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第九百四十九話「ダンス」


 パーティーが始まり挨拶を終えた一団は会場の隅に近い場所に集まっていた。


「そろそろ咲耶ちゃんの挨拶も終わるでしょうしここで待っていましょうか」


「そうですね」


 順番が早かった上位の家の者達はすでに集まっており、順次順番の遅かった者達も合流している。次第に人数が膨れ上がっていく中で向日葵も待ってくれていた花梨と一緒にグループに合流した。


「やっぱりこのグループは人数といいメンバーの顔ぶれといい目立ちますね」


「顔ぶれというのは私にはよくわかりませんけど……、目立って注目されているのはわかります」


 合流した花梨はこのグループが周囲から注目されていることを再確認してそう言った。向日葵はこのグループメンバーが錚々たるメンバーであるとか、貴族社会においても影響力の大きい者達の集まりであるという実感はない。しかし周囲が自分達の方をかなり注目していることはヒシヒシと感じていた。


 周囲から注目を浴びて居心地が悪い中で暫く待っていると九条様が下級生達を連れて合流された。その姿を間近で見て向日葵はうっとりした表情を浮かべた。


「はぁ……。やっぱり九条様は素敵ですねぇ……」


「そうですね~……」


 挨拶の時にも見たがこうして間近で九条様のお姿を見ると毎回そう思わずにはいられない。凛とした佇まいに美しい所作。今日のパートナーである久我竜胆様を優雅にエスコートされているお姿はまさに全女性の憧れと言っても過言ではない。


 しかし九条様はそれだけではなく、普段はとても心優しく一般外部生でしかない向日葵にも分け隔てなく接してくださる。そして何よりも実はちょっとお茶目で天然なところがあるお方だ。常人とは感性が違うというのもあるのかもしれないがあまりに世間知らずであったり、天然であったり、とても可愛らしい一面も持っておられる。


 向日葵はただ美しい九条様に憧れているだけではない。そうした九条様の世間には知られていない内面も含めて全てを敬愛している。そう……、ただ敬愛しているだけのはずなのだ。この気持ちはそれ以上でもそれ以下でもあってはならない。そう思えば思うほどに向日葵の胸はギュッと苦しくなってくる。


 そんなことを考えていると合流されて他の方々と言葉を交わされていた九条様とばっちり目が合ってしまった。それだけで向日葵は一気に動悸が激しくなりどうすれば良いかわからなくなる。


「九条様!本日はおまねり……、おみゃねぎ……、お招きいたでゃき……」


 どうすれば良いかわからなくなった向日葵はしどろもどろになってすでにした挨拶を繰り返していた。それを見て九条様はクスリと微笑まれると向日葵の両手を取り、真っ直ぐに顔を合わせて声をかけてくださった。


「ひまりちゃん、落ち着いて。それにその挨拶はもう聞いたわ。まずは深呼吸しましょう。私の方を見てください。そして吸って~……、吐いて~……」


「すぅ~~~っ……、はぁ~~~っ……」


 言われた通りに深呼吸を繰り返す。徐々に気持ちが落ち着いてくると同時に目の前の九条様のお顔にますますドキドキしてきた。長いまつげ、艶のある唇、主張しすぎない鼻、大きな瞳、その全てのバランスが奇跡のように整っている。そのお顔を見詰めているだけで頬が熱くなり、こうして見詰められていると思うだけで思考が鈍くなる。


(こんなこと思っちゃだめなのに……、女性同士なのに……、私……、やっぱり九条様のことが……)


「やっぱ……可愛……」


「え?あの……?」


 完全に自分の思考に囚われていた向日葵は九条様が何とおっしゃったのかちゃんと聞き取れなかった。失礼なことをしてしまったと思って聞き返す。


「あっ!いえ……、そのドレスもメイクもとても良くお似合いですよ」


「はぁ……?あっ!ありがとうございます!」


 一瞬何を言われたかわからなかった向日葵は自分の姿を褒められたと気付いて慌ててお礼を述べる。フワフワと地に足がつかないような夢見心地のままでいると九条様は他の方との会話に戻られた。


(あぁ……、やっぱり私は九条様のことを……)


