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第九百三十四話「澤家」


 落ち着いてから今朝のことをずっと考えているけど結局よくわからない。何故令法はあんな場所で山吹色のお菓子なんて差し出してきたのか……。


 主家の娘に怪我を負わせそうになったから謝罪の品を贈ったり、面会を求めるというのはあるかもしれない。でもそれは相応の場を設けての話だろう。どんな馬鹿でも賄賂を渡す時に人前で堂々と渡す馬鹿はいない。自分達だけしかいない会談や面会の場でこっそり渡すものだ。


 そもそも九条家……、父はそういったことに厳格な人で他人からの賄賂や裏金なんて一切受け取らない。ゲーム『恋に咲く花』では九条家は裏金だの裏帳簿だのそういったものをたくさん出されて破滅している。でもこちらでは父はそういったことは一切していないのは間違いない。


 俺は兄と一緒に父の仕事を手伝うようになってから色々と調べてみた。兄にも協力を頼んで二人で調べたり確認したから間違いない。父はそういったことには厳しく、万が一賄賂を持ってきた者がいたら逆にそいつを告発して相応の罪を償わせるほど不正を許さない人だ。


 そんな父の教えや考えもあって九条派閥・門流の間でも清廉潔白が信条となっており、安易にそういったことに走る者はいない……、はずだった。でも今回の澤家のやり口はまるで賄賂や裏金を渡すかのようなものだ。


 例えば令法が落ちてきて俺も怪我をしたというのなら澤家から九条家にお金が支払われることそのものはおかしくないだろう。怪我の補償や賠償、慰謝料などというものを支払うというのなら何らおかしくはない。あるいははっきりと怪我をしていなくとも慰謝料を払うということそのものは有り得る。


 でもそれは正式な場で大人同士が話し合って決めることだ。あんな菓子折りの下に現金を仕込んでこっそり渡すようなものじゃない。それは父が大嫌いな賄賂や裏金ということになる。


 澤家だって半家ながら九条門流としてこれまでやってきたはずだ。それなら父がそういったことを許さない人だということはわかっているに違いない。それなのに何故そんなあからさまな方法で裏金を渡そうとしてきたというのか?


 令法は俺にあれを渡さないと家に帰れないと言っていた。もしその言葉が本当であるのならば令法の独断ではなく両親のどちらか、あるいは両方から言われてやったということになる。


 子供である令法が主家の娘に対して怪我を負わせかねないことをしてしまったから慌ててお金を持ってきたというのならわからなくもないけど、大人であるはずの澤家の両親がこんな杜撰な方法でお金を渡してこいなどと息子に命じるというのはどういうことなのか。


 何の証拠もないけど……、この状況だけで考えたら……、澤家はわざと人に見える場所で令法から俺にお金の受け渡しをさせようと考えていたとしか思えない。


 少なくともこの世界では何の証拠もないし根拠もない話だけど……、ゲーム『恋に咲く花』においては令法と澤家が令法ルートで九条家を破滅させることに手を貸すことを考えたら、まったく有り得ないと笑って済ますことは出来ない。


 ゲームにおける九条家の破滅も結構不自然なものが多い。ある日突然九条家ほどの家が傾く、あるいは一瞬にして破滅するなんて普通では有り得ないことだ。少なくともこの世界を生きてきた俺ならそれがわかる。多少の不正を暴かれたとか、事故や悪評があったくらいで九条家と九条グループが傾くなど有り得ない。


 前世の日本でも財閥系大企業や世界的自動車メーカーは多少のことがあってもビクともしなかった。事故や悪評の結果一時的に株価が下がろうが、短期的に大きな損失を出そうが、その程度のことでは大企業はそう簡単には潰れない。何なら何期も連続で大赤字を出したって潰れないくらいだ。


 ゲーム内でも九条グループは他のグループに買収されたりするだけで完全に会社やグループそのものが潰れているわけじゃない。九条家の不正が暴かれたり、粉飾決済や裏帳簿が明るみになり、株価は暴落し、資金繰りが立ち行かなくなり売却、買収されていく。


 俺が咲耶お嬢様になったことで父や母に多少の影響があったとしても、これまで企業として長年行ってきたことはそう簡単には変えられないはずだ。この世界の父が『映画版綺麗な道家』になっていたとしても、九条グループが会社として長年不正を行ってきたのならいきなりそれをやめさせることなど出来るはずもない。逆もまた然り。


