第九百六十一話「詳細決まる」
昨日三つ葉達にお礼を言いに行ってから何だか妙な話になってしまった。そして今日早速お昼休みに三つ葉と南天に呼び出されたので一緒に空き教室に向かう。
「ご足労いただき申し訳ありません」
「いいえ。これも西村様達へのお礼のためですから」
三つ葉達が学園で嘘の噂話をすぐに否定してくれたからこんなにあっさり片付いたんだ。それに対してお礼をしようという気持ちは今でも変わっていない。ただ三つ葉達が言っていたような何千人も集めてコンサートというのはさすがに非現実的だろう。
「それで……、どれくらい集まりそうかわかったのでしょうか?」
俺は少し心の余裕を持ってそう聞いた。どうせ俺の演奏を聴きたいなんて変わり者は精々数十人もいないくらいだろう。前回のディナーショーもどきの話を聞いてちょっと興味を持つ人がいくらかいれば御の字だと思う。昨日だけではほとんど応募もないだろうし三つ葉達はきっと答えに窮するだろう。俺はそれを温かく受け止めて、精々また空き教室一つ分くらいの簡単なショーで……。
「はい!昨日私達が帰るまでの時点で二千二百人以上の応募がありました!その後家に帰ってからご家族と相談されて応募を決められた方も居られると思いますので今日の集計ではさらに増えていると思います!」
「…………は?」
ん?何て?俺の聞き間違いか?二千二百って聞こえた気がするぞ?
「それから卒業生やご家族も一緒にコンサートを聴きたいという問い合わせも殺到しておりまして……、卒業生や家族席も用意するということで三千席のコンサートでいかがでしょうか?」
「…………はぁっ!?さっ、三千席っ!?」
ちょっと待って欲しい。そんな馬鹿なことが有り得るのか?アイドルや有名アーティストのコンサートじゃないんだから三千人も集まるわけないだろう?
藤花学園の初等科から大学まで全ての生徒を集めれば三千人は超えるかもしれない。初等科、中等科は外部生がいないとか少ないので人数は高等科より少ない。でも大学はさらに外部生も増えるからざっくり考えても三千人は超えそうだ。むしろ大学だけで三千~四千くらいはいそうだけど……。
さらに三つ葉が言うように卒業生や家族も参加出来る形にするのなら在校生の数よりも増えるというのはわかる。でも卒業生、家族込みでも三千席って藤花学園の生徒の相当数が参加するっていう計算になっていないか?
「え~……、本当にそれだけの数が集まるのでしょうか?」
「もちろんですよ!むしろ卒業生、家族を呼べるとなれば三千席でも足りませんから!」
う~ん……。三つ葉や南天を疑うわけじゃないけどどうにも信じられないなぁ……。そもそも大学の外部生を除けば三千人ほどもいないであろう在校生のうち二千数百人が参加するというのが信じられない。俺とほとんど接点のない生徒が大半のはずなのに、わざわざ俺の演奏を聴きたいと思うだろうか?
「そもそも在校生で二千数百人というのは確かなのでしょうか?」
「そうですよね……。耳を疑う気持ちもわかります……」
三つ葉もウンウンと頷いていた。やっぱり三つ葉もそんなに集まるはずがないと……。
「九条様のコンサートに参加出来ると聞けば一日で三千人を超えていなければおかしいですよね!でも今回はファンクラブ会員限定ですし、初等科の低学年は昨日の時点では応募が少なかったんですよ!たぶん家に帰ってからご家族に言われて応募していると思いますけど、それでも初等科低学年の希望率は他よりも低いと思います」
「あぁ……、はい……」
何か三つ葉の反応が思てたんと違う……。
まぁそれはともかく初等科低学年の希望者が少ない理由はわかる。そもそも今の初等科低学年達は俺達とはすでに別世代だ。俺達が初等科に在籍していて直接顔を合わせたことがあるのは現六年生までであり、それより下の世代は俺達と同じ科に通ったこともない。
俺は五北家である九条家のご令嬢だから顔や名前くらいは向こうに覚えられているだろうし、パーティーなどの社交場で会ったことがある相手も居るのは間違いない。でも一緒に学園に通ったこともなければ何かをしたこともない相手のコンサートと言われてもわざわざ行こうなどと思わないだろう。
三つ葉が言うように家に帰ってから家族に『九条家との繋がりが出来るかもしれないからコンサートに参加してこい』と言われでもしない限りはわざわざ参加するはずがない。そういう政治的な意図や繋がりを考えれば……、九条家のご令嬢がコンサートを開くと言えば三千人くらいは集まる……、のだろうか?
