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第九百五十一話「すっきりしない終わり」


 月曜日の朝、俺はいつも通りの時間に教室へとやってきた。


「御機嫌よう」


「おはようございます咲耶様!」


「御機嫌よう咲耶ちゃん」


「おはよー!」


 予想通りと言えば良いのか、いつも通りと言えば良いのか、教室にはすでに紫苑を除いたメンバーが勢揃いしていた。しかも今日はひまりちゃんとりんちゃんまで教室に来ている。朝の忙しい時間に他のクラスに来ることは珍しい。


「皆さんはパーティーのお話でもされていたのでしょうか?」


「はいっ!竜胆がパートナーになったのは少々気に入りませんけど女性同士のパートナーも受け入れられたようで良かったですよね!」


「まぁ……、そうですね……」


 薊ちゃんの言葉に曖昧に答える。確かに女性同士のペアでも受け入れられたようでよかったけど、竜胆がパートナーで気に入らなかったと言われても何と答えたものか困ってしまう。そうだったとも違うとも俺の口からは言えるものじゃない。


「これで次からは何の遠慮もなく咲耶ちゃんとパートナーになれますね」


「……ですが薊ちゃんや皐月ちゃんは、今回のように正式なパートナーになる前からパートナーのように行動していたことを一回とカウントされていますので……。この次は家格的に茅さん、その後からは他のグループメンバーの皆さんの順番になるかと思います……」


「そっ、そんなっ!?咲耶様!それって私も皐月と一緒に次の番が来るまでずっと先だっていうことですか!?」


「そうなりますね……」


 ちょっと申し訳なくは思うけど正式にパートナーとして発表する前から薊ちゃんや皐月ちゃんは俺の後ろについて非公式のパートナーのように振る舞っていた。今回竜胆がそれで二人は一回しているのだから自分に譲れと言ってそれを認めたのだから、順番待ちとしては薊ちゃんと皐月ちゃん、そして今回の竜胆は最後に回っているということになる。


 他の家のパーティーでは勝手に俺達が同性同士でパートナーになるというのは難しい。主催者に伝えて許可が貰えれば良いけど俺が参加するパーティーなんて近衛家や鷹司家のパーティーばかりだ。当然伊吹や槐は俺をパートナーに指名してくるので他の子達とは組めない。


 九条家のパーティーでは俺の自由に出来るからグループメンバーの子達とペアを組めるけど、年に一回の九条家のパーティーだけで皆順番に回ろうと思ったら少なくとも十数年、下級生達とも順番に組むとしたら次に薊ちゃんや竜胆に順番が回るのは二十年くらいかかるかもしれない。


「どうにかなりませんか!?」


「そう言われましても……」


「薊ちゃーん!こればっかりは譲れないよー!いくら私が譲葉でもー!あははーっ!」


「「「…………」」」


 譲葉ちゃんの駄洒落に皆は苦笑いを浮かべていた。でも同じことを思っているのは譲葉ちゃんだけではなかった。


「そうですよ。薊ちゃんも皐月ちゃんももう順番は終わったんですから順番抜かしは駄目ですよ!」


 いつもはおっとりしている椿ちゃんも順番抜かしには厳しいらしい。あまり怒っている感じはしないけど椿ちゃんにしては激しい自己主張をしていた。


「年に一回の九条家のパーティーだけでは順番が回るまで年数がかかりすぎます。パーティーの開催回数を増やすしかありませんね」


「「「そ・れ・だっ!」」」


 皐月ちゃんの言葉にメンバーの皆は食いついた。もしかして……、これから皆の家でもパーティーを開くとか言い出すんじゃないだろうな?


「自分の家でパーティーを主催してパートナーを咲耶ちゃんにすれば良いんですね!」


「ちょっと待ってください!それじゃ何回もパーティーを開いて自分ばかり咲耶ちゃんのパートナーになろうとする人が出てきませんか?」


「それにメンバーの中にはそんなに頻繁にパーティーを開けない事情の家もあるでしょ?そう簡単なことじゃないよ」


「「「う~ん…………」」」


 蓮華ちゃんと茜ちゃんの言葉に皆も唸って黙り込んでしまった。今の茜ちゃんの家の事情から考えてもまさにそうだろう。皐月ちゃんは家から勘当されているし芹ちゃんの家は地下家であまり裕福とは言えない。そもそも花梨や向日葵などもいる。花梨は地下家だけど芹ちゃんと同じだし向日葵なんてゲームのせいで家が貧しい設定だし……。


