俺様は魔王だ!
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魔王、アーク・マーティンは死んだ。暗い闇の中をふわりふわりと漂う。行き先など分からない。おそらく地獄とかそこら辺だろうと、ボヤける頭の中で曖昧な結論を見出す。
思えば、退屈な人生だった。生まれた時から魔王として生きてきた。でも、魔物の頂点と言っても、誰からも慕われる事なく、ひたすら嫌われるだけの毎日。
目の前に現れるのは、力を欲して集まる魔物か、殺意剥き出しの人間かの二択。本当に退屈だった。
そんな退屈から解放されたのだと考えると、死とは案外悪くないのかもしれない。
「ん?なんだ、あの光は……」
流れに身を委ねていたアークだが、突如遠くの方で眩しく輝く光を見つけた。
今まで動こうとしなかったアークだが、初めて流れに逆らうように、闇の中を泳ぐ。
光はどんどん近づいて来た。その光に引き込まれるように、アークは手を伸ばす。
「ん……くっ……これは」
アークは眩しい光に飲み込まれた。
「……」
数秒後、光がゆっくりと消えて行く。だが、さっきまでいた闇の世界よりは少しばかり明るい。浮遊している感覚はなく、掌と膝に地面の感触から、自分が今四つん這いの体勢になっていることに気がつく。
「ここは……」
目を開けた時、そこには見慣れない景色が広がっていた。どこかの大きな建物の広間。魔王城と同じ様な内装になっているが、魔王城と違い、ちゃんと太陽の光が入ってくる作りになっている。
今まで苦手としてきた太陽の光が不思議と今は嫌ではない。
「ん?」
周りには不思議そうな顔でこちらを見る人間達。
だがやがてその不思議そうな表情は歓喜のものへと姿を変える。
「やった、やったぞ!」
「これで世界は救われる!」
今まで浴びせられた事のない声色の声が、確実に自分に向けて掛けられている。
「……成功です」
黒いローブに身を包む男がそう言った。銀髪から覗く黄色い瞳がアークの姿を捉えると、ニッと口を横に裂き笑う。
ローブの男の言葉を聞き、少し上の方から声がした。
「よくやった」
その声の主に視線を移す。白い髭を嗜んだ男。
深々と椅子に腰をかけ、高い位置からこちらをじっと見下ろしてくる。
男の周りには護衛の兵士達が立っており、頭には金色の王冠が輝いていた。
「どういう事だ……ここはいったい」
理解が追いつかないアークだが、周りの人間の声により、更に混乱する事となる。
「勇者様!」
「これが勇者様か!」
「世界を救う勇者様!」
「この世界を救ってください!勇者様!」
口々に“勇者”と言う名前を口にする人々。だが、誰に向かってその言葉を発しているのかアークは理解出来なかった。
「勇者?誰の事を……」
「お主に決まっておろう、勇者殿」
「なに?」
白い髭の男がアークを指差してそう言い放った。紛れもなく、この魔王であるアーク・マーティンを指差して。
「お主は選ばれたのだ。この国を守る勇者として……ワシは“クリストフェル・ゼルノクトア・ルイオス”この国の王だ」
「王?勇者?」
アークは王と名乗るその男の言葉を繰り返すことしか出来なかった。
「混乱するのも無理はないですよ。貴方は別の異世界で死んだ筈の人間だ。それがいきなり蘇って、勇者と呼ばれて……さぞ、混乱なさってるでしょう」
ローブの男は相変わらず口を横に裂き、不気味に笑いながらそう言った。怪しむ様に睨むと男は何かに気づいた様に頭を下げる。
「失礼しました、私は“バルシュ・フェナード”と申します。召喚師、とでも言うのですかね?」
「お前が、俺様を?」
「はい」
アークはギリリと歯を食いしばった。腹の底からドス黒い感情が湧いて来る。