 つまりこの世界で九条グループを調べても不正がなかったということは、父が俺の影響で変わる前から九条グループは不正を行っていなかったということだ。それは即ちゲーム世界でも父や九条グループは大々的、組織的な不正は行っていなかったということになる。


 もちろん長く暮らしている間にゲーム世界では本来会社の経費で落ちないものを経費として計上していたとか、公私混同したかのような会社資金の使い方は行われていったのかもしれない。でもそれだけで会社や九条家が傾くほどのものには成り得ない。せいぜい税務署に指摘されて修正して申告するとかその程度のものだろう。


 あるいはそれが進みすぎて多少の不正があったとしても九条グループや九条家が傾くほどの大金を短期間に使い込む方が難しい。それなのにゲームでは実際に九条グループは買収、解体され九条家は破滅している。ゲームだったら『作り話だから』で済んだことでも、こうして現実になるとそれがいかに現実離れしたことだったのかよくわかる。


 こちらの世界の父が不正をしていないからとか、ゲーム世界の九条道家が多少の不正をしていたとか、そんなことに関係なく……、九条家が吹っ飛ぶほどのことが起こるということは誰かしらの、何らかの意思と力が働いていたとしか思えない。


 そう……。はっきり言えばゲーム『恋に咲く花』における九条家の破滅は誰かに嵌められたとしか思えないということだ。いや、そうでなければ有り得ないとこの世界に来た俺ならはっきりとわかる。


 例えばゲームにおいては信頼関係を築けなかった咲耶お嬢様が、西園寺皐月・躑躅姉妹や東坊城茜によって嵌められていたとするならば……、父や母、九条家だって何者かによって嵌められたんじゃないのか?


 九条家や九条派閥・門流に入り込み、あるいは元々は九条派閥だった者を取り込み、九条家を嵌めて破滅させるために裏から手を回していた者が居たに違いない。でなければいくらゲームといえど九条家ほどの家をそんな簡単に潰せるとは思えない。


 その九条家を嵌めた相手の一人が澤家や澤令法だ。少なくともゲーム『恋に咲く花』ではそれは間違いない。


 令法ルートにおいて澤家や令法は九条家を嵌めて破滅に導く。向日葵を救うためと言いながら潰す必要のなかった主家を潰すことに加担する。令法は本当に向日葵を救おうと思ってそう行動したのかもしれない。でも澤家が逆に自分達が潰される危険を冒してまで九条家を潰そうとする意味がわからない。……何者かの手助けが確約されていない限りはな。


 もし他の勢力が澤家と接触していて唆したのなら……、九条家を潰すのを手伝えば派閥の乗り換えやそれなりの地位を約束してやると言われていれば……。あるいは九条家に勝ち目はないと思って勝ち馬に乗ろうと澤家の方から積極的に乗り換えようとしたのかもしれない。


 ゲームにおいて令法や澤家が九条家の不正を告発したということはシナリオで明らかだけどそれ以外は俺の想像、いや、妄想に過ぎないと言われるだろう。でも今朝の令法のあまりに露骨な裏金の渡し方を考えればすでに澤家はどこかの勢力に取り込まれ、九条家や俺のスキャンダルを作ろうとあえてあんなことをしたという可能性も捨てきれない。


 もちろん単純に令法が俺の上に落ちたという話を聞いて、澤家の両親も慌ててどうにかしなければと思って山吹色のお菓子を息子に持たせて俺に渡せと言った可能性もあるけど……。


 俺はこれまで攻略対象との接触を避けるために出来るだけそういう相手とは接触しないようにしてきた。その結果俺は澤家の人となりを詳しく知らない。澤家が裏切っているのか、それとも単に事故を聞いて慌てただけなのか、その辺りを判断するだけの材料が足りなすぎる。


 さすがに九条門流だからパーティーで挨拶を受けたり遠目に見たことくらいはあるけど、どんな人なのかはほとんど話したことがないからわからない。こんなことならせめて人となりがわかるくらいには会話くらいしておけばよかった……。


「咲耶ちゃん!」


「……へっ?むぎゅぅ……」


 俺を呼ぶ声が聞こえたかと思うと突然柔らかい物に顔が覆われてしまった。聞こえた声から相手が誰かはわかっているけどどうして高等科の放課後の時間に茅さんがこんな所に居るのかはわからない。大学ならまだ授業中のはずだろう。


「酷いわ!酷いわ!咲耶ちゃんったら!」


「ん~っ!んん~っ!」


 いつもならすぐに放してくれるからと思って待っていると茅さんはますます俺を締め付けてきた。いくら柔らかい胸に包まれているとはいえ、否!むしろ変幻自在に形を変えるほど柔らかいからこそ顔にフィットして呼吸をする隙間さえ塞がれてしまっている。


