第九百七十二話「激突!不良高校」
いつも通りの平穏なお昼休み……。そのはずだった瓜生高校の校門の前にバットやゴルフクラブを持った道極高校の生徒達が大集結していた。
「あん?何だあれ?」
「げっ……。道極高校か?」
校舎の窓から外を見ていた生徒達が徐々に校門の様子に気付き始める。しかし気付いた時には遅かった。集結した道極高校の生徒達は一斉に瓜生高校に乗り込み、付近にいる生徒達を手当たり次第に殴り始めた。
「こらーっ!貴様ら何をしている!」
校内に侵入して暴れている他校の生徒達を見つけて瓜生高校の体育教師が竹刀を持って注意しに近寄って行った。しかし道極高校の生徒達にそんなものは通用しない。
「ぐわっ!やっ、やめろ!ひぃっ!やめっ……、やめてください!ぐぇっ!」
容赦も問答もなく道極高校の生徒達は瓜生高校の体育教師を滅多打ちにする。その様子を教室の窓から眺めながら瓜生高校の生徒達は肩を竦めた。
「馬鹿だねぇ……。道極高校のやくざもどき共は俺達みたいに優しくねぇのにな」
「俺達なら自分の学校だしあんま下手なことはしないけど、あいつらだったら他所の学校の教師なんてそこらのイモを狩るのと変わらないからなぁ」
瓜生高校の生徒達もこうなるのではないかと思っていた。しかし実際に何も出来ずに他校の不良達に殴られて泣きを入れている体育教師に呆れるばかりだった。
「うわ……、外に居た奴らも皆やられてるよ……」
「まさか校舎にまで入ってきて俺達までやられねぇよな?」
「「「…………」」」
嫌な予想に教室内に居た瓜生高校の生徒達は黙って顔を見合わせた。道極高校の生徒達ならやる。校舎に乗り込み、窓を割り、扉を壊して、中にいる自分達までボコボコにされるのは目に見えている。その程度の犯罪行為など屁とも思わないような連中の集まりだ。
瓜生高校は不良の集まりとはいえあまり犯罪行為になるようなことをやりすぎたりはしない。カツアゲや暴力沙汰も犯罪行為ではあるのだが、所謂『学生同士の喧嘩』や『ちょっとしたイザコザ』で済んでしまう程度のことしかしない。
それに比べてやくざ予備軍である道極高校は昔から犯罪行為を平然と行うような者達の集まりだった。実際に数々の犯罪事件も起こしており、逮捕されて更生施設送りにされた元生徒も数多い。
「うわぁ……。やべぇよ」
「どうする?逃げるか?」
「そうだな……」
昔は瓜生高校の不良達も団結することで他の学校の不良達と渡り合ってきていた。しかし今の番長になってから瓜生高校は腑抜けてしまっている。それに迎合している者達もいるが一部にはまだ不満を持っている者達の一派もいた。
「やめろ!」
「お?出た出た!」
「おい!鬼庭が出たぞ!集まれ!」
「「「う~ぃ」」」
校庭で散々暴れた道極高校の生徒達が校舎へと向かおうとした時、その校舎の中から鬼庭欅とそれに従う者三十人ほどが出てきた。しかし道極高校の不良達は百人を超えている。どちらが優勢かは火を見るより明らかだった。
「おうおう鬼庭よぉ……。たったそれっぽっちしか集まらねぇのか?ぎゃははっ!」
「もうお前も瓜生高校も終わりだぜ!」
「これからは俺達がお前達を舎弟としてこき使ってやるよ!」
「「「…………」」」
ゾロゾロと集まってきた道極高校の不良達に欅達は取り囲まれる。校舎内にはまだ瓜生高校の不良達が大勢いる。いるはずなのに誰も加勢に出てこない。教室内にいる不良達はただ道極高校と欅達の様子を見ているだけだった。
「鬼庭、お前は瓜生高校の生徒達を不良から足抜けさせようとしてんだってな?お陰でこの様だ!仲間を大切にしねぇお前に誰もついてこねぇ!俺達が瓜生高校の生徒をバラバラの時に襲っても助けもしなかったお前はもうリーダーでも番長でもねぇんだよ!」