「藤原さん……、恋する乙女の顔になってるよ」


「えっ!?いえ……、そんな……、私は……」


「お?藤原さんも私のライバルか~……。これは強敵だね」


「……ん。向日葵は強敵」


「ちょっと皆さん!?」


 向日葵が九条様をうっとりした表情で見ていると花梨、鬼灯、鈴蘭がやってきた。からかわれていると思った向日葵は三人に抗議したが三人とも笑っているだけで結局撤回はしてくれなかったのだった。




  ~~~~~~~




 パーティーもそれなりに進んだ頃、竜胆は咲耶お姉様にエスコートされながらパーティー会場を回っていた。


 咲耶お姉様としては出来ることならばグループメンバー達とずっと一緒に居たいと思われているのかもしれない。しかしパーティーの主催者としてずっとグループメンバーとだけ一緒にいるわけにもいかない。そんなわけで途中途中である程度はパーティー会場を回ってあちこちの様子を見たり声をかけたりしていく。


 女性として完璧である咲耶お姉様は男性側の立ち回りも完璧だった。エスコートされている竜胆はこれまでのどんな男性のエスコートよりも咲耶お姉様のエスコートの方が素晴らしいと実感していた。しかしそんな夢のような時間を台無しにする輩がやってきた。


「おい咲耶!そろそろダンスの時間だろう!俺様と最初に踊れ!」


「「「…………」」」


 近衛伊吹の登場とその言葉によって今まで咲耶や竜胆と楽しげに話していた招待客達が静まり返った。


「はぁ……。近衛様……、ファーストダンスはパートナーと踊るものでしょう?本日の私のパートナーは竜胆ちゃんです。当然ファーストダンスは竜胆ちゃんと踊ります」


「咲耶お姉様っ!」


 近衛家の御曹司を相手にきっぱりと言い切った咲耶に竜胆は熱い視線を向けた。相手が誰であろうと間違っていれば間違っていると堂々と指摘する。そんなことが出来る者が果たしてどれほどいることだろうか。しかも自分を庇ってくれているとなれば感動しないはずがない。


「何がパートナーだ!パーティーのペアは男女だと決まっている!だから俺様と踊れ!」


「このパーティーで私のペアのパートナーは竜胆ちゃんだと正式に発表しております。そのことについて部外者の方に何か言われる筋合いはございません。ご不満がおありでしたらどうぞお帰りください」


「いくら何でもそれはないんじゃないかな?九条さん。パーティーに招待しておいて招待客に帰れというなんて主催者として失格だと思うよ」


 そこへ鷹司槐も口を挟んできた。一見正論を言っているように聞こえるが竜胆はまったく納得出来ない。頭に血が上って捲くし立てようとしたその時……。


「この国の作られた常識として所謂『お客様は神様』というような間違った考え方が浸透しておりますが、昨今ではそこからさらに勘違いされた方が『自分は客なので神として扱え』とばかりに横暴に振る舞われておりますよね。ですがそういった方々は『お客様』ですらないのです。横暴や理不尽を行う方を『お客様』として扱わない権利は店側や主催側にもあります。そして貴方がたがそのように振る舞われるのでしたら私は主催者として貴方がたを招待客とは思いません」


「なっ!?このっ!言わせておけば!」


「九条さんはそれでいいの?それは近衛・鷹司を排除するっていう意味だってわかってる?」


「そういうところが横暴や理不尽だと言っているのです。そういった方々から真っ当な招待客の皆様をお守りすることも主催者の役目です。まだ何かご不満がおありでしたらどうぞお帰りください」


 竜胆だけだったらただ頭に血が上って喚いていただけだろう。しかし咲耶は理路整然と、そしてきっぱりした態度で近衛、鷹司の御曹司に言い切った。その姿に竜胆は下腹部がキュンキュンするのを抑えられない。


「くっ!」


「はぁ……。仕方ないね……。九条さんがそこまで頑ななんだったらこちらが折れるしかないよ、伊吹」


「ちっ!ファーストダンスは久我でいい!でも後で俺様とも踊ってもらうからな!」


 負け惜しみを言うと近衛、鷹司の両名はそそくさとその場から立ち去った。その瞬間周囲からワッ!と声が上がった。


「う~ん……。次代がこれでは五北家の勢力図が変わるなぁ……」


「今のうちに九条家とお近づきになっておいた方が良いな」


「さすが九条様!近衛様、鷹司様を相手にあれだけきっぱり言い切れるなんてさすがです!」


 周囲の評価を聞いて竜胆は何故か自分のことのように鼻が高い気持ちだった。


「さぁ、竜胆ちゃん。それでは私と踊っていただけますか?」


「はいっ!喜んで!」


 その勢いでそのままダンスが始まる。まだダンスの時間ではなかったというのに九条家のスタッフはその場に合わせてすぐにセッティングを済ませて二人のダンスを演出する。突如始まったダンスにホールの中央が空けられて咲耶と竜胆が踊り始めた。


「あぁ……、まるで夢のようです、咲耶お姉様!」


「ふふっ。何も夢ではありませんよ。さぁ、皆さんに私達のダンスを見ていただきましょう」


「はいっ!」


 招待客全員に注目されている中でのダンスは緊張するがそれよりも喜びの方が勝る。しかし咲耶との楽しいダンスの時間はあっという間に過ぎてしまった。


「わぁっ!」


「素敵でした!」


「素晴らしい!」


 咲耶と竜胆のダンスが終わると一斉に拍手が鳴り響いた。竜胆は素敵な時間が終わってしまったことを残念に思いながらも大満足だった。


「よし!次は俺様と……」


「お~っほっほっほっ!次はわたくしが踊って差し上げますわよ!九条咲耶!」


「おい!次は俺様が……」


「おどきなさい!次はわたくしが九条咲耶と踊るのですわ!」


 次に名乗り出た伊吹を押し退けて百合が咲耶の手を取る。すでに踊る姿勢になっているのでそのまま次のダンスが始まってしまった。


「くそっ!一条百合め!」


「まぁまぁ……。家格から考えて次は僕達の番だろうしもう少しくらい待とうよ」


 槐はそう言って伊吹を宥めた。しかし伊吹と槐の番が来るのはもっと遥か後の話だった。


「きぃっ!九条咲耶!百合様とあんなに楽しげに踊るなんて!許せない!許さない!それなのに……、悔しいのに……、何なのこの気持ちは~っ!はぅんっ!」


 咲耶と楽しげに踊っている百合を見ながら躑躅は体をビックンビックン痙攣させていた。そしてそれをじーっと見ていた紫苑と目が合った。


「なっ……、何よ!」


「…………」


 躑躅が声をかけても紫苑は何も言わない。そして無表情だったその顔がニィッと笑ったかと思ったら何故かサムズアップされてしまった。それを受けて良い笑顔で躑躅も親指を立てると……。


「くたばれ!」


 親指を逆さにして紫苑にガンを飛ばしたのだった。




  ~~~~~~~




 九条様のダンスは華があり目立つ。とはいえファーストダンスは九条様が久我様と一緒に踊られて周囲も見ているだけだが、それ以降になれば他の招待客達も踊りだす。常に全員から見られているわけではないので後の方が注目度も下がることになる。


 それでもやはり目立つ上に踊られているのは上位の家の方々ばかりだ。そんな様子を隅の方で見ながら向日葵はうっとりしていた。九条様の踊っておられる姿を見ているだけでもうっとりしてしまう。しかしそれと同時に空しさや悔しさも感じていた。


 どうして自分はあそこにいないのか。自分も九条様と踊ることが出来れば……。そうは思うが一般外部生でしかない自分があの中に割って入る勇気はない。グループメンバーだけでなく九条様と踊りたい女性は山ほどいるのだ。グループメンバーの皆さんは上位の家の方々なので他の招待客も順番を待っているが、そこに自分のような者が交じれば顰蹙を買うのは目に見えている。


 自分が非難されるだけならまだしも自分の勝手な行動によって九条様の評判まで下げてしまうわけにはいかない。そう考えた向日葵はただ隅の方で九条様のダンスを眺めているだけだった。しかし……。


「ひまりちゃん、私と踊っていただけますか?」


「えっ!?」


 下がられた九条様を目で追っていると自分の目の前までやってきてそんなことを言われた。休憩のために下がって飲み物でも飲むのかと思っていた向日葵はその言葉を聞いても理解が追いつかない。


「駄目ですか?」


「あっ!いいえ!駄目じゃありません!こちらこそよろしくお願いします!」


 悲しそうに笑われた九条様のお顔を見て向日葵は慌ててその手を取った。隅の方で少し踊るだけかと思った向日葵の予想に反して九条様はホールの中央まで向日葵をエスコートするとそこで踊りだす。


「あっ、あのっ!?私こんな目立つ場所で踊るほどダンスが上手じゃないです!」


「そんなことは関係ありませんよ。周囲なんて気にしないで……、私だけを見て踊ってください」


「はっ、はひっ!」


 そう言われて九条様を見てみれば……、優しそうな素敵な笑みを浮かべられていた。もしかしたら自分のような下手なダンスでも楽しんでくれているのかもしれない。そう思うと向日葵は自分も何だか楽しい気分になってきた。


 キュッ!と腰を寄せられて胸と胸が触れ合う。顔が間近に迫ったかと思うと急に離れてクルリと回る。こんな楽しいダンスの時間がいつまでも続けば良いのにと思ってしまう。しかしそんなダンスの時間もあっという間に終わり九条様はまた他のメンバー達と踊っていく。


 それからパーティーが終わるまでダンスに引っ張りだこだった九条様のダンスを見ながら、向日葵はまたいつかこんな場で九条様と思う存分踊りたいと願ったのだった。



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― 新着の感想 ―
槐も最近は家の力をチラつかせるようになって来たよね。腹黒王子化しても意味深にニチャってたり浅知恵程度だったのに
[一言] 咲耶ちゃんが体力お化けじゃなかったら死んでたな( ˘ω˘ )
[良い点] 咲耶様、向日葵ちゃんと順調に百合フラグを構築中。咲耶様なら百合ハーレムも容易いものですね。皆がJDになって夢見る時を過ぎたら黒歴史になりそうですが。 [気になる点] …百歩譲って要求するの…
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