第九十四話「伊吹と槐」
今日は久しぶりに皆で食堂に来た。本当に久しぶりのような気がする。皆でいつもの席に座りながらお出掛けについて話し合う。
「日時や行き先は前の予定通りということで良いわよね?」
「そうですね~……。変更する理由もないですし、日もあまりありませんからそれで良いかと」
約束の日が変わったわけじゃないから何か変更しなければならないということはない。それに椿ちゃんが言う通りあまり時間もないし、今更急遽変更というのはしない方がいいだろう。それよりも前のプランをもっと練りこむ方がよほど良いと思う。
「あっ!でも私はやっぱりこっちも行きたいな~」
「ちょっと譲葉!それは前に決めたことでしょ!また蒸し返すつもり?」
「「「あははっ!」」」
皆笑顔で話し合う。とても穏やかな日常だ……。前までは当たり前だと思っていたこんな日常も、あんなことがあって簡単に壊れてしまった。こういう当たり前のように思える日常が、実は当たり前じゃないんだとようやく俺は思い知った。だから……、この大切な日々をもっと……。
「あっ!見て!咲耶ちゃんよ!」
「ほんとだ!かわいー!」
「御機嫌よう咲耶ちゃん」
「あっ、御機嫌よう」
ああ……、前まで通りの日常じゃなかった……。俺の日常だけは激変してしまった。
もちろん薊ちゃんや皐月ちゃん達との繋がりは何も変わらないけど、俺は学園で人に会うたびに声をかけられるようになった。もちろん全員が全員挨拶してくるわけじゃないけど、少なくとも今日は誰かに見られるだけでさっき見たいなことを言われている。
可愛いとか、綺麗とか、色々言われて、場合によっては声をかけられて挨拶する。完全に有名人とか珍獣扱いじゃないだろうか。
薊ちゃんはそういう人達を見てかなり怒っている。そして俺もまぁ薊ちゃんの言い分もわからなくはない。随分勝手なものだと思う。
「また!今頃掌を返して咲耶様咲耶様って!本当に勝手ですよね!」
「まぁまぁ……」
そう……。薊ちゃんが言うように、昨日の全校集会や今日のポスターを見てからこんな風に掌返しされても白々しい。こういう人達はまた何かあればすぐに掌返しするんじゃないかと思ってしまう。
元々俺のことなんてほとんど知らず関わったこともない。ただ噂や壁新聞を見聞きして勝手に俺を悪者だと思い込んで散々責めたくせに、いざ容疑が晴れて近衛や鷹司まで俺の味方をしていると知るとこうも都合良く掌返しをする。
確かに信用出来ない。納得も出来ない。随分都合の良いことだと思う。
でも……、だからってムキになって反発することもないだろう。彼ら彼女らは俺のことなんて知らなかった。だからただ噂に流された。今はその噂が嘘だとわかったから態度を改めた。ただそれだけのことだ。人間なんてそんなもんだろう?彼ら彼女らだけがこうなんじゃない。誰だってそうだ。
もちろん俺が彼ら彼女らに抱く印象は最悪だ。今後そんなに親しくなれる気もしない。でもだからってわざわざ反発して敵を作る必要もない。近くて遠い他人なんだ。それなりに付き合って、適当に流しておけばいい。無理に媚びる必要も敵対する必要もないだろう。
「私には皆さんがいます。それだけでいいのですよ……」
「――ッ!咲耶様!大好きです!あの時の言葉をもう一度言ってください!私も咲耶様のことが大好きです!」
「いや、あの……」
薊ちゃんが何のことを言っているかわかっている。ポスターの煽りにも書かれている言葉……。俺があの時……、皆と抱き合う時に言った言葉……、『皆……大好きです』
あ~~~っ!思い出しても顔から火が出そうだ!恥ずかしい!恥ずかしすぎる!
いや、嘘とかじゃないよ?本心だよ?というか本心だからこそ余計に恥ずかしい!ああああぁぁぁ!!!
「咲耶ちゃん!私ももう一回聞きたいな!」
「咲耶ちゃん……」
「あああぁぁっ!もう許してください!」
皆で迫ってくる!でも絶対これはわかっててやってる!俺が恥ずかしがってるから面白がってるだけだ!
