第九十六話「意外な所で師匠に会う」
憂鬱な気分で学園にやってきた。最近は色んなところで声をかけられるから、自分の教室に入る時もこちらから声をかけている。
「御機嫌よ……う……?」
「おう!来たか咲耶!」
「近衛様……」
教室に入ると何故か伊吹と槐がいた。ここは三組だよな?ちょっと外に出て確認する。うん。三組のプレートがついている。三組で間違いない。
「おはよう九条さん」
「鷹司様御機嫌よう」
やたらニヤニヤしている伊吹の顔に腹が立つ。何というか……、マセエロガキにイラッとするような、そんな感じだ。きっと男ならわかるだろう。
女性は気付かないのか、気付いているけど見逃しているのか、それはわからない。でもマセエロガキは子供であることを利用して女性に抱きついたりする。そして何故か女性の方も子供だからと見逃す。それを男の立場で見ると非常にイラッとする。そういう感じだ。
「咲耶!槐のパーティーには俺と一緒に行くんだよな?」
「あ~……、え~……、まぁ~~…………、はい……」
両親にも兄にも言われている。俺は受けるしかない。勝手に断ろうものならあの母に何を言われるかわからないからな……。
「よし!じゃあ今日の帰りにうちに来い!いいな!」
「え~……、本日は習い事がありますので……」
絶対に行きたくない。パーティーには一緒に行ってやるからそれ以外では構わないでくれ。俺のキャッキャウフフライフの邪魔をしないでくれ……。
一応友達になろうとは努力している。だけど恋人や許婚候補になるのはお断りだ。そんなことになったら結局ゲームの『恋花』と同じ結末になりかねない。俺は絶対に咲耶お嬢様の呪縛を解いて乗り越えてみせる。そのためには余計なリスクは回避するに限る。理想的なのは伊吹や槐と友達になってお友達エンドを目指すことだ。
何かあった時には協力してもらえるように友達関係は結んでおく方がいい。でも許婚候補になってしまったらゲーム通りの結末に行きかねない。その絶妙な加減が問題だ。俺がどんなに鈍感で恋愛音痴で馬鹿でもわかる。伊吹は明らかに俺……、いや、咲耶お嬢様に興味がある。女性として……。
このまま伊吹の暴走を許せば本当に許婚候補にされかねない。それだけは断固阻止しなければ……。
だいたいゲームの時は咲耶お嬢様が伊吹の追っかけをしていた時は冷たくあしらっていたくせに、こちらが伊吹に興味がないと言ってると向こうから迫ってくる。何なんだ一体。かなり腹が立つ。それならゲーム『恋に咲く花』の時に咲耶お嬢様と結ばれればよかっただろう。それを今頃になって……。
ゲームの時は咲耶お嬢様が寄ってくると露骨に嫌がり、冷たくあしらい、最後には冗談みたいに破滅させる。それが何だ。伊吹のお望み通りにこちらが無視してやったら寄ってきやがって……。何かまた段々腹が立ってきた。俺ってやっぱり相当伊吹のことが嫌いなんだな……。
「はい……。はい……。今日の帰りです……。はい……。はい……。それでは九条さんをお預かりします。はい……。朝早くからすみません。はい……。それでは失礼します」
いつの間にか……、槐がどこかに電話していた。とても嫌な予感がする。電話を切ってからニヤリと笑った槐の顔を俺は忘れられないだろう。あの悪魔のようないやらしい笑顔を……。
「九条さん、ご両親には許可はいただいたよ。今日の帰りに伊吹の家に寄って行くって伝えて許可ももらったから何も問題はないよね?」
このクソガキがぁ~~~っ!何が『問題ないよね?』だ!大有りだ馬鹿者め!
「おお!よくやった槐!咲耶!これでいいな?」
「うぐぐぐぅ~~~っ!わかり……、ました……」
嫌だ!嫌だ!絶対お断りだ!でも……、両親が許可をしたというのなら俺は黙って従うしかない。しかも間の悪いことに今日は何故か師匠の都合で百地流の修行は休みになっている。言い訳に習い事があると言ったけど本当は今日は休みだ。
師匠が修行を休みにするなんて珍しいこともあるものだと思って、帰ったら色々しようと思っていたのに予定が全て狂ってしまった。伊吹め~!槐め~!
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「御機嫌よう」
サロンへとやってきた俺はいつもの席に座る。そしてすぐに茅さんが向かいに座る。そういえば茅さんは鷹司家のパーティーでペアはどうするんだろう?
