第九百七十一話「不良の抗争」
はっきり言って瓜生高校の問題だとか、欅個人の問題だというのなら俺には関係ない。瓜生高校の不良達はこれまで自分達の方から周囲に喧嘩を売っていたわけだし、何らかの事情や理由により現在も何かの揉め事や喧嘩が起こっているとしても大半は自業自得の理由だと思う。
欅個人の問題だったとしても本来俺と欅は別に親友でも何でもないわけだし、向こうから相談してこないのにこちらから首を突っ込んで根掘り葉掘り聞くほどの関係でもない。今でこそ欅や瓜生高校の不良達に姐御なんて呼ばれてるけど、それだって俺が望んで言わせているわけでも舎弟にしたわけでもない。
そうだけど……、そうなんだけど……、さすがに知り合いが毎日のように怪我をしてきているのを見ても知らん顔をしていられるほど俺も非情にも無関心にもなれない……。
「よければ何があったかお話いただけますか?鬼庭様」
「――ッ!…………」
俺にそう言われた欅は一瞬顔を上げて口を開こうとして……、でもやっぱり言葉は出ずにまた視線を彷徨わせた。何度かそんなことを繰り返し、ようやく覚悟が決まったのかポツポツと話し始めた。
「実は今……、道極高校と大規模な抗争に発展してしまってて……、俺だけじゃ止め切れないんです……」
「道極高校?」
まず道極高校という学校自体よく知らない。そんな名前の学校があることすら今知ったくらいだ。瓜生高校はゲーム『恋に咲く花』に出てくるから知っている。でもそれ以外の学校なんて特に出てこないし、俺は受験や外部進学を考える必要がないから他の学校なんてほとんど知らないままだった。
普通なら中高で受験をする場合に自分が受験するレベル帯の学校を多少は調べたりして覚えるだろう。でも内部進学が基本である俺達は外部の学校の名前なんて興味もなくて知らなかった。瓜生高校はゲームで出てくるから知ってただけで、他なんて何らかの関わりがなければ名前すら覚えていない。
「道極高校は一部では瓜生高校より悪い生徒が集まる学校だと有名なようです。瓜生高校は精々不良とか暴走族のような生徒が集まる学校ですが、道極高校は本格的な犯罪者予備軍の集まりだとか」
「へぇ……。皐月ちゃんはよくご存知でしたね」
「ええ、まぁ……。そういう方は『使いやすい』ということでお爺様繋がりで聞いたことがありますので……」
「「…………」」
表情を曇らせた皐月ちゃんに俺も薊ちゃんも何と声をかけて良いのかわからず言葉に窮した。それはつまり西園寺実頼はそういった学校の生徒達や卒業生達を使って悪事を働いているということだろう。皐月ちゃんとしては実の祖父がそのような犯罪行為に加担、いや、むしろ命令してやらせているということが心苦しいに違いない。
「皐月ちゃんがそういった行為をよしとしていないのならばそれで良いではありませんか。身内や血縁者といえども自分以外の人が行っていることについて責任を負う必要はないのですよ」
「はい……」
いくら言葉でそう言っても皐月ちゃんの表情が晴れることはなかった。親ならば未成年の子供に対して責任があるけどそれ以外なら身内、血縁者といえども他人がしたことに責任を負う必要はない。そうなんだけど……、きっと優しい皐月ちゃんは実頼の犯罪行為を知っていながら止められなかった自分を責めているのだろう。
「それで今瓜生高校と道極高校で喧嘩が起こっているというのですね?」
「これは喧嘩なんて生易しいものじゃ……、いえ、まぁそうですね……。咲耶の姐御から番長の地位を預かっておきながら不甲斐なくてすみません!」
「私が鬼庭様に番長を預けているわけではありませんし、喧嘩や争いが起こってしまうのも止むを得ません。それよりもまずはもっと詳しい状況を教えてください」
「はい……」
番長になったのは欅が頑張ったからだし、番長だからって全校生徒の素行や喧嘩の責任を負うわけじゃない。それでも責任を感じたりどうにかしたいと思うのなら、まずは現状を俺に詳しく話してもらわなければ案を考えることすら出来ない。
欅が話してくれた内容を整理すると、瓜生高校は欅が番長になってから周囲に喧嘩を売ったり、犯罪行為をしないように徹底されるようになったらしい。そのお陰か周囲から瓜生高校の生徒達を見る目も少しずつ改善されてきたようだ。でもそれだけで終わりじゃなかった。
