06
さて。
俺とクリスティーネの二人は今、森の前へと来ていた。
クリスティーネの父親が魔王であるという衝撃的な事実が発覚した前話、俺は思わず会いに行くのをやめると言いそうになったものの、壊れた眼鏡のことを思い出して踏みとどまった。
魔王だろうとなんだろうと、眼鏡を直してもらえるなら行くっきゃない。だって眼鏡は俺の体の一部であり、眼鏡がないと俺は生きていくことができないのだらから。特に異世界では。
クリスティーネによると、魔王は国の端にある森の奥に城を構えているらしかった。
ごくりと、クリスティーネが息を呑む音が聞こえる。
「やっぱり目の当たりにすると怖いね......」
「そうか?」
どうにも怖いとは思えなくて、首をかしげる。俺からしてみればただの森にしか見えない。俺がぼやけて見えるからそう見えるだけで、実際はなんかもっと怖い感じなんだろうか。
そんな俺に、クリスティーネは「やっぱり君は普通の人間とは違うんだね!」と目を輝かせて言った。
「君がいれば安心だなあ」
じゃあ早速行こうとクリスティーネに背中を押され、俺たちは森の中に足を踏み入れた。
森の中に入ると、さすがにぼんやりとしか見えなくても不穏な空気が肌でわかった。けれど眼鏡のためだと自身に言い聞かせて、目の前に広がる道を進んでいく。
どこからか、俺たちのように森に足を踏み入れたらしい人間の悲鳴が聞こえる。がさがさと、茂みが動く音がする。
「ギャアアアア!」
そんな悲鳴のような声は、しかし魔物の鳴き声のようだった。魔物は茂みから一斉に飛び出し、俺たちをめがけて襲ってくる。
俺にとっては黒い塊にしか見えないけれど、ほんとうはもっと恐ろしい外見なのだろう、クリスティーネがひっと息を呑み後ずさったのがわかった。それに合わせて、黒い塊たちもじりじりと間合いを詰めてくる。
......食われる!?
「まっ、待ってくれ。俺たちはお前たちと戦いに来たわけじゃない。魔王に会いに来たんだ」
「ギャアアアア!」
なんとか話し合いに持ち込もうとしたものの、返ってくるのは言葉にならない鳴き声だけ。
まずい。
魔物たちが言葉を話せなくとも理解はできることを信じて、言葉を重ねていく。
「俺の大事な眼鏡が壊れてしまって、それを直して欲しいだけなんだ。決して危害を加えたりはしない。約束する」
「わ、私も!」
そういって、俺の後ろに隠れていたクリスティーネが意を決したように俺の前へと飛び出した。
そして彼女は、見せつけるように着ているワンピースの後ろのファスナーを下ろした。
隠されていた翼が、ばさりと音を立てて広がっていく。そのたびに小さな風が起こり、がさがさと周りの木々を揺らした。
背中まで伸びた銀髪が風になびき、光を反射してきらきらと光る。
「信じてもらえないかもしれないけれど、私、魔王の娘なんです。このツノと翼がなによりの証拠。尻尾だってある」
くるりと身を翻したクリスティーネが見せつけるようにしてお尻を振ると、スカートの裾からのぞく尻尾がゆらゆらと揺れた。
ごくりと、息をのんだのは誰だっただろうか。
ぐるるると威嚇のような鳴き声を発していた魔物たち。その先頭にいた一匹が、くるりと魔物から人間へと姿を変えた。