「茅さん」
「何かしら?何かしら?」
いや……、何で二回言ったの?ちょっと声をかけただけなのに滅茶苦茶食いつかれたし……。
「いえ、あの……、茅さんは鷹司家のパーティーのペアはどうされるのですか?」
「気になる?気になるのね?私がどこの馬の骨とも知れない男に奪われると思っているのね?それは嫉妬よ!咲耶ちゃん!それは嫉妬の炎なのよ!」
…………茅さん、この人本当に大丈夫か?何か最近……。いや、やめておこう……。茅さんも俺にとっては数少ない本当のお友達の一人だ。
「え~……、それでお相手の方はどうされるのでしょうか?」
「心配しないで!私が好きなのは咲耶ちゃんだけよ!パーティーでは止むを得ないから近衛門流の参加者から選んで命令しただけだから!咲耶ちゃんは気にすることはないのよ!でも、あぁ……、咲耶ちゃんが嫉妬してくれるなんてお姉さん感激だわ!」
あ~……、うん……。もうそういうことでいいや……。
でもそうか……。正親町三条家ならば門流の下の者に適当に命令したらそれで終わりか。相手が他に誰かと行きたいと思っていたのなら可哀想ではあるけど……、それは俺には関係ない。その家と茅さんの問題だ。
どうやら鷹司家のパーティーはほとんど五北会のメンバークラスしか呼ばれていないようだ。一部例外としてペアのいない人は鷹司に相談の上で招待されていない者をペアとして呼べるということらしい。そりゃ全員が全員誰かしらのペアがいるとは限らないもんな。この条件は非常に面倒臭いし普通ならあり得ないんじゃないかとすら思える。
たぶん……、俺と伊吹をパーティーのペアにするために槐が企画したということだろう。まったく……、あの二人は自分達の地位を利用して人に迷惑をかけすぎだろう。こんな面倒なパーティーなんかに人を呼んで……。
「あっ!それでは薊ちゃんと皐月ちゃんのペアは?」
「咲耶様……、私にも嫉妬してくださっているのですね!でも安心してください!私だって大好きなのは咲耶様だけですよ!」
丁度こちらに向かってきていた薊ちゃんがそんなことを言いだした。いや……、パーティーのペアくらいで嫉妬はしないけど……。
もし……、茅さんや薊ちゃんや皐月ちゃんが誰かと付き合って、そして結婚するのかと思ったら胸が苦しくなる。だけどパーティーでペア限定だからとそこらの相手と適当にペアを作ったってそんなに気にならない。そこまで気にしてたら学校行事でダンスのペアを作るだけでも嫉妬しなければならなくなるんじゃないだろうか。
「私のペアは鷹司様です」
「「「えっ!?」」」
薊ちゃんの後ろから現れた皐月ちゃんの言葉に三人が揃って驚く。皐月ちゃんが……、槐と?
何だ……?それを聞いたら無性に胸がムカムカし始めた。皐月ちゃんが槐とペアだなんて……。
「鷹司様には皐月ちゃんの半径100m以内に近づかないように言っておかなければなりませんね……」
皐月ちゃんの近くの空気を吸うことも許されない。槐は防護服を着て酸素ボンベを背負わせよう。皐月ちゃんに着てもらう方が確実だけどそれだと皐月ちゃんの負担になる。だから槐が着ればいい。
「咲耶ちゃん……、そんなに心配してくれているのですね」
「ぁ……」
皐月ちゃんが赤くなってモジモジしている。可愛い……。こう……、ギュッてしたくなるような……、か弱い、小動物的な、庇護欲をそそられる。もしこれが狙ってやっているんだとしたら皐月ちゃんはとんだ小悪魔だ。でもそれでもいいと思ってしまう。騙されてもいい。守ってあげちゃう!
「咲耶様!私のペアは広幡様です!」
「「「…………え?」」」
今度は……、薊ちゃんの告白に三人が固まる。広幡……?水木……?あいつ……、前々から怪しいとは思ってたけど……、やっぱりロリコンじゃねぇか!
何が水木はプレイボーイだ!ただのロリコン野郎だ!ペドだ!ぶっ殺してやる!