「満席とは言わないまでも……、三千席用意してある程度は席が埋まるほど参加者が集まるのでしょうか?」
「ある程度どころか三千席じゃ足りませんよ!でもさすがに希望者全員というのはどうかと思うので、ファンクラブ会員は希望者全員と卒業生・家族席は残った席で抽選という形にしたいと考えてます!」
「ふ~む……」
腕を組んで顎に手を当てて考える。三つ葉が言うように在校生の希望者は全員参加させてあげたいというのはわかる。直接嘘の噂を消すために行動してくれたのはその子達だ。そして残った席を家族席などに充てて埋めるというのは良いと思う。
俺は高等科のことしか考えていなかったけど、恐らく噂は初等科や中等科、大学でも流れていたはずだ。それら他の科の生徒達も集めるのならそれくらいの席数はあった方が良い……、のか?どうにも俺は三つ葉達が過大に言い過ぎているのではないかと思って信じきれない。
「ともかく三千席確保するのならば学園の大ホールか当家のホールでなければ難しいかもしれませんね」
これからいきなりどこかの貸しホールで三千人規模の場所を確保するというのは難しい。半年後に開催とか、こちらの都合を考えずにとにかく空いている日を取るというのならともかく、俺達の希望通りの日程でその規模のホールをすぐに取るというのは難しいだろう。
九条家のホールは俺が言えば基本的にほぼいつでも使えると思う。よほど大事な予定でも入っていない限りはどうとでもなる。学園の大ホールも日頃はほとんど使われていないので確保は容易だろう。
「それでは学園の大ホールをお借りしましょうか」
「え~!折角九条様の家のホールが見れると思ったのにぃ~!どうして~?」
三つ葉の言葉に南天は縋りつくように腕を引っ張っていた。それを聞いて三つ葉は困り顔をしつつ説明する。
「三千席ならば学園の大ホールでも十分だし、参加者が来るのも簡単でしょう?いつも学園に通っているのだから参加者を集めるのなら学園の方が良いのよ」
「ぶ~っ!それはそうだけどぉ……」
南天はまだ不満そうにしているけど三つ葉の言う通りだ。もし九条家のホールで開くとなると参加者達をどうやって集めるかという問題が出てくる。希望者の中にはもしかしたら外部生もいるかもしれない。内部生なら日頃そうしているように家の車で送ってもらえば済むだろう。でも外部生はそうはいかない。
交通手段や場所を探して手間取ることなどを考えたら見ず知らずの場所を指定するよりも、いつも通っている通りの学園に集めた方が主催者側としても参加者側としても都合が良い。現実的に考えたら学園の大ホールを使えるならそれがベターな選択だ。
「あとは開催日時ですね。今から準備するのであれば夏休みまでに開催するというのは難しいでしょう」
「そうですね……。そうなると夏休み中か二学期以降か……」
空き教室でちょっと四十人……、というのなら最悪一ヶ月もあれば十分準備出来るだろう。でも流石に三千人規模のコンサートを一ヶ月や二ヶ月で準備しろというのは酷だ。もちろん九条家の総力を挙げて全力で取り組めば出来なくはない。でもそこまでして急いで準備して失敗のリスクを負うくらいならじっくり準備した方が良い。
そもそもいつまでに開催しなければならないというものではないんだから、慌てて一学期中に絶対開催しようとする意味も理由もない。
「二学期以降じゃ長すぎだよ~!せめて夏休み!ね?三つ葉ちゃん!」
「う~ん……」
南天はああ言っているけど二学期以降でも長すぎなんてことはない。むしろ短すぎる。プロのコンサートでも年単位で準備したりしている。こんな思いつきのような流れで三千人規模のコンサートをしようと考える方が異常だ。でも確かに俺も二学期以降というのはあまり賛同出来ない。
「準備期間としては二学期以降の方が現実的ではありますが私も二学期までに済ませた方が良いのではないかと思います。二学期は学園行事もたくさんあり、また学園が始まった後では生徒も保護者の方々も何かと忙しいでしょう」
「九条様が大丈夫なら私達の方は夏休み中でも良いのですが……、大丈夫でしょうか?」