 蓮華ちゃんが言うように主催者がパートナーになれるのならば、何度もパートナーになりたいと思っている子が裕福ならば何度でもパーティーを開いてパートナーとなり、あまり裕福ではない家の子はずっとパートナーになれないことになる。


 それも家庭の事情や力関係なのだから仕方がないと言えばそうかもしれないけど、やっぱり俺達の間ではそういうのはナシにしたい。やるのならせめて俺達の中でくらいは皆に平等に機会が与えられる仕組みが必要だと思う。


「そもそもうちのような地下家ではパーティーと言っても簡単なホームパーティーしか出来ません。このメンバーくらいしか集まらない簡単なホームパーティーなら、ペアのパートナーとか関係なく皆さんで一緒に楽しむものだと思いますしあまり意味はないかと……」


「「「確かに……」」」


 芹ちゃんの突っ込みは相変わらず的確だ。グループメンバーくらいしか集まらない規模のホームパーティーだったらそもそもペアのパートナーだの何だの自体が関係ない。別にパートナーと一緒に挨拶を受けたりもしないし誰かに見られるわけでもない。メンバーだけのパーティーの時はいつもパートナーとかなく皆で一緒に楽しんでいる。


「堂上家の皆さんならともかく地下家や一般の方もおられますからね」


「あっ……、私のことは気にしていただかなくても大丈夫ですよ?」


 ひまりちゃんが自分のことを言われていると思っておずおずと答えていた。でもこれはひまりちゃんだけの問題でもない。


「もちろんひまりちゃんも含まれておりますがひまりちゃんだけのことではないのですよ」


「あっ、はい……」


 自分のために言われたと思っていたのかひまりちゃんはそう言われると恐縮していた。ただ実際にひまりちゃんのためだけではなく他にも地下家や一般の子のことも含めての話だ。それに堂上家といってもあまり裕福ではない家もある。そういった家にとっては頻繁に大規模なパーティーを開く負担は大変なものだろう。


「じゃあ主催者が咲耶様をパートナーに出来る形じゃなくて、誰が開いたパーティーでも順番にパートナーを交代していけば良いんですよね?」


「ただやっぱり主催者のパートナーでないと挨拶を受けたりファーストダンスを踊ったりしてもあまり目立ちませんが……」


「そっか……」


 薊ちゃんの提案に皐月ちゃんが冷静な突っ込みを入れてしまった。確かに主催者以外の子と順番にパートナーを組んでいけば順番は早く回ってくるだろう。でも主催者のパートナーでなければこれといってすることはない。九条家のパーティーに薊ちゃんと皐月ちゃんがペアですと言ってやってきても周囲からすれば『ふ~ん』という程度のことだろう。


 主催者のパートナーだからこそ主催者と一緒に招待客の挨拶を受けたり、開会や閉会の時も一緒に壇上に立ったりする。ファーストダンスとして全員に注目されている中で最初に踊ることになる。それらがなくただ自分達の中でだけ『この子とパートナーです!』と言っていてもあまり意味はない。