(魔王である俺様が、あろう事か勇者だと?そんなことが許されるはずがない)
アークは拳を強く握り込むと、辺りの人間をギロリと睨みつける。
「ふざけるな!俺様が勇者だと?笑わせるな!」
アークの怒声をきっかけにして、辺りの兵士が剣を構えた。アークも構える。だが、その状況を王はたった一言で沈めた。
「やめろ」
兵士達は構えた剣を引く。だが、アークの怒りは当然収まらない。怒りに任せてこう叫んだ。
「俺様は勇者などではない!よく聞け人間共!俺様は魔王だ!魔王、アーク・マーティン様だ!!」
「っ!?」
“魔王”の二文字を聞いて、辺りが一瞬で凍りつく。しんと張り詰めた空気が場を飲み込んだ。だが、アークだけが依然として胸を張り堂々としていた。
「魔王……」
眉をひそめ、小さく呟く王。だがやがて、大きく豪快な笑い声により張り詰めた空気を打ち破る。
「お主が魔王?はっはっは!今回の勇者は冗談が好きな様だ」
「なっ!?」
王は目に涙を浮かべる程笑う。そんなに可笑しい事を言ったつもりはない。寧ろ盛大に啖呵を切ったつもりだったアークはヒラリと攻撃をかわされた気持ちになる。
「だが、自分が魔王などと、勇者殿が言っていい冗談では無いな」
「俺様は冗談など言っていない!」
「そうか?だが、その様な姿の魔王を、ワシは見た事も聞いた事もないぞ」
「姿?」
王は奥に控えた人間に合図を送る。すると何やら大きな鏡が運ばれてきた。
「なんだこれは?」
「ただの鏡だ。その鏡で一度自分の姿を見てみるといい」
鏡がアークの目の前に置かれる。そこに写っている自分の姿を確認して、アークは思わず息を飲んだ。
「こ、これは……」
約三メートル程あった体は、二メートルもない程に縮み、大きく発達した牙や、額に生えた二本の角、鋭い爪は消えていた。黒い髪、真紅の瞳はそのままだが、これではまるで……
「人間……みたいじゃないか」
「はっはっは!本当に可笑しな事を言う。もしや、お主が住んでいた異世界では、それが挨拶なのか?」
「違う……違う違う違う!」
こんなものは俺様ではない。魔王が人間になるなどあり得ない。勇者になるなど、あってはならない。
アークは受け入れがたい現実を目の前に、パニックを起こした。
「ふざけるな!!俺様は魔王だ!魔王、アークマーティン様だ!!」
そう叫び、自身の手に魔力を集中させる。
「っ!?この魔力は!?」
王の目の色が変わる。ビリビリと空気が揺れ、アークを中心に異様なオーラが集まる。辺りの兵士も今度ばかりは洒落にならないと剣を構えた。だが、次の瞬間。
「ぐっ……ガハッ!!」
心臓の鼓動が一際強く打たれ、激しい痛みがアークを襲う。
アークは胸を押さえて倒れた。
「これは……魔力拒絶……なぜだ……」
倒れたアークに召喚師バルシュが歩み寄り言う。
「あぁ〜ぁ、ダメですよー勇者なんだから、闇属性の魔力なんて使ちゃ」
「くっ……」
王は倒れたアークの姿を見て、大きく溜息をこぼすと、辺りの兵士に命令を下す。
「勇者が召喚された直後に、パニックを起こす状況は珍しくない。ただ、暴れられても面倒だ。勇者は落ち着いて状況が整理できるまで、牢に入れる」
「はっ!」
兵士に担がれ、アークは連れて行かれた。その状況を相変わらず笑いながら見る召喚師バルシュ。だが、そんなバルシュに王は問う。
「バルシュよ……先程の魔力、さては本当に魔王を勇者として召喚した、と言う事はないのだろうな」
バルシュは笑いながら一言。
「そんな事、ある訳ないじゃないですか。王様」
そう言ってバルシュは王の前から去って行った。
「召喚師バルシュ・フェナード……何を考えてるか読めん奴だ……」