「はい。夏休み後半以降ならば準備も十分間に合うでしょう」
三つ葉の心配は準備不足で失敗することだろう。でも八月後半以降なら今から準備しても何とか間に合うはずだ。
「ただ夏休みは皆さんも色々と予定があるでしょう……。お盆や家族旅行などを考えると夏休みでも空いている日があるかどうか……」
俺なんかはむしろ長期休暇の方が予定が詰まっているような気がする。学園が休みの分だけ蕾萌会の講習と百地流の修行が入るだけだし、さらに長期休暇だと家族旅行だの社交場に顔を出すだのイベントが増える分だけ予定が一杯だ。
「じゃあ最終日!八月三十一日でどうかな?」
「三十一日は平日ですので卒業生やご家族を呼ばれる方にとっては都合が悪いかもしれませんね」
「あ~……、そっかぁ……。じゃあ最後の土曜日か日曜日かな?」
「そう……、ですね……。それくらいが落とし所でしょうか……」
話し合いの結果、俺達が立てた予定では八月の最終土曜日か日曜日を開催日候補に決めた。俺達だけで決めたつもりになってもこれから学園に掛け合って大ホールを借りられるか確認しなければならない。もしかしたら学園側の行事や予定によって大ホールが借りられない可能性もある。
「それでは放課後に理事長と高等科の校長を呼んでお話を聞いていただきましょう。お二人も同席されますか?」
「えっ……、校長と理事長を呼び出すんですか?」
「ひぇ~……、さすが咲耶お姉様……」
うん?学園に頼みたいことがあれば理事長と校長に直接言うのが一番手っ取り早いだろう?それに他に頼む方法ってあるのか?俺達はいつも何か頼みがあれば校長と理事長に頼んでるけどな?
ともかく俺が理事長達に連絡して放課後のアポイントメントを取ったので三つ葉と南天も一緒に理事長達にお願いに行くことになったのだった。
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放課後の話し合いはあっさり片が付いた。呼び出しておいた理事長と校長は何か深刻そうな顔で座っていたけど、俺が八月の最終土曜日か日曜日に大ホールを借りたいと言うとあっさり快諾してくれた。どうせ日頃あまり使っていない大ホールだ。準備や片付けさえしっかりすると伝えれば向こうも生徒達に貸してくれるのだろう。
「理事長と校長泣いてたね……」
「まぁ九条様にあれだけ圧力をかけられたら誰でも……」
校長室を出た俺達は大ホールの貸し出しを快諾してくれた理事長と校長に感謝しながら廊下を歩いていた。二人も先ほどの話題で持ち切りのようだ。
「どちらの日程も空いているので借りられることになりましたし、それでは土曜日にリハーサル、日曜日に本番ということでよろしいでしょうか?」
「はい!大丈夫です!」
「はぁい!ファンクラブはその予定で準備を進めます!」
三つ葉も南天もビシッ!と敬礼をしながら背筋を伸ばしていた。さすがにいざこうして本格的に決まってくると身が引き締まってきたのかもしれない。今まではフワフワした感じで何となく進めていたんだろうけど、実際にもう学園側に大ホールを借りることを伝えてしまった。今更後戻りも出来ないし結構大それたことを始めたと今頃実感したのかもしれない。
俺としても当初は何故こんなことになったのかと思っていたけど……、もうここまで来てしまったら今更やっぱりやめたとはいかない。やると決まったからにはちゃんとしたコンサートを開こう。そして絶対に成功させる!
ただやっぱり俺一人でそんな大規模なコンサートをやり切るのは難しい。どんな曲を演奏するかも決まっていないけどバックバンドのような協力者をどうにかしないと一人では出来ることに限りがある。
かといってグループメンバー全員と一緒に演奏をするとなるとそれは俺のソロコンサートではなく、近衛財閥系の芸能事務所に所属しているバンドのコンサートになってしまう。この辺りはどうやって解決しようか……。これは演奏する側である俺の問題だし三つ葉達には頼れない。
どうにか解決する方法を考えておかないとな……。




