第九百二十九話「動き出す者達」
今日は一日何かの取材?らしくてずっと向日葵達や三つ葉達につけまわされていた。最初は俺の勘違いとか自意識過剰かと思ったけど、あまりに俺の行く先々についてきているからつけられているんだろうとは思っていた。ただ何故そんなことをするのかはよくわからなかったけど……。
それで何となく皐月ちゃんに聞いてみればどうやら藤花学園ではよくあることだと言われた。なんでも藤花学園の生徒として変なことをしたりしないか時々こっそりチェックされることがあるらしい。
そんなことをするのはプライバシーの侵害だとか、個人情報がどうだとか、色々と問題になりそうだと思うだろう。でも藤花学園に通う生徒達は将来公人になるような人材がほとんどだ。例えば何らかの議員になったり、会社の役員になったり、そういった人々は公人として扱われてプライバシーや個人情報保護が制限される。
衆参の国会議員ではなかったとしても、市町村や都道府県の議員や知事、長になった場合でもそれは公人であり、その人の予定などは万人に公開されいつでも誰でも調べられるようになってしまう。もちろんプライベートな時間まで全てではないけど、いつどこに行き誰に会うか、公務であれば全て予定が公開されている。
会社役員も議員や知事ほどではないにしても一種の公人であり、会合で誰かと会うとか、どこの会社や団体を訪ねたかなどが記録される。規模の小さな会社や組織なら社長や会長の行動も非公開かもしれないけど、大きな会社や団体になるほどそれらは一種の公人として公開される範囲が広がっていくことだろう。
藤花学園に通う生徒達は将来そういった立場になる者が大勢いるわけで、学生の頃からそういったことに対しても慣れておかなければならない。だから突然抜き打ちで生活態度を調査されたり、場合によっては公報のようなもので一部が公開されることもあるのだと皐月ちゃんに説明された。
今回はたまたま九条家のご令嬢ということで俺が選ばれ、三つ葉や南天達が何かの公報のようなものに報告を載せるかもしれないけど、それはよくあることなのであまりムキにならずに