオレータは、「國王陛下。神の眞名に誓って、噓僞り無く稟し上げ坐す」と答へらくには、「從士ユスティーノが此の私奴を呼んで謂へらき事には、『自分の主君たるペリオン樣は、未だ單身が故に、邦元では以前より獨り寢を習慣と成したる理由にて、憚り乍ら、ガリンテル殿と室を同じく爲る縡には、些か困惑を覺ゆる旨を傳へに來たり』との、譯に御座り申すれば」
侍女ダリオレータが斯の言を聞きも敢へずに、ガリンテルは、颯と彼女の前から立ち去り、速やかにペリオンの許へと參至りて宣はくには、「嗚呼、親愛なるペリオン王よ、眞に申し訳無く候ふ。余は是より爲し遂げねばならぬ庶々の事柄が生じて、更には從來よりの勤めも弌層早く起きて果さねばならぬが因にて、朝も未だ明け切らぬ間で、徒らに譏嫌を損なふ縡の無き樣、予の臥床は他處の部屋へと移すが所以、今宵からは那の寢室には、貴殿が御獨人で用ゐ眠られたし」
ペリオン王は、「親愛なるガリンテル陛下。貴殿よりの心遣ひ最忝く候ふ。ならば、渾て其方が望む儘に御願ひ仕る」と宣はき。
「相心得り。直ちに手配を致す」とガリンテル王が宣はけり。
斯くの如くガリンテルは、侍女ダリオレータが賓客ペリオンの意嚮を、己に正しく語り傳へたる事を認めて、直様室付きの家僕共へ、ペリオン王が爲に、彼の在しむ閨房より、躬らの寢臺を取り除かしむる縡を下知せり。
此の有樣が顚末を、物陰より密かに見屆けしダリオレータは、躬らが望みし通りに事態が進み捗りたる縡を確と認めて、『爲たり』と含み笑ひ、斯の報知を、己が主たるエリセナ姫の耳許へと、弌刻も早く囁き齎さんとて、彼女の處へと舞ひ戻りたり。然して媛の部屋へと入りて、其の成行きが壹部始終を傳へ語りたし。
ダリオレータより尓の報告を聞きたるエリセナ姫は、甚く舞ひ上がって、「妾が忠實なる侍女にして心友たるダリオレータよ!其方の働き、洵に大儀也!」と宣はくには、「蓋し此こそは天よりの御處置。現在は弌見誤謬と思しき物さへも、後々に至れば、孰れや必ず神への浩いなる奉仕と成らん。就いては、是より我等が濟さねば爲らぬ事を直ちに訓へたし 。今の私は、餘りの款喜が所以に、己が理性の多くは闕如し、最早正しき判斷を得る縡も覺柄無し」
侍女ダリオレータは、「然らば、姫君」とエリセナに答へて曰く、「以前に申し上げし、ペリオン樣が御部屋の扉は、先程の用事が機に私奴が陰に鍵を開けて置き坐した故、我等は今宵、豫てよりの手筈に添って、縡を行ひたり」
エリセナ姫が宣はく、「良しなに。此度が事の次第も弌切を其方に任すが故、然る可き刻が來らば、妾をペリオン樣の許へと案内せよ」
斯くして、エリセナ姫と侍女ダリオレータの弐人は、城内の者共が咸悉く寐靜まり返りたる厥の時が訪れる迄、自室にて寂然と待機せり。