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第九百五十七話「飛ばし記事」


 折角の土日が近衛家と鷹司家の訪問で台無しになってしまった。全然休んでリフレッシュした気はしないけど月曜日なのでまた学園へ通わなければならない。百地流の朝練を終えてロータリーで車を降りていつもの行列の間を……。


「御機嫌よう」


「「「きゃーーーっ!九条様~~~っ!」」」


「九条様!近衛様とのご婚約おめでとうございます!」


「違うわよ!九条様は鷹司様とご婚約されるのよ!」


「咲耶お姉様ぁ……、ついにご婚約されるのですね……」


「……はぁ?」


 いつもの行列の間を通り抜けるだけだと思っていたけど、行列に並んでいる女の子達から何か変な言葉を一杯かけられてしまった。しかもそれが何故か俺が伊吹か槐と婚約するとか、なんならもうしたという話ばかりだ。一体どこからそんなデマが出回っているのか。


 どうせこの行列に並んでいる子達を問い質しても答えは返ってこないだろう。噂の出所なんてわざと流している本人以外にはわかりようもない。『誰それに聞いた』と言われてその相手を問い詰めてもまた『自分は誰々に聞いただけだ』と言われるだけだ。結局堂々巡りになって噂の発信元などそうそう特定出来ない。


 九条家が総力を結集して本気で犯人探しをすればまた違うだろうけど、それをするためには時間と労力が必要になる。しかも明確にわざと噂を流している人物でもいない限りはそこまでして発信源を特定しようとしても結局見つからない可能性も高い。


 どうせつまらない噂話だろうと思って俺は行列の子達の言葉を適当に受け流して教室へと向かった。


「御機嫌よう」


「おはようございます咲耶様!これはどういうことですか!?」


「御機嫌よう咲耶ちゃん……。今大変な噂で持ち切りになっておりますよ」


「え……?」


 教室に入るとグループメンバーの子達が勢揃いしていた。先週末とかに特に話題になるイベントもなかったと思うのにどうして皆が揃っているのか。それだけでも面食らったけどさらに皆の言葉に俺の方が驚いた。


「え~……、まず一つずつ解決していきましょう。皆さんはどうして今朝早く集合されていたのでしょうか?」


「それは先週末に咲耶ちゃんが近衛様と鷹司様に呼び出されていたのでそのお話を伺おうと思っていたんですよ」


「あぁ……、それで……」


 俺が近衛家と鷹司家に招かれたのは五北会サロンでだった。当然皐月ちゃんと薊ちゃんもその話を一緒に聞いている。それをグループの皆にも伝えて、月曜日である今日にその話を聞こうと思って皆で待っていたんだろう。これで何故今朝皆が早くに集まっていたのかはわかった。


「それで皆さんが慌てておられた原因は何でしょうか?」


「咲耶様が近衛や鷹司のアホボンと婚約したって話が出回ってるんです!」


「それは玄関口の行列の方達からも言われましたね……。噂の出所はわかっているのでしょうか?」


「「「…………」」」


 俺がそれを聞くと皆はお互いに顔を見合わせていた。そりゃ今朝登校してきて噂話を聞いただけですでに噂の出所がわかっているなんてことはないだろう。別に皆を困らせようと思って言ったわけじゃないけど結果的には何か責めるような言い方になってしまったかと反省する。


「すみません。決して皆さんを責めるつもりで言ったわけではないのですが……」


「いえ……、そうではなくてですね……」


「咲耶ちゃんは見てこなかったのー?」


「見てくる?」


 皆が噂の出所も把握していないのにこう言って来たことを責めていると思われたのかと思ったけどどうやら風向きが違う。譲葉ちゃんの言葉に俺は首を傾げた。


「え~……、直接ご覧になられた方が早いと思いますので一緒に行きましょうか」


「え?直接……?」


 皐月ちゃんの言っていることがわからない。でも皆もガタガタと立ち始めたので俺も荷物を簡単に片付けてから皆に付いて行くことにした。やってきたのは玄関先の掲示板だった。ここに貼り出しておけば全学年の生徒が登下校時に通ることになる。重要な連絡や学年やクラスに関わらず伝達したいことがあればここに貼り出すのが良い。


「これは……」


 そしてその掲示板にはまるで壁新聞のようなものが貼り出されていた。学生の頃に壁新聞なんかを作ったことがある人は多いかもしれない。ほとんどは生徒による手書きのものだっただろう。でもここに貼られている壁新聞は壁に貼るために大きいだけでプロが編集して作ったのかと思うような本格的なものだった。