「…………」
道極高校のリーダー、京極頼親の言葉に欅は黙っていた。実際これまで何日も、いや、何ヶ月も町で瓜生高校の生徒達が道極高校の不良達に襲われる事件が頻発していた。以前の瓜生高校ならば一人目か二人目がやられた時点ですぐに不良達を集めて道極高校に乗り込んでいたことだろう。しかし欅が番長になってからそのようなことは行われていない。
咲耶に直接会って舎弟になった者達は今でも欅についている。しかしその欅に従っている者ほど優先的に狙われて、今や無事にこの場に集まっている咲耶の舎弟達は三十人ほどしかいない。他の瓜生高校の不良達は今の欅のやり方に反発して教室から外の様子を見ているだけだった。
元々欅が番長になることにまだ納得していない者。瓜生高校の生徒達がやられているのに組織立って集まり報復に出なかった欅に不信感を抱いている者。またスカウトに来ている反社組織の指示を受けている者。道極高校の誘いに乗って扇動している者。そういった者達がそれ以外の生徒達と欅一派の間の溝を大きくしていった。
その結果、今や欅に味方する瓜生高校の不良も減り誰も手助けに出てこようとはしていない。それは全て欅が番長としてしっかりしていなかったからだと京極頼親に言われても欅には反論のしようもなかった。
「確かに俺は番長として頼りないだろう。皆の気持ちを汲んで報復に出なかったのも確かだ。でもそれはビビッたからでも恐れたからでもない!今咲耶の姐御のお陰で生まれ変わろうとしている瓜生高校の生徒達にそんなことをさせるわけにはいかないからだ!そしてその責任は番長である俺が全て取る!」
「「「「「うおおおっ!」」」」」
「欅さん!俺たちゃ番長についていきますぜ!」
「そうだ!お前らなんざ俺達だけで十分だぜ!」
「来るならきやがれってんだ!」
三倍以上の敵に囲まれ、しかも相手は武器を持っている。それでも欅に付き従う三十人ほどの者達は怯むことなく鬨の声を上げた。
「ちっ……。やっちまえっ!」
「「「おおっ!」」」
「校舎内に侵入させるな!ここで食い止めろ!」
「「「おらぁっ!」」」
これ以上語る言葉はないとばかりに両校の生徒達がぶつかった。殴られても蹴られても、欅とそれに従う舎弟達は挫けることなく立ち向かう。しかし現実はどうにもならない。相手は武装した者も含めて自分達の三倍以上であり、どれほど気合だ根性だと言っても体がついてこない。
殴られれば痛むし暴れれば疲れる。手足を引き摺り、頭から血を流し、痛む胴を無視して動こうとしてもあっという間に限界が訪れる。
「死ね!鬼庭!」
「前にてめぇにやられた恨み!ここで晴らしてやるぜ!」
特に欅は集中攻撃を受けている。道極高校の不良達の言い分は実は逆恨みばかりだ。瓜生高校の生徒達に絡んでいるところを欅に見つかり、返り討ちに遭ってやられた者がほとんどだった。しかし彼らにそんな言い分は関係ない。自分達が蒔いた種だとか自業自得という考えはなかった。
『鬼庭欅に殴られたから仕返しをする』
彼らの理屈ではそれだけが全てなのだ。
「ぐあっ!」
いくらタフな欅といえどもバットやゴルフクラブで殴られれば痛い。腕でガードしてもその腕が痛んで手が上がらなくなる。そうなれば次の攻撃は受けられない。
「アニキ!」
「番長!」
「この雑魚どもが!邪魔するなっ!」
「「「うわぁっ!」」」
お互いにフォローしながら何とか凌いでいた欅と舎弟達だったがそう長く凌げるものではない。ついに舎弟達の大半は倒れ、崩れ落ち、まだ立っているのは欅一人だった。