これまで瓜生高校に被害を負わされていた人達は今でも瓜生高校の不良達を恨んでいるし、そう簡単に信用もしてもらえていない。それは自分達の身から出た錆なので今後も根気強く自分達が改心したことを示し続けるしかないだろう。
そういった人達に対する問題は時間をかけて解決するしかないわけだけど、それより問題だったのがこれまで瓜生高校と鎬を削っていた他の学校の不良達というわけだ。
ただ被害に遭った人達にまだ信用されていないだけならこれから解決していけば済む。でもこれまで瓜生高校と覇権を争っていたような他の不良学校はここぞとばかりに瓜生高校を攻撃し始めたらしい。その中でも特に最近勢いを増して来ているのが道極高校だという。
もともと犯罪者予備軍とまで呼ばれるほどガラの悪い学校だったようだけど、瓜生高校が大人しくなったことで一気に瓜生高校に取って代わろうと手を出してきているというのだ。
欅がなるべく喧嘩をするなと言っているけどそれでも自衛までするなと言っているわけじゃない。絡まれて殴られれば反撃も抵抗もする。ただ組織立った動きをしている道極高校に対して、普通の学生生活を送ろうとそれぞれが自分の道を歩み始めている瓜生高校の生徒達は各個撃破されている。
以前までであれば不良高校は不良高校なりにある程度の団結があり、仲間がやられたとあっては皆が集まって相手に報復をしたりしていた。でも今の瓜生高校では不良の道から足を洗おうとしている生徒が増えてきているので、同じ高校の他の不良が狩られたと聞かされてもあまり積極的に報復に参加する者が減っているらしい。
相手は全校生徒レベルで団結して組織立って行動しているというのに、瓜生高校の生徒達はバラバラに対応しているだけではどちらが優勢になるかは考えるまでもないだろう。
「俺も見回りをしたり、道極高校に絡まれてる仲間がいたら駆けつけてるんですけど……、さすがに一人じゃ対応し切れず……」
欅は悔しそうに拳を握り締めていた。瓜生高校の不良達は今自分達を良い方に変えようとしている。でもそれを道極高校が邪魔していて、瓜生高校の生徒達は被害に遭っている。
確かに元々は瓜生高校の生徒達だって今の道極高校の生徒達と同じようなことをしていた。真っ当に生きている他の学校の生徒達に絡み、殴り、お金を奪ったこともあるだろう。今反省しているからといってその罪がなかったことになるわけじゃない。でも折角変わろうとしている瓜生高校の生徒達がこのまま被害に遭っていればまた元の世界に戻ってしまうかもしれない。それは避けなければ……。
「瓜生高校の生徒達はこれまで自分達がしてきたことの罪は償わなければなりません。ですが折角変わろうとしている不良達の足を引っ張り、元の世界に引き摺り落とそうとするのを黙って見ているわけにもまいりません」
「咲耶の姐御……」
何か欅が目をキラキラさせて俺を見ている。それはまるで子供がヒーローを見るような目……、のような気がする。まぁまさか欅みたいな大男が俺みたいな小柄なご令嬢をヒーローのように見るなんてことはないだろうけど……。
「ともかく私の方でも道極高校への対応や対策を考えてみます」
「はい!咲耶の姐御の手を煩わせて申し訳ありません!でも……、よろしく頼んます!」
欅は深く俺に頭を下げた。やっぱり欅は仲間思いの番長なんだな。
「まったく……、咲耶様はお人好しすぎますよ」
「まぁそこが咲耶ちゃんの良い所でもあるんですけどね」
薊ちゃんと皐月ちゃんに呆れられてしまったかもしれない。でも折角生まれ変わろうとしている瓜生高校の不良達をまた元の生活に戻すわけにはいかない。どうにかして道極高校との抗争を終わらせなければな……。
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習い事を終えて帰ってきた俺はベッドに倒れ込みながら、現時点で集まっている報告に目を通す。
習い事に向かう時に俺はすぐに黒服達に情報を収集するように指示しておいた。うちの黒服達は真っ当な黒服であって犯罪者や反社関係の者達じゃない……、と思う。でも当然そういった界隈の情報は持っているはずだ。捜査や調査や護衛や取引を行うためには相手の情報を知らなければならない。当然うちの黒服達も最低限の情勢は把握していると思って情報を集めさせた。
