カコ太郎が見つけた星(お題:投石器、二重星、送電線)
※診断メーカーでお題を拾っています。
お題は「投石器」、「二重星」、「送電線」です。
書かないつもりだったのに……頑張って書いている、いくら丼がいた……。
まさかの初投稿です、そして一気書きです。
どこでお題が消化されるか、気長にお付き合い頂ければ幸いです……はは。
普段はもっとわちゃわちゃした話を書いているんです、本当は。
カコ太郎は暗い土の中にいました。
いつからいたのかは定かではありません。
気が付いた時には冷たい土に埋もれていました。
時たま感じる突き抜けるような揺れと、土や液体が周囲を動く微かな感触だけがありました。
他には何もありません。
来る日も来る日も光も浴びられません――いいえ、カコ太郎は光などというものの存在も知らなかったのです。
カコ太郎は知りませんでした。
地表では多くの生物が死に、生まれ、また死んでは生まれていることを。
またカコ太郎は感じられませんでした。
そこでは驚くほどの音や衝撃や感触が溢れ、常に変化が満ち溢れていることを。
ただじっと重い土を背負い続け、自分でも知らないままにその時を待ち続けていたのです。
それは突然でした。
長い長い時を過ごし続けたカコ太郎は、ずどんっと粉々になりそうな衝撃を感じたのです。
それまで身体を引っ張られるような違和感が続いていました。
違和感も当たり前になり過ぎて、何も感じなくなっていたところでした。
何が起こったのか全くわかりませんでした。
でもそれからどれだけ後でしょうか。
何度かいつもの規則的な揺れを感じました。
それだけです。
既に長過ぎる時を過ごしていたカコ太郎にとっては一瞬でした。
徐々に光が――。
そうっ、光です!
カコ太郎には何が何だか訳がわかりませんでした。
光だけじゃなく音も聴こえます、とどまることのない情報の洪水です。
光? 音? 混乱が収まらないうちに、新しい何かがどこかから降ってきます。
カコ太郎は必死でした。
いつの間にこうなったのでしょう?
一瞬で熱くなったり寒くなったり、途切れない音が大きくなったり小さくなったりします。
唐突な振動が近づいてきたと思ったら、また離れていきます。
そこは変化に満ちていました。
微かな光と温度を浴びるようになって、カコ太郎は一日というものを知りました。
来る日も来る日も謎の衝撃と戦い続け、新しいものに混乱を重ねます。
動くことの出来ないカコ太郎は、ただひたすら慣れるしかありませんでした。
その日は特に衝撃的でした。
知らない音や揺れが続き、恐怖で狂いそうでした。
長い時間を過ごした静かなあの場所に、戻りたいと切に祈り続けました。
カコ太郎は知りませんでした。
それは迷子のはぐれ狼が、渓谷で魚を捕る音だったのです。
カコ太郎は地上に近づいていました。
ある日カコ太郎は気付きました。
周りに触れる液体の量が圧倒的に増えているのです。
それは周期的に増えては減っていました。
溺れるように満たされることもあれば、全く感じられないこともありました。
カコ太郎は不思議に思いましたが、ここに来てカコ太郎はうんと賢くなっていたのです。
それまで冷たい土の中にいた時のカコ太郎は、変化を知りませんでした。
光も音も色んな振動も、一日があることすら知らなかったのです。
でも今では多くの情報が変化し続けるのを知り、色んなことを考えられるようになっていました。
カコ太郎は気付いたのです。
溺れるほどの液体が溢れるのは、全身を打ち付けるような断続的な音が繰り返された時でした。
雨が降った時です。
ある日また、馴染み深い規則的なあの揺れが起こりました。
カコ太郎にとっては些細な揺れでした。
いつの間にかこんなに小さな揺れになってしまっていたのです。
慣れ親しんだ揺れに油断すらしていたカコ太郎は、それが運命の前触れだと気付いていませんでした。
ぽーんっと、地上に投げ出されたのです。
カコ太郎の時間が止まりました。
長い長い時間を過ごす間も動き続けていた時間が、その瞬間だけ見事に静止したのです。
カコ太郎は初めて宙を舞いながら、止まった時間で星空を知りました。
そこには数えきれないほどの光の粒があり、赤や青に橙に紫にと全部違う色を放っていました。
これがカコ太郎が初めて見た地上の景色でした。
星夜には雲一つなく、絶好の天体観望日和でした。
雲なんて知らないカコ太郎には、その時はそんなことはわかりませんでしたが……。
星は少しずつ動いていました。
毎日陽が沈むと隠れていた星が見えてきます。
宵闇のその時は東にあった星々は、明るくなる頃には西に沈んでいるのです。
数えきれないほどそれを繰り返すうち、今度は最初の位置も変わっていることに気付きます。
毎日毎日星空を見ていました。
寒い時と暑い時で見え方が全然違うのにも気付きました。
それには必ず規則があるのにも気付きました。
カコ太郎はずっと星を見ていたので、信じられないほど目が良くなっていました。
暑い時の宵闇に見えていた星は、寒い時の夜明けに見えるようになります。
でもちょっとだけ星と星の距離が違うのにも気付いたのです。
カコ太郎には理由はわかりませんでした。