「おーおー……、頑張るねぇ……。でもな鬼庭!これ以上抵抗するってんなら……、こいつらがどうなるかわかってるんだろうな?」
「くそっ!放せ!」
「すまねぇアニキ……」
京極は道極高校の手下達に指示を出していた。その指示に従って欅の舎弟達を捕まえて武器を向ける。
「くっ!……好きにしろ!」
舎弟達を人質に取られた欅は両手を組んでその場に胡坐で座った。人質を取られている以上は下手なことは出来ない。道極高校の生徒達は脅しではなく本当に『やりかねない』相手なのだ。それがわかっている欅は目を瞑って覚悟を決めた。その時……。
「うおっ!?」
「なんだぁ!?」
「あぶねぇ!」
校門から一台の車が乗り込んできた。道極高校の生徒達を轢きかねない勢いで乗り込んできた高級車は欅達の前でハンドルを切ると横滑りして急激に向きを変え、欅達に対して運転席側、道極高校の生徒達に向けて助手席側を向いて止まった。その助手席からメイド服に身を包んだ美女が降りてくる。
「ヒューッ!」
「いい女じゃねぇか」
出てきたメイド服の女性に向かって道極高校の不良達が下卑た笑みを浮かべて露骨な視線を向けていた。しかしそんな反応を受けてもメイド服の女性は動じることなく後ろの座席の扉を開けた。
「うぉっ!?」
「まっ、マブい!」
「こんな美少女現実に居るのかよ!?」
後ろの扉から降りてきた少女を見て全員の視線が釘付けになった。まるで絵画や彫刻のようにあまりに美しすぎるその少女に誰もが視線を動かせない。
艶のある長い黒髪。まるで作り物かと思うほど均整の取れた体。胸は大きいのに腰の位置は高く細い。こんな喧嘩の真っ只中に現れたとは思えない落ち着いた優しい笑み。その美少女に目を奪われない者などいるはずがない。校舎の中から様子を窺っていた瓜生高校の生徒達まで全員が息をするのも忘れてその美少女を見ていた。
「皆さん御機嫌よう。私の名前は九条咲耶と申します。本日はわけあってこの場にお邪魔させていただきました」
「「「……はぁ?」」」
道極高校の生徒達に向かってそう口上を述べると片足を下げてスカートを掴み頭を下げる。カーテシーと呼ばれる挨拶だがこの場に居るような者達にそれが分かる者はいない。それでもその所作が美しいということだけはわかった。
「はっ!はははっ!何だそりゃ?てめぇも鬼庭の仲間か?おいお前ら!その女も捕まえてやれ!」
「ぐへへっ!お嬢さんこっちへおいで~!」
「抵抗してもいいんだぜ!うっかり触っちゃうかもしれないけどなぁ!」
「げっへっへっ!」
「姐御!逃げろ!」
「「「あねご~っ!」」」
京極の指示を聞いて道極高校の手下達が動き出す。捕まえるついでにドサクサに紛れてこの美少女の体を触ってやろうといやらしい手つきで近づいてきた。しかし……。
「ぐぇっ!」
「ぎゃっ!」
「「「なんだぁっ!?」」」
手を伸ばしていた手下二人が突然宙を舞ったかと思うと地面とキスをしていた。あまりの出来事に何が起こったのか理解が及ばない。
「誰にでも意見の衝突や怒ることはあります。喧嘩をすることもあるでしょう。それは良いのです。そうやって人は成長していくのですから。ですが今瓜生高校の不良達は更生して立ち直ろうと必死に頑張っているのです。それを温かく見守って見送ってあげるのが同じ不良としてのせめてものはなむけでしょう!それを見送るどころか邪魔をして足を引っ張り再び同じ悪の道に引きずり込もうなど言語道断!貴方達は不良としての矜持もない半端者です!」
「「「…………」」」
美少女の言葉に辺りはシーンと静まり返る。しかし道極高校の生徒達はその美少女が何を言っているのか理解出来ない。
「あ~?何だって?」
「どういう意味だ?」