「どうして次のパーティーのパートナーを私にしてくれなかったの!?竜胆の方が先なんてあんまりよ!」


「んっ……、んんっ……」


「長官!咲耶たんがぐったりしてるっすよ!早く放すっす!」


 段々遠くなっていく意識の中で、何だか慌てている杏の声が聞こえてきた気がしたのだった。




  ~~~~~~~




「ごめんなさい咲耶ちゃん……」


「いいえ。大事には至りませんでしたし、時にはそういうこともあるということでお互いにもうこの話はお終いにしましょう」


 茅さんの胸から解放された俺はギリギリ天に召されることなく生還出来た。もう少し遅れていれば俺は天に帰っていたかもしれない。どうやら杏に命を救われたらしい俺はいつかこのお礼をしなければならないとメモしておいた。


「それはそうと突然このような時間に高等科に来られてどうされたのですか?」


 長々とこの話題を引っ張って謝り続けられても話が進まない。大学はまだ講義がある時間のはずなのに突然やってきてどうしたのか用件を聞いてみる。


「睡蓮から咲耶ちゃんが次のパーティーで竜胆をパートナーに選んだと聞いたのよ。だから来たの」


「なるほど?」


 だから来たという意味というか繋がりはよくわからないけど言いたいことはわかった。そしてあの時睡蓮はまるで話なんて聞いてなさそうだったけどちゃんと聞いてたんだな。あの時の様子からして睡蓮はそんな話には興味がないのかと思っていたけど……。


「ですが家格から考えると七清家である徳大寺家、西園寺家、久我家が先になり、大臣家である正親町三条家が後になってしまうのは止むを得ないかと……」


「そうよね……。咲耶ちゃんにとっては私なんて家格や慣例の方が大事でどうでも良い存在ということよね……」


「えぇっ!?ちっ、違いますよ!?そういう意味ではないのです!」


 いきなりヨヨヨッと泣き始めた茅さんに慌てて弁明を行った。何も慣例や家格順の方が大事で茅さんが大事じゃないということじゃない。ただ対外的にも俺達の立場からすればそういうことに気をつけた方が良いと思っただけだ。


「本当に大事な相手なら家格とか慣例とか順番なんて考えずに一番に誘うわよね?それなのに私には相談もなかったということはそれだけどうでも良い相手と思われているということよね?」


「いや……、それは……」


 そうじゃない。別に茅さんがどうでもよかったとか、慣例や家格順を守ることの方が大事だと思っているわけじゃない。でも茅さんにそう説明しようと思っても説得力のある言葉は思い浮かばなかった。実際俺は家格順で竜胆をパートナーに選び、茅さんにはまだパートナーの件についてすら話していなかった。


 睡蓮から聞いていなければ茅さんはそんなことがあったとすら知らないままに、俺がいつの間にか竜胆をパートナーに選んでいたということになる。この事実がある以上は俺が今更何を言おうが覆ることはない。


「すみません茅さん……。別に茅さんが大事ではないとか、家格順に拘っていたというわけではないのです……」


 ただ茅さんは大学生で俺達とは生活時間も校舎も違うから……、わざわざそんなことで煩わせる必要もないかと考えてしまっていた。それこそが茅さんの言っている『俺が茅さんを蔑ろにしている』という証拠じゃないか……。俺は無意識のうちに大学生になった人達のことは遠い人だと思って話し合いの場などから遠ざけてしまっていた。


「茅さん……、せめてこの埋め合わせをさせてください。私に出来ることなら……」


「今何でもするって言ったわよね?」


「えっ!?何でもするとは言ってませんが!?」


 顔を上げた茅さんの表情は……、まるで何か悪いことを企んでいる人のようにニヤリとしているように見えた。杏に助けを求めようと杏の方を見てみれば……、杏もまた茅さんと同じ表情で笑っているように見えたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ん?今何でもするって言ったよね? ピンチをチャンスに変える女。それが茅さんだ! [一言] ゲームだと一条家が嵌めたのかなと思うけど、ここの一条家は西園爺が暴走してる以外はあんまり手を出して…
[一言] 茅さん策士( ˘ω˘ )
[良い点] ん?。今何でもするって言ったよね(笑)?。 [気になる点] 澤家は、何かしらの企みがあるのか…。それとも、ただ単に慌ててテンパっただけなのか…。 何かの思惑があったとしても、九条家を敵に…
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