でも星の動きはそれだけじゃなかったんです。
見れば見るほど新しいことがわかる星空は、カコ太郎にはびっくり箱のようでした。
雲に覆われて見えない日は、本来見えるはずの星を想像して計算を覚えました。
雨に打たれて身体を削られる日は、初めて見た景色を思い出して元気を出しました。
ある時カコ太郎は気付きました。
一つ一つバラバラだと思っていた星は、必ずしもそうじゃありませんでした。
一つの星の周りを別の星が回っていたのです。
赤くて変な動きをする星には、二つの星がありました。
もっと別の変な動きをする星には、四つの星が――。
いえよく見るともっともっと沢山の星が回っています。
それだけじゃありません。
一つの星の周りを回るだけではなく、二つの星が同じ場所の周りをぐるぐる回ることがあったのです。
カコ太郎は宇宙の神秘に憑りつかれていました。
発見したのは北斗七星の二重星です。
ふと気づきました。
地上に出てからも長い時間が経ち、その間多くの動物がカコ太郎の側を訪れていました。
その動物たちの多くは群れを作っていたのです。
あの広い夜空の星ですらパートナーを持っている。
カコ太郎は生まれて初めて孤独を感じました。
長い月日が経ちました。
カコ太郎がいる場所は既に森の中ではなく、街の中の山のようになっていました。
枝葉の隙間からは夜も煌々と地上の光が覗き、暑い時は夜になってすぐに彩り鮮やかな大きな華が夜空に咲きます。
火花が散らばるような華は確かに美しかったですが、カコ太郎にとっては星空に勝るものではありませんでした。
もう随分昔で覚えていません。
カコ太郎は地上に出るようになってから、毎日が濃密で時間の流れを遅く感じるようになっていました。
あれはいつのことだったか――。
突然強引にカチ割られてガタガタと運ばれたかと思うと、見知らぬ何かにぶつけられたのです。
投石器か何かの実弾にされたのでしょう。
カコ太郎は硬くて丈夫な花崗岩だったから、これ幸いと使われてしまったのです
それっきり野ざらしになっていたカコ太郎は、気付けば塔のような物の横で星空を眺めています。
星空は以前ほど衝撃的な存在感は失われていましたが、確かにそこにあり続けました。
いくつかの星は様子が変わりつつも、それすら神秘を感じさせてくれます。
それでも――。
カコ太郎が見ていたのは色とりどりの星々でした。
光に、ビルに、木々の葉に――様々なものに遮られた星空ではありません。
あの日初めて見た視界から溢れるほどの星空が、カコ太郎の脳裏には焼き付いていたのです。
今日もカコ太郎は星夜の空を見上げています。
信じられないほど良くなったその両目で、太陽系の、銀河系の、局部銀河群の外までつぶさに観測しています。
でもそこにはあの満天の星空はないのです。
知らない刺激に晒された恐怖も、突然投げ出された衝撃もありました。
光も音も最初は怖いだけで、カコ太郎はその先でこの世の神秘を知りました。
それはとてつもない幸運に導かれた、嘘のような鮮やかな結果でした。
あの時星夜に魅せられたカコ太郎は、確かにその時を止めていたのです。
なのに――。
ふと気づくと北の空の中心近く、北斗七星が輝いていました。
暑い日も寒い日も最初の頃からずっとずっと――。
あの二重星のミザールが、明るくなった星空でも変わらずに回り続けていました。
それは変わらず神秘的で雄大で、カコ太郎に勇気を与えてくれました。
それだけで孤独が癒された気がしたのです。
ミザールはずっとそこにある。
この星に出会えて良かったと心から思いました。
今は送電線の陰に隠れているミザールも、ほんの少しすればまた顔を出します。
カコ太郎はめまぐるしい変化に慣れてしまいましたが、この明る過ぎる星空も一時のことなのです。
また少しすれば地上の様子は代わり、星夜の見え方も変わることでしょう。
その時はまた最初のような満天の星空かもしれません。
雄大に回り続けるミザールが、カコ太郎に時の流れを思い出させてくれました。
カコ太郎は既に知っています。
星はいずれ寿命を迎えることを、ミザールもずっとそこにある訳ではないことを。
でもあの二つの星はきっとカコ太郎よりも長生きする――。
何となくそう思いました。
そして少しでも長くそれを見ていたいと思ったのです。
そう思えた運命に、カコ太郎は感謝して――生まれて初めて微笑みました。
それはカコ太郎が笑顔を知った瞬間でした。
最後までありがとうございました。
余談ですが、白鳥座のアルビレオって見かけの二重星だったんですね。
昔調べた気がするんですが忘れていました。
北極星がこぐま座の尾なのも、北斗七星がおおぐま座の一部なのも初めて知りました。
色々調べて知識が増えるとわくわくしますね。
星って本当詳しくないんですよね……。
今度夜空を見たらミザールが探せるようになった気がします。
ぁ、診断下記です。
またやる時があるとしたら……もう少し、短い話にしようと思います……。
https://shindanmaker.com/997881
……診断作成者はいくら丼です、ぁは。
最後に、本文中で応用した地質・物理・宇宙などの知識でおかしな点があれば、遠慮なくご指摘頂ければ幸いです。