「さぁ?顔は美少女だけど頭はおかしいんじゃね?」
美少女の言っていることが理解出来ない道極高校の者達は最初は首を傾げていたが再びニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ始めた。
「とにかく……」
「鬼庭共々……」
「やっちまえ!」
「…………椛は瓜生高校の生徒達を逃がしてください」
「……かしこまりました」
一斉に襲い掛かってくる道極高校の手下達の前に美少女が一人で立ちはだかる。しかしそこから先の光景は京極が予想していた光景とは違っていた。
「ぐぇっ!」
「ぎゃぁっ!」
「いでぇっ!」
美少女に向かって手を伸ばすと逆さに宙を舞い、拳を突き出すと払い受けからグルリと手を回すだけで投げ飛ばされる。武器を振りかぶると振り下ろす前には掌底を叩き込まれ意識を失い、蹴りを放つと軸足を払われる。百人以上居たはずの道極高校の手下達があっという間に蹲り、のた打ち回り、あるいは意識を失いノビている。
「なっ……、何だこれは……?こんな……、こんなことが……」
「「「「「うおおっ!俺達も咲耶の姐御に続け~~~!」」」」」
それまで校舎の中から様子を窺っていただけの瓜生高校の不良達が一斉に飛び出してきた。道極高校の裏工作や反社組織の働きかけによって離反工作に手を貸していた者達まで、まるで全ての瓜生高校の生徒達が出てきたのかと思うほどの人数だった。
「なっ?なっ!?」
「俺達は不良から生まれ変わるんだ!」
「それを邪魔するってんなら自分だけ関わらなければ良いんじゃなくて仲間を見捨てず一緒に乗り越えなきゃ駄目なんだ!」
「お前らなんかに仲間をやらせるか!」
欅一派だけならば数で圧倒して余裕で倒せるはずだった。しかしこの場にいる道極高校の舎弟達は瓜生高校の全校生徒を相手にして戦えるほどの人数はいない。
「ひいっ!こんなの聞いてねぇぞ!」
「俺ぁ逃げる!」
「あっ!待てよ!」
「「「うわぁっ!」」」
圧倒的多数となった瓜生高校の不良達を前にして道極高校の手下達は逃げ始めた。いくら京極が静止を指示しても誰も言うことすら聞かない。
「くそっ!くそっ!なんで……、こんなことに……」
「あとは貴方だけのようですよ?貴方はどうされるおつもりですか?」
手下達は逃げ惑っているが逃げ場はない。あちこちに散らばって逃げようとしているが圧倒的多数である瓜生高校の不良達に囲まれて捕まっていた。残るは欅達と争っていた付近に倒れている者達と京極くらいだった。
「お前さえ……、お前さえ現れなければ……、うおおおっ!しねぇ!」
京極は落ちていたバットを拾って美少女に殴りかかる。しかし美少女はスッと髪を払うと京極のバットに向かって前に進んだ。
「なっ!?」
バットが振り下ろされる前に京極の懐に飛び込んだ美少女が鳩尾に掌を当てる。そして……。
「ふっ!」
「がはっ!」
瓜生高校のグラウンドが、いや、校舎まで揺れたのではないかと思うほどの震脚と共に突き出された掌底が京極の鳩尾にめり込んだ。欅に近いほどの巨体を誇る京極の体がブワリと浮かんだかと思うと数m先に落下した。まだ意識がある道極高校の手下達も、何より瓜生高校の不良達ですら何が起こったのか理解が及ばない。そして徐々に理解し始め……、大歓声が巻き起こった。
「「「「「うおおおっ!あ・ね・ご!あ・ね・ご!」」」」」
「ふぅ……。大丈夫でしたか?鬼庭様」
「あんたって人は……」
座り込んでいた欅の前に立って笑顔で手を差し伸べてくれた美少女、九条咲耶を見上げながら、欅は『この人には一生敵わないな』と思ってフッと笑い、その手を取って立ち上がったのだった。




