弱い奴には興味ない
4
王都というのはいつもこんなに賑わっているものなのだろうか。
そんな事を考えながら、アークは三人の冒険者に付いて歩いていた。
武器屋に行き、取り敢えず買える範囲で防具と武器を揃え、今は昼食を取ろうと飯屋を探している。
「何か食いたいものはあるか?」
「私は……甘い物が食べたい……」
「いや、昼飯だって言ってんだろ?」
「……」
無防備な背中。いつでも剣を抜いて殺せそうだ。だが、アークはそうしようとは考えなかった。
アークは魔王だが、自分なりのプライドと正義を一応は持ち合わせている。せこい方法でこの三人を殺したとしても、なんの意味もない。
時間はある。ゆっくりと、真正面から戦える機会を伺う事にしよう。アークは一人そんな事を考えていた。
「お、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前はリアム・ガレットだ!よろしくな!」
リアム・ガレット。ハンマー使い。アークは奴のハンマーと腕っ節に相当苦戦した。
「ん?どうした?俺の顔に何か付いてるか?」
「いや……」
だが、何より怖いのは奴の鋼のメンタルだ。
この男は戦場で、敢えて余裕を見せながら戦っていた。本当に余裕があるかどうかは別として、そう見せる事によって味方がリラックスして戦う事が出来る。
人によっては微々たる変化だと笑うかもしれない。だがそれは、相手が強大であればあるほど、大きい変化だと実感する。
このパーティにおいて間違いなく、精神的支柱と言っていいだろう。
「私は……フレンダ・コックス……魔法なら私が教えてあげてもいい……」
フレンダ・コックス。魔法使い。間違いなくアークに致命傷を与えた張本人だ。彼女の放つ魔法はどれも強力で、今まで出会った魔法使いの中でもトップクラスの実力者……の筈だが。
「ん?どうか……した?」
「……」
ステータスを覗く。魔力量はレベルに対して見れば相当なレベルだ。天才と言ってもいい。
だが、他の二人に比べて彼女自身のレベルがあまりにも低い。これではおそらく殆ど上級魔法を習得していないだろう。
単純に実践経験が少ない。もしくはヒーラー専門で直接モンスターを倒して来なかったかの二択だと推測できる。
「フレンダはヒーラーなのか?」
「え……?」
フレンダの表情が急に曇る。
「ヒーラーじゃない……私も戦える」
「そ、そうか」
少しムキになっているように見えるが、真相は分からない。
この世界はアークが元いた世界とは全くの別世界だと、そう思っていた。
だが、この三人の戦士が現れた事により、ある可能性が生まれた。
全くの別世界という訳ではなく、この異世界はパラレルワールドだと言う可能性。
時間軸が違うだけで、本当はアークのいた世界と同じ世界なのかも知れない。もしそうだとすれば、この世界の魔王というのは……
「……」
アークは最後の一人の視線に気がつく。この女だけはずっとアークの事を警戒しているように見えた。何かに気付いているのかもしれない。
「あぁ……俺様は」
「私はクレア・ヘーゲル」
アークの言葉を遮り、自己紹介する女騎士クレア・ヘーゲル。
この女の繰り出す剣技は、剣士の中でも最強クラスと言っていいだろう。
そのスピードと細身の体からは予想だに出来ないほどの腕力。
アークはこいつの剣によって……死んだ。
クレアはアークに背を向けた。やはり警戒されているのだろうか。クレアは背を向けたままアークに言葉を投げかける。
「先に言っておくけど、私は弱い奴には興味ないから」
「……は?」
クレアはアークの方を見ようともしない。言葉通り眼中にないと言うようにクレアは続ける。
「貴方のステータスを見た時、正直ガッカリした。勇者だから凄いステータスなんじゃないかと思って期待してたんだけど……」
「……こ、この女……っ」
警戒されている所か、相手にもされていなかった。クレアの無情な言葉により、アークのプライドは見事に踏みにじられる形となる。
不穏な空気を壊す為に、リアムがアークとクレアの間に入った。
「それより、何か食いたい物とかあるか?折角だし豪華に……」
「リアム、邪魔しないで」
「あ、あぁ〜えっと……」
クレアはリアムの事を睨んだ。リアムは大きな溜息をつくと、それ以上何も言わなくなる。
クレアが振り返り、漸くアークの事を見る。冷めきった瞳にアークを映す。
「私達はこれからガルフの森に行くわ」
「ガルフの森だと!?」
王が言うには危険な魔物が住み着いている森だと言う。
確かに、クレアやリアムのレベルだと、高レベルの魔物でも倒せるのかもしれない。
だが……
「馬鹿げている……流石にリスキーだ。今の俺様はレベル1だ。認めたくはないが、お前ら程強くない。そんな危ない橋は……渡れない」
ただの魔物如きに負けるなど、考えたくもない。だが、自身の力量を過信して戦うほど、アークも馬鹿ではない。
今のレベルでは、中堅クラスの魔物にすら勝てない可能性がある。こんな所で無駄死になど出来ない。
「ハッキリ言っておくけど、私は貴方を勇者とは認めない」
「なんだと?」
アークの言いたい事を全て理解した上で、クレアは言う。