「何々……?『九条咲耶様ついにご婚約!!!(か!?)お相手はやはり近衛伊吹様!』?何ですかこれは!?」


 デカデカと書かれている見出しを読んで俺は絶句した。しかもその見出しの下には大きな写真が載せられていた。それはアフタヌーンドレスを着た俺と紋付羽織袴を着た伊吹が庭園の中を歩いている姿だ。いつ俺が笑ったのかわからないけど俺も伊吹も笑顔でお互いに見詰め合っているように見える。


 俺の表情が愛想笑いでないように見えることから恐らく俺は別のことに気を取られたか、庭園の見事さに頬を緩めていたのだろう。記憶にある限り全てを思い出しても俺が伊吹にこんな表情で微笑みかけた覚えはない。まぁ自分の表情なんてわからないから自分の中ではの話だけど……。


 他のことで笑っていた俺の表情と、たまたま俺の方を向いていた伊吹の顔が奇跡的にお互いに微笑み合って見詰め合っているような構図になったのか、あるいは別のシーンの写真を合成したという可能性もある。大きな壁新聞のくせに写真は荒くてわかりにくくなっているのが怪しい。


 鮮明な画像で合成すると違和感が目立ってすぐに合成だとバレてしまう。だからわざと荒い画像にして合成を誤魔化していると言われたら納得出来る解像度だ。


 見出しの他にも煽りや柱にもあちこち挑発的な文言が踊り、内容を見てみれば土曜日のことが事細かに書かれていた。近衛家と九条家で家族ぐるみの昼食会を行い、形ばかりのお見合いをして若い二人は楽しげに近衛邸の庭園を歩いていた、というような内容だ。


 記事の中身はある程度事実を含んでいるけど滅茶苦茶粉飾されている。まるであの時の昼食会がお見合いであったかのように書き、両親同士もすでに合意済みで俺と伊吹も乗り気であるかのように書いてある。こんなことは全て出鱈目だ。


「この内容のほとんどは出鱈目です。近衛様にご招待を受けて昼食会に参加したのは事実ですがそれ以外はこの記事に書かれているようなことはありません。昼食会の後に庭に誘われて歩いたのも確かですがこんな和やかな雰囲気でもありませんでした」


「まぁそんなところだろうと思いました……」


「咲耶ちゃんが近衛のアホボンと婚約することを了承するはずないもんねぇ……」


 何か最近薊ちゃん以外のメンバーも伊吹達のことを『アホボン』呼ばわりするのが定着してきたな……。前は流石に近衛家や鷹司家に遠慮してあまりそこまで言ってなかったのに……。薊ちゃんや皐月ちゃんならまだ『アホボン』呼ばわりしてもギリギリ大丈夫だろうけど、それ以外の子達が言うと結構お家がヤバイんじゃないかなと思うんだけど……。


「写真の構図といい、記事の内容といい、この壁新聞を作ったのは近衛家の関係者でしょうね」


「だろうねー!」


 俺の思っていたことを皆も思っていたらしい。というかそれ以外に有り得ない。わざわざ近衛家と九条家の婚約話のように脚色して流すなんて近衛家以外にする理由もないし、皆が言うように写真や記事の内容を知っていることからして近衛家が作って貼っているに違いない。


「それで鷹司様の方は何故?」


「隣を見てください」


「んん?」


 最初に見たのが伊吹と俺の婚約話の壁新聞だったからそっちばかり見ていたけど、茜ちゃんにそう言われて隣を見てみた。すると隣にも同じような壁新聞が貼ってあることにようやく気付いた。


「え~何々?『赤い薔薇を贈られる九条咲耶様!鷹司槐様とのお見合いで婚約決定との噂!』?何ですかこれは……」


 伊吹の壁新聞の隣には槐の壁新聞が貼ってあった。こちらは槐が庭園の薔薇を手折ろうとしている場面だ。この場面には見覚えがある。そしてその時の写真の俺は驚いたような表情をしている。


 この時の薔薇は赤じゃなくてピンクだったし、俺が驚いたような表情をしているのは薔薇を切ろうとしていた槐を止める時のものだと思う。写真が白黒で不鮮明だから色を赤と書いているけど写真を撮った本人はわかっているはずだ。わかっていて嘘の記事を書いている。


 こちらの壁新聞も鷹司家との昼食会の件が詳しく『盛大に脚色されて』書かれている。これだけ詳しい内容を書こうと思ったらあの場に居た者でなければ無理だろう。そしてあの場に居たのなら絶対にこの記事の内容が嘘や間違いだとわかるはずだ。わかっていてわざと嘘を書いている以外に有り得ない。