ああ……、でも……、こんな日常が今は愛おしい……。
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放課後は皐月ちゃん、薊ちゃんと並んでサロンへと向かう。これも随分久しぶりだ。
「御機嫌よう」
「咲耶!何で俺に何も相談しなかったんだ!」
パタン……
俺は開け放った扉をすぐに閉めた。
「おい!咲耶!」
折角扉を閉めたのに鬱陶しい奴が自分から開けて俺をサロンに招き入れた。
「あんなことがあるのなら何で俺に言わなかったんだ!」
うわぁ……、面倒臭い……。サロンに来たらいきなり伊吹に絡まれた……。本当に面倒臭い……。
「大変だったね九条さん」
「鷹司様……」
槐までやってくる。こいつら肝心な時に何の役にも立たないのに面倒な時だけは首を突っ込んでくるな。まぁ伊吹辺りに何か言ってたら余計に引っ掻き回して失敗してただろうし、近衛母が何故伊吹に何も教えていなかったのかを考えれば推して知るべしだろう。
「え~……、近衛様のお手を煩わせるようなことでは……」
「ふざけるな!」
「……え?」
目に涙を溜めた伊吹が今まで聞いたこともないような声で怒鳴った。その顔は本気で怒っている。槐の方を見てみればそちらも怒った顔をしていた。
「お前は……、お前は人の気も知らないで!」
「あ……」
伊吹はサロンから駆けて出て行った。あの顔は……、本気で怒ってたな……。
「ねぇ九条さん……。友達を心配するのがおかしいかい?友達が何も相談してくれず、自分が知らない所で苦しんで、そして勝手に解決して……、言葉で冷たくあしらわれて……、それってどう思うかな?」
「…………申し訳ありませんでした」
槐に諭されて……、頭を下げた。
俺は伊吹や槐を遠ざけている。ゲーム通りになったら俺や九条家は破滅しかねない。だから……、とにかく関わらないでおこうと距離を置いている。それはいいだろう。でも……、伊吹や槐は俺のことを友達として見てくれている。それなのに俺はその心配してくれている友達を冷たくあしらって……、最低じゃないか?
もし自分が逆の立場だったらどう思う?薊ちゃんや皐月ちゃんが何かで困っていて、それなのに俺に相談もしてくれず、他の友達を頼ってそれを解決して、そのことを聞いたら冷たくあしらわれたら……、俺ならどう思う?死ぬほど落ち込むだろう……。
俺が今伊吹や槐にしていることはそれと同じだ。何も伊吹や槐と恋人や許婚になれとかならなければならないという話じゃない。二人は俺のことを友達として心配してくれているのに……、俺は本当に最低だ。
「僕じゃなくてさ、伊吹を追いかけて……」
「その必要はありません!」
入り口でそんなやり取りをしている俺達に向かって声がかけられた。声をかけたのが誰か考えるまでもないだろう。それは……。
「今近衛様を追いかければとんだ勘違いをして咲耶ちゃんにキスを迫ったりするでしょう!そんなことは見過ごせません!近衛様のことですから三歩も歩けば忘れるでしょう!それよりも咲耶ちゃんは私とのお出掛けの約束について話し合いましょう!」
「「うわぁ……」」
俺と槐の声が重なった……。茅さん……、近衛門流の正親町三条家がそこまで言う?それはさすがにやばいんじゃない?それにさすがにさっきのは俺も悪かったと思うんだけど……。
「おい……、何で追いかけてこないんだよ……」
「うわきゃっ!」
そして後ろから声をかけられて俺は飛び上がった。暗い声だ。いつもの俺様な声とはトーンが違うけど誰の声であるのかは考えるまでもない。
「こっ、近衛様……、走り去られたのでは……?」
「すぐ追ってくるかと思ったら誰も追ってこないし……」
うわぁ……。こいつ本当にとことん面倒臭いな……。でも……、あれ……?ゲーム『恋に咲く花』の『俺様王子』近衛伊吹ってこんな奴だっけ?何かかなり変わってしまっている気がする。いくらまだ小学校一年生だからってこれが将来あの『俺様王子』になるとは思えない。
どういうことだろう……。やっぱり俺がゲームの九条咲耶と違う行動を取り続けているから未来が変わってしまっているのか?