「どういう形にしろ難しいものですね」


「「「う~ん……」」」


 何か今朝は土曜日のパーティーの話で盛り上がるというより、むしろ俺とのペアをどうやって回すかの話ばかりに終始していたのだった。




  ~~~~~~~




 今日は皆一日中ずっとペアの話ばかりだったような気がする。俺も一応思いついたことは言っておいたけど結局今の所良い解決策は浮かんでいない。確かに一巡するだけで下手すると二十年近くもかかるとかいう話だと大変すぎる。どうにかしたいとは思うけど……。


 今日は父に早く帰ってくるように言われているので五北会サロンには寄らずに勉強会が終わるとすぐに習い事に向かった。蕾萌会とかだと時間割が決まっているから俺が早く着いたからとか遅れるからといって講義時間をずらすことは出来ない。でも百地流なら早めに始めて早めに終わってもらうことは出来る。


 そんなわけで今日は習い事を早めに終わらせて帰ってきたわけだけど……。


「それでお父様、お話というのは何でしょうか?」


「ああ。澤家のことについてまだはっきりとはしていないんだけど一応報告しておこうと思ってね」


「あぁ……」


 そういえばそんな話もあったな……。澤家と令法のことは父に丸投げしてからすっかり忘れ去っていた。一応俺も関係あるからと言われればその通りだ。むしろ令法が俺の上に落ちてきたことがきっかけなんだから俺も無関係ではない。


 ただ最近は皆と楽しく過ごしたり、お姉さん達にチヤホヤされたり、下級生達に慕われたり、色々と良いことばかりですっかりそんなどうでも良いことは考えなくなっていた。攻略対象である令法のことは俺だけじゃなくて九条家の破滅にも関わる可能性がある。そのことを忘れて気を抜きすぎていたようだ。


「澤家に咲耶に直接裏金のようにお金を渡してきたことについて問い詰めてみたんだけどね……。澤家が言うには『九条家のお嬢様に怪我を負わせてしまったことへの謝罪と賠償のつもりだった』と言うんだよ」


「……え?直接問われたのですか?」


 直接『お前は悪いことをしようとしたのか?』と聞かれて『はい。やろうとしました』なんて答える馬鹿はいないだろう。誰だってそれらしい言い訳なりをして逃れようとするはずだ。それなのに九条道家ともあろう者が相手に直接問い質して、違うと答えたから違うなんて調査結果を言うつもりなのか?


「もちろん裏でも調査はしているよ。だけどこれは裏取りが出来るまで放っておいて良い問題じゃなくてね……。もしうちがずっと何も言わなければそれを逆手に取られる可能性もあるから、九条家としても正式に表立って抗議や問い合わせをする必要があったんだよ」


「それは……、そうですね……」


 父の渋い表情を見て俺も苦渋の決断だったことを理解した。それはそうだ。もしこれで九条家がこの件についていつまでも放置していては黙認しているとか、また別の機会に渡してくることを認めていると言い触らされかねない。


 もし澤家が九条家のスキャンダル狙いでわざとやっていたのなら『何日経っても九条家から抗議も問い合わせもなかった』と言い張るだろう。それでは九条家が裏金を黙認しているとか、別の機会にもう一度持ってこさせようと考えていると言われたら反論出来なくなってしまう。


 貴族というのは面倒なものでいちいちそういう時に自分の意思表示や表明をしたり、立場を明らかにしなければならない。曖昧なまま時間経過で風化するだろうと放っていると後でそのことを追及されて反論に説得力がなくなってしまう。


 父としてもじっくりと澤家の裏について調べたかったのだろうけど、その裏がはっきりするまで泳がせようなんて甘い対応をしていたら九条家は裏金を認めた、何なら裏金を積極的に催促しているとまで言われかねない。そうさせないためには出来るだけ早めに正式な場と形で抗議や問い質す必要がある。


「保護者同士で話し合いもせずに一方的にお菓子の下にお金を入れて持ってきたことは非常識ではあるけど、だからといって今更現物もないのにお菓子の下にお金が入っていたという証拠もないしね。あまり表沙汰にすると澤家よりも九条家と九条派閥にダメージが入ってしまうからパパとしても困ってるんだよ」


「お父様の心中お察しいたします……」


 父はこれまで清廉潔白に生きてきた。ゲームの九条道家がどうだったかはもうわからないけど、少なくともこの世界の父は不正をしてお金を得ようとするような人じゃない。だから派閥・門流にも厳しくそういうことをしないように言い聞かせていたはずだ。それなのに半家である澤家にこんなことをされては手酷い裏切りを受けたと言っても過言ではない。


 本当なら父ももっと慎重に澤家の裏にあるものを調べたかったに違いない。でも時間や周囲の都合上それも難しかった。今でもまだ調べてはいるだろうけど九条家が直接公式に問い合わせた以上は澤家も警戒しているだろう。そう簡単に尻尾を出すとは思えない。


 そもそも誰かに指示されて九条家のスキャンダルを作ろうとしていたのならば九条家の調査が入ることは想定内だったはずだ。もし九条家が抗議や問い合わせをしていなければずっと黒幕と接触せず素知らぬ顔で時間を稼いでいた可能性もある。それを思えば今回の父の決断は間違いとは言えない。


 今後も調査は続けるようだけど今回の件はこのまま『澤家が主家の娘に怪我をさせたと思い、慌てて慰謝料や賠償を払おうとした』という形で終わるのだろう。何ともすっきりしない結末になったけどこれ以上はどうしようもない。


 これが澤家が本当に慌てて起こしたことではなく誰かの指示でやったことなのだとしたら……、その相手はかなり面倒な相手かもしれないな……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 咲耶様のパートナー問題、やはり細かく時間で交代制にするしかないのだろうか。。。
[一言] 黒幕はやはり……
[気になる点] >「─咲耶に直接──お金を渡してきた──問い詰めてみたんだけどね……。澤家が言うには『九条家のお嬢様に怪我を負わせてしまったことへの【謝罪と賠償のつもりだった】』と言うんだよ」 >「─…
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