「なるほど……。噂の出所はこの壁新聞であり、この壁新聞の内容と掲載されている写真を用意出来るのは近衛家と鷹司家しか有り得ない。そういうことですね」


「「「…………」」」


 皆に確認するとお互いに顔を見合わせてからそっと頷いてくれた。これは俺だけの勝手な想像ではなく、客観的に考えてそれ以外にほぼ有り得ないということだ。


「そもそもで言えば正装で昼食会という催し自体がこの壁新聞を作るために開いたものだったのでしょうね」


「でしょうねぇ……」


 完全にやられた……。火のない所に煙を立たせるために全ては仕組まれていたんだ。


 普通に考えたらこんなことをしたって俺と伊吹や槐との婚約が決まるわけではない……、と普通なら思うだろう。でもそんなことはない。実際に本人達にその気がなくとも周囲が『そうなって然るべき』という空気になると逃れられなくなることがある。


 例えとして適切かどうかはともかく、例えば恋愛ドラマに出演した俳優と女優が、現実でもお付き合いして結婚相手はその相手以外は有り得ない!というような風潮に晒されるなんてことはよくあるだろう。すでに結婚もしている俳優女優ならそうはならなくとも、独り身のアイドルや若手俳優ならファンが『あの女優以外との結婚は認めない!』とばかりに圧力をかけることもある。


 それでも芸能人くらいなら適当に別れたとか報道すればそのうち熱も冷めるだろう。でもそうはいかないケースや身分という場合もある。俺達の場合がまさにそれだ。


 近衛家、鷹司家の御曹司に嫁ぐなんて同じ五北家やその分家筋、七清家、大臣家くらいまでだろう。それ以下でいきなり近衛・鷹司家に嫁ぐなんてことは滅多にない。あるとすれば何らかの政略的な意味や理由あってのことだ。


 しかも俺は随分前からあちこちから許婚候補宣言を受けている。元々大人達からすればいずれ俺が伊吹か槐と結婚するだろうと思っていた人も少なくないはずだ。それをこうして写真と共に流してしまえばもうそれが既成事実化されてしまうのも時間の問題だろう。


 一度既成事実化してしまえばいくら九条家が火消しをしようとしても消せるものではなく、むしろ『すでに決まったことなのに九条家側が覆そうとしている』なんて話になったら九条家が悪いとか、根も葉もない噂まで流されることになりかねない。


「はぁ……。今日は朝からとても嫌な気分ですね……」


「こんな騙まし討ちのようなことをしてもますます咲耶ちゃんに嫌われるだけだってどうしてわからないんでしょうね?」


 本当にそれだよなぁ……。こんなことをしても余計に俺が相手のことを嫌になるだけで関係なんてちっとも進みやしない。仮に一時これで噂が流れて本当に結婚するのかというような空気になっても、俺が絶対断固として嫌だと言えば恐らく両親は断る方向に進めてくれるだろう。それじゃ嘘をついてまで俺を婚約者にしようとした方まで余計なダメージがあるだけだと思うんだけどなぁ。


「あっ!咲耶お姉様!こちらでしたか!」


「桜……」


 壁新聞の前で少し考え事をしていると桜がやってきた。そう言えば桜だって俺が近衛家と鷹司家に招待されたことはサロンで見ていたはずだ。それなのにあの時桜はいつものように自分も自分も!と言わなかった。もしかして桜はあの時すでに何かを知っていたか察していたのだろうか?


「桜……、ここに書かれていることは……」


「ええ!出鱈目だってことはサロンの皆さんはご存知ですよ!こんな嘘の記事に流されるのは普段咲耶お姉様と接する機会もないような木っ端貴族ばかりです!」


「う~ん……?」


 自信満々にそう言い切る桜に俺は少し首を傾げた。確かにグループメンバーの子達はこんな記事を見ても信じないだろう。それと同じように俺とある程度以上親しい相手ならこんな壁新聞の記事じゃなくて俺の意見を信じてくれるかもしれない。


 ただそれがどの程度の相手まで信じてくれるかはわからない。五北会サロンなんて俺は疎まれているはずだしメンバー達からも煙たがられているんじゃないだろうか。そんな子達が俺の言うことなんて信じてくれるのかな?



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― 新着の感想 ―
[一言] おのれマスゴミめ!アプリコット出撃だ! でも槐がやるにはちょっと迂遠で効果薄いし 伊吹はちょっとこういうのできない感じで謎ですね。 でも2人ともツーショット写真見てニヤニヤしてそう。
[一言] 誤解を招くような真似はしないでいただきたいって普通に抗議して終わりじゃないかなあ それどころか今後のお招きを断る口実に出来るんじゃないだろうか 敷地内で写真撮らせて使わせておいて知らぬ存ぜぬ…
[気になる点] してやられましたね…近衛家と鷹司家の昼食会もこの噂を流すためにセッティングしたんでしょうね。 こんなことしたら当然咲耶様の心証が悪くなりますけど、伊吹や槐はともかく近衛家と鷹司家は咲耶…
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