ゾクリと……、何か首筋に冷たいものを感じた……。
このまま……、本当にこのまま進んで大丈夫か?良い方向に変化するのなら良い。俺様王子が人の心がわかる心優しい王子様に育ってくれるなら良いだろう。でも……、本当にこのまま進んで大丈夫か?
伊吹や槐については別にいいとしよう。でも……、こうして変化しているのはこの二人だけじゃない。明らかに現時点ですでに咲耶お嬢様グループの関係性も変わってしまっている。ゲームの時も確かに薊ちゃんは咲耶お嬢様一直線だったけど、それでも今とはかなり違う。
他の咲耶お嬢様の取り巻き達だってそうだ。もっと高慢なご令嬢みたいな、『おらおら道をあけろ!』『咲耶様のお通りだ!』みたいな集団だったはずだ。
それが今はどうだ?ただの何か百合百合しいキャッキャウフフな集まりになってないか?
いや、それはいいんだよ?俺の望んだ通りだ。この変化は望ましい。でも……、果たしてそれだけか?この前の事件だってあまりにおかしい。ゲームの『恋花』にあんな大事件のことは書かれていなかった。いくら咲耶お嬢様が端役のライバル令嬢役だったとしても、あれほどのことがあれば公式に何か書かれているはずだろう。
でも実際にはそんな情報は何もなかった。この世界はゲーム『恋に咲く花』からあまりに変わりすぎている。
このままこの世界が変わっていったら……、全て順調に行くと思うか?この咲耶お嬢様に異常に厳しいこの世界で?
あり得ない。そんなことは絶対にあり得ない。
もしかして……、これからもっと……、大変なことが起こるんじゃないのか?九条と一条の争いなんて『恋花』には出てこなかった。もし……、この争いがもっと深刻化して、泥沼化するとしたら……。咲耶お嬢様はもっと大変な目に遭うんじゃ……。
なら……、今のうちに味方を作っておくんだ!この前の件では皐月ちゃんや薊ちゃんグループ、茅さんや近衛母に助けられた。それは俺がこの世界で親しくなった人達だ。そういう人の助けがなければ俺はもっと酷いことになっていただろう。
だったら……、伊吹や槐も仲間に引き入れるんだ……。
何も恋人や許婚になろうって話じゃない。ただ友達になって、何かあった時に味方になってくれるように……。そんな打算の関係が本当に友達だと言えるかどうかはわからないけど……、でも、少なくとも向こうは今でも俺のことを友達だと思ってくれている。
俺も……、最初は打算だったとしても、まずは伊吹や槐に歩み寄ってみよう。
「近衛様……、申し訳ありませんでした。そしてありがとうございます」
「…………デート」
「…………は?」
伊吹に頭を下げると……、ボソリと何か呟いた。俺が問い返すと顔を赤くしてソッポを向きながらもう一度口を開いた。
「俺とデートしろ。そしたら許してやる」
「…………は?」
何言ってんだこのマセガキ。ぶん殴る?ぶん殴る?
「咲耶様が無表情に……、こんな表情もされるのですね!最近は色んな咲耶様が見られて薊は幸せです!」
「近衛伊吹殺すべし!慈悲はない!」
「茅さん……」
凄い形相になっている茅さんが伊吹の後ろにユラリと立つ。これはあかんやつや。本気で殺しかねない。
「デートはお断りですが……、これからはもっとちゃんとお友達としてお互いに知り合いましょう。鷹司様も、ね?」
「おっ、おう!」
「僕も仲間に入れてくれるの?」
伊吹は鼻をスピスピさせながら何故か威張り散らし、槐も柔らかく微笑んでいた。
「さぁ咲耶ちゃん!そんなことよりお姉さんとお出掛けのお話をしましょう?」
「あっ!ちょっ!茅さん!?」
まだ伊吹達と話をしているのに茅さんに引っ張られていく。
「ちょっと!正親町三条様!」
「私もお話に同席させていただきます!」
引っ張られる俺の左右に薊ちゃんと皐月ちゃんがついてくる。何かもう滅茶苦茶だけど……。
「あはっ!」
「咲耶様!何を笑っておられるのですか!?」
「そうですよ咲耶ちゃん……。身の危険が迫ってるのですよ?」
「だって……、あははっ!」
何だかおかしくて愛おしい。ようやく……、ようやくこうして日常が戻ってきたんだ。願わくばこの平穏な日常がずっと続きますように……。




