08
「グレン、魔王様からの命令です。そこの女を城まで連れてこいと」
リアーナ様と呼ばれた女は、そう言ってちらりとクリスティーネを一瞥した。その言葉に、紅い髪の男——グレンは眉根を寄せる。全身から嫌悪のオーラを漂わせるグレンに、リアーナ様は苦笑した。
「そんな顔をしないで。私だって信じがたいのです、我らが魔王様が私たちに黙って子を成していたなんて。しかも相手は人間だというではないですか」
グレンとリアーナ様二人に睨みつけられて、クリスティーネはびくりと体を震わせた。
「ああ、怯えないでください。私たちは魔王様の命令に忠実です、とって食ったりはしない」
そういうと、リアーナ様はもう一度魔物の姿へと戻った。
「背中に乗ってください。城まで連れていきます」
その言葉に、クリスティーネは恐る恐るながらも従った。ばさりと翼を動かしながら、リアーナ様の背中へと座る。
そのやり取りをただ眺めていただけの俺は、ハッとしたように慌てて口を開いた。
「待ってくれ!俺も、俺も連れてってくれ!」
ぎょろりと、リアーナ様の緑の瞳がこちらへと向けられた。
「貴方のことは魔王様からの命を受けていません」
「それでもだ!お願いだ、どうしても魔王に頼みたいことがあるんだ!」
「様をつけなさい人間風情が!」
リアーナ様がそう叫ぶと、それに呼応するかのように木々がざわめき突風が吹いた。その迫力に気圧されて後ずさった俺は、しかしここで諦めるわけにはいかないと覚悟を決めてしっかりと踏ん張る。
「お願いだ。どうか、魔王様に会わせてほしい」
風が、吹いた。
凄い勢いで目の前に何かが突きつけられたのがわかる。けれど、ぼやけて見えるためなにが突きつけられているのかは正確には分からず、そのため俺は目を瞬かせるにとどまった。
そんな俺に、グレンはふん、と鼻を鳴らした。
「面白い。これを避けぬか、人間」
そう言って、グレンは俺に突きつけていた何かを手元に戻す。キィン、という鞘に刀が収められた特有の音に、俺はようやく、自身が刀を突きつけられていたことを理解した。
ただ視力が悪くて見えなかっただけなんだけど、グレンはそんな俺のことを度胸があるとでも思ったのだろう。
「良いだろう、城まで連れてってやる」
「グレン!」
リアーナ様の咎めるような声音に、グレンはしかし聞こえないフリをして俺に近づいてくる。そして魔物の姿に変身すると、「背中に乗れ」と言ってきた。
「ありがとう」
礼を述べ近づくと、そこでようやく彼が狼のような姿をしていることがわかった。やはり通常の狼よりは大きく、毛並みもしっかりとしている。
彼の背中にまたがると、それが合図だったかのようにリアーナ様はクリスティーネを背中に乗せ空へと飛び立った。
「俺たちも行くぜ。しっかり掴まってろよ!」
グレンのその掛け声と共に、俺たちは森の中を駆け出した。