まず大まかな調査や俺が指示する前から持っていた情報などを纏めて持ってきてくれたわけだけど、瓜生高校や道極高校にはそっちの筋からのスカウトが頻繁にあったようだ。だから黒服達も両校の情報は常に掴んでいたようで現在の両校の抗争についてもすでに把握済みだった。
欅が説明していた通り現在の瓜生高校の様子はそちらの界隈でも有名になっていたようで、構成員や組員をスカウトしたい反社組織なんかも腑抜けた瓜生高校に対して色々と思惑を巡らせているらしい。道極高校が瓜生高校をターゲットに抗争を繰り返しているのもただの恨みや仕返しだけではなくそういった大人の思惑も絡んでいるようだ。
それでなくとも組員不足にあえいでいる反社組織が、スカウト先が一つなくなったら現状維持もままならなくなってしまう。瓜生高校が更生しようとしているなんて黙って見ているわけにはいかず、わざとちょっかいをかけて瓜生高校の更生を邪魔しようとしているという情報が書かれている。
もしこれが本当なのだとしたら……、なんて最低な大人達なんだろう。
折角子供達が不良から足を洗って更生しようと頑張っているというのに、それを邪魔して悪の道に戻そうとしている者達がいる。またそれに乗っかって以前の復讐をしようとしている他の学校の不良達がいる。どうして更生しようとしている者達を笑顔で見送ってやろうとしないのか。
「咲耶様、新しい報告書が届いております」
「ありがとう椛。そこに置いておいてください」
「かしこまりました」
俺が最初に見ていたのは俺が指示してから集めた情報というより最初から黒服達が持っていた情報を纏めたものが中心だった。今は俺の指示でさらに細かく最新の情報を集めているはずだ。椛が持ってきてくれた報告書の方が新しい情報が載っているに違いない。
まだ何も解決策が思い浮かばないどころか全体像も見えてきていない。まずはきっちり情報収集と精査を行ってから今後の対応を考えなければ、焦って行動してはこちらが失敗してしまいかねない。
「そうでした!もしかしたらお父様のお力もお借りするかもしれません。お父様にもお話を通しておきましょう!」
もし相手が大人の反社組織だったとしたら俺が勝手に行動して対応するわけにはいかない。そういう場合は父の力を借りたり、九条家の名や力を使うことになるだろう。まずは父にも事前に相談しておかなければならないな。
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日が明けて学園にやってくると今日は皆が揃っていた。何かあったのだろうか?
「それで咲耶ちゃん、情報は集まりましたか?」
「咲耶様!これは徳大寺家で集めた情報です!」
「これはうちの分ねー!」
「皆さん……、これは……、ありがとうございます」
皆俺が荷物を片付け終わるとそれぞれ資料や書類を渡してくれた。その内容は昨日うちの黒服達に集めて纏めてもらった情報と重複しているものがほとんどだった。でも中にはうちとは違う情報が書かれている部分もあったし、何よりも皆がこうして協力してくれていることがうれしい。
皆には関係ないことのはずなのに、昨日俺がちょっと欅と話していただけの他校の抗争の情報を集めてくれるなんて……、皆はなんてお人好しで……、良い子達なんだ。皆を一人ずつギュッ!とハグしてから貰った情報にも目を通した。そして続々と学園に届けられる黒服達の最新情報も確認していると……。
「これはっ!?」
「え?咲耶ちゃん?」
「どうされましたか?」
お昼休みにもペラペラと報告書を捲っていると俺はある情報に目が釘付けになった。その報告書には今日のお昼に道極高校が瓜生高校に襲撃を仕掛けると書かれている。昨日のうちに反社組織から指示を受けた道極高校の不良達が、今日の昼に武器を持って瓜生高校に乗り込む……。
「私……、少し出てまいります!」
「ちょっ!?」
「咲耶様!?」
俺は食堂から駆け出しながら急いで車を回してもらうように椛に電話をかけたのだった。