「わかりました……。広幡様にはコンクリを抱いてダイビングを楽しんでもらいましょう……」
「ちょっ!ちょっと待って咲耶ちゃん!これは俺のせいじゃないよ!伊吹がペアを決めたんだよ!」
俺が水木を抹殺することに決めるとすぐさまこちらにやってきた。どうやらコンクリを抱いてダイビングはしたくないらしい。言い訳して逃れようなんて男らしくない。
「それでは……、皐月ちゃんや薊ちゃんの相手を決めたのは近衛様と鷹司様なのですか?」
「そう!そうなんだよ!俺が自分で決めたんじゃないんだ!茅ちゃんが門流の男子に無理やりペアを迫ったから、それなら揉めないようにって伊吹と槐が決めたんだよ!」
「…………ま、いいでしょう」
コンクリダイブだけは勘弁してやる。むしろ諸悪の根源は伊吹と槐のようだからな。でも釘は差しておこう。
「ですが……、もし薊ちゃんや皐月ちゃんに何かしようものならば……、誰であろうとこの九条咲耶の名において必ず後悔させてあげます。他の皆様も、良いですね」
「「「「「――ッ!――ッ!」」」」」
俺がジロリと周囲を見渡すと皆必死に首を縦に振っていた。これでたぶん大丈夫だろう。これでも二人に手を出すような愚か者がいたら……、俺が言ったことは実行する者だと示す一例目になる。ただそれだけだ。
「九条さん……、やっぱりここにいたね」
「……え?」
そんな話をしているとサロンの扉が開いて槐が入って来た。そして俺の前に立つ。
「今日は伊吹の家に行くって約束してたでしょ?それなのにどうしてサロンに来ているの?」
「…………あ~、そうでしたね。ですが待ち合わせの場所も方法も伝えない近衛様に落ち度があるのでは?私はてっきりサロンで待ち合わせなのかと思って待っていただけです」
まぁ本当は忘れてただけだけど、何時にどこで待ち合わせして、どうやって近衛家に行くかという話はしていなかった。それは約束を迫ってきたくせに具体的な内容は何も決めていなかった伊吹と槐の落ち度だ。そうに違いない。違うとしてもそう言い張る。
「はぁ……。わかったよ。それじゃこちらの落ち度ってことでいいから行こう。伊吹が待ってるよ」
「わかりました」
槐に先導されて歩く。その際に兄に近衛家に呼ばれていることを伝えた。槐に聞くとどうやら近衛家までは近衛家の車で行くらしいので帰りの足だけあればいい。今日のうちの迎えには兄だけが乗って帰って、後で近衛家まで迎えを寄越してもらうことを伝えて玄関ロビーへと向かう。
「おい咲耶!随分待たされたぞ!」
「何時にどこで待ち合わせて、どうやって近衛家に向かうか伝えられておりませんでしたので……、いつも通りサロンに行って待っておりました」
俺は暗に『お前の落ち度だろ』と言って伊吹を睨む。でも伊吹には伝わらなかったのか、『そういえばそうだな』と言っただけですぐに車に乗り込んだ。どうやら気にもしていないようだし皮肉も通じないらしい。まぁ小学校一年生ならこんなもんか。他の、皐月ちゃんとか槐とかが一年生離れしすぎてるだけだな。
というわけで近衛家の車に伊吹と槐と三人で乗り込んで近衛家の屋敷へとやってきた。何故槐までいるのかはわからない。伊吹が何も文句を言わないのなら別にいいけど……。
それにしてもこの二人いつもべったり一緒だよな……。その方がよほど怪しい関係のような……、はっ!
そういえば……、ゲームでも、この世界でも、伊吹と槐は常に一緒でべったりだ。もしかしてだけど……、本当にそういう関係なんじゃ?
ないとは言い切れないよな?女性向けの乙女ゲーなんだし……、女性ってBLとか大好きだよな?それは俺の偏見か……。でもそういうの好きそうだというイメージはある。なら伊吹×槐のカップリングも……。
「九条さん……、今何か変なこと考えてない?」
「いいえ?まったく?」
急にクルリとこちらを見た槐がそんなことを言ってくる。
「おう!帰ったぞ!」
そして伊吹よ……。お前はいつもそんな風に挨拶しているのか?こいつは本当に近衛財閥の御曹司なんだろうか?そこらのおっさんにしか見えない……。こんな奴が将来総帥で近衛財閥は大丈夫か?
「お邪魔します」
もう何度目かになる近衛家の屋敷にあがる。本当は出来れば来たくないんだけど……。
「あら、咲耶ちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの?」
「御機嫌よう近衛様。今日は伊吹様と槐様に強引に呼ばれまして……」
ちょっと近衛母に軽くチクッておく。ちょっと驚いた顔をしてから伊吹を睨んでいたから後で怒られるかもな。ざまぁみろ。
「ほう……。休みとなれば早速遊んでおるのか」
「えっ!?師匠!?」
近衛家のリビングに通されると……、そこにはお茶を飲んで寛いでいる師匠がいた。一体何故師匠がこんな所に?