「さっきも言ったけど、私は弱い奴に興味はない。こんな程度の試練も乗り越えられずに死んだら、その程度だったって事よ」
「お前……」
アークはクレアの目を見て全てを察した。こいつは、敢えて危険な場所へ行こうとしている。
(俺様を……魔物に殺させようとしてる)
気に食わないからという理由で、この女騎士はアークを殺そうとしているのだ。
アークは歯を食いしばり、小さく呟いた。
「弱い奴に興味ない……か」
「えぇ」
「上等だ……じゃあ、試してみるか?俺様が弱いかどうか、その剣で!」
アークは武器屋で買ったばかりの剣を抜き、クレアに切っ先を向けた。
我慢していたものが一気に溢れ出したかのように、アークの表情は怒りに染まっている。宣戦布告だ。
「おいおい、勇者様?こんな王都の真ん中で……」
「俺様の事を勇者と呼ぶのはやめろ!俺様の名は、アーク・マーティンだ」
「お、おう、んじゃあ、アーク!落ち着け、俺達は仲間だ!仲間に剣なんて向けるもんじゃねえ」
リアムは必死にアークを宥める。
「あぁ〜あ……」
だが、リアムが努力して宥めようとしているにも関わらず、その後ろでクレアがわざとらしく溜息をこぼした。
「全く……ハズレもいいとこ」
「なに?」
クレアは蔑んだ目でアークを睨み付ける。
「勇者だから、レベルが上がれば少しはマシになるかと思って我慢してたけど……相手との実力差も測れない馬鹿じゃ……どの道長生きは出来ないわね」
クレアはそう言うとゆっくり腰に刺した剣を抜く。リアムとフレンダは青ざめた表情を浮かべた。
「あんたを今ここで叩き斬って、次の勇者に賭ける」
「ちょ、クレアまで何やってんだよ!」
「そ、そうだよ……やめなよ」
二人の制止も聞かず、睨み合うアークとクレア。最早こうなっては誰にも止められない。
「お?何だ何だ?」
「喧嘩か?」
「可愛子ちゃん頑張れ!」
辺りに野次馬が集まってきた。
混沌とした状況に、頭を抱えるリアム。その後ろに隠れるフレンダ。
「だぁ!もう、好きにしやがれ!」
とうとう匙を投げてしまった。
睨み合うアークとクレア。アークにとってこの状況は、実は好ましい展開だったりする。気長に待とうと思っていた矢先に、こんなに早くリベンジする絶好のチャンスが来るとは思っても見なかった。
アークは力一杯地面を蹴りクレアに向かって斬りかかった。
「だぁぁあ!!」
「くっ!」
アークの剣を受け止めるクレア。その剣を弾き、カウンターでクレアが剣を振る。その剣を紙一重でかわし、アークは更にクレアに斬りかかった。
物凄い速さで行われる攻防に、騒いでいた野次馬達も言葉を失う。
激しい攻防。どちらも引けを取らない。
「勇者……アーク、だっけか?クレア相手に負けてねえ」
「うん……剣の腕は相当……でも、クレアの方が上手」
フレンダの言うように、徐々にアークがおされる状況になって来た。
クレアの剣のスピードにアークが付いていけないのだ。
「ぐっ……」
「どうしたの?体が追い付いてないみたいだけど」
「うるせぇ!」
人間の体になった事により、身体能力が著しく落ちているのだ。かろうじて洞察力が落ちていない事と、一度戦った経験則でなんとか張り合ってはいるが、それも限界が近い。
「はぁ!!」
クレアが剣を振り下ろす。それをアークが受け止める。だが、受け止めたアークの剣を弾くと、そのままの勢いでクレアはアークの腹に蹴りを入れた。
「ガハァッ!」
更にクレアは吹っ飛ぶアークに向かって、突きを放とうと迫る。アークの腹を貫くつもりだ。
「トドメ!!」
「おい、クレアの奴マジで殺す気かよ!フレンダ!」
「うん!リフレクション!」
クレアとアークの間に透明なバリアが現れ、クレアの突きを防ぐ。
「くっ、フレンダ!」
咄嗟に止めに入ったフレンダを睨み、邪魔するなと叫ぶクレア。
「ご、ごめん……」
フレンダは咄嗟に謝った。だが、そんなフレンダをフォローするようにリアムが叫ぶ。
「フレンダは悪くねえ!お前、何やってんだよクレア!やり過ぎだ!」
「……くっ」
リアムの声でクレアが冷静になりかけたその刹那、アークがクレアに向かって飛びかかって来た。
「っ!?」
「まだ、終わってねぇ!!」
切っ先がクレアの目と鼻の先まで迫って来る。リアムもクレアも反応する事が出来なかった。
「リフレクション!」
「ぐぁっ!」
間一髪の所でフレンダがバリアを張り、アークの剣を弾く。
流石のクレアも今の一撃には反応出来なかった。フレンダが守らなければ、今頃クレアの頭はアークの剣で串刺しになっていたであろう。
「くっ……」
アークは剣ごと弾かれ、その場に仰向けの状態で倒れた。悔しさに顔を歪める。絶好のチャンスを逃してしまった。
今度こそクレアとアークの間にリアムが入り、戦いを完全に止める。
「そこまでだ!それ以上続けるってんなら、俺がお前ら二人を相手してやる」
リアムの目に微かに怒りの色が見える。クレアは溜息をつき、剣を収めた。
「この勝負は、引き分けだ……」
リアムはそう言って頭を二、三度掻いた。
「全く、どうなってんだよ……」
この先、アークとクレアが仲良くなる未来が全くもって見えない。
こうして最悪な空気の中、魔王であり勇者なアーク・マーティンの旅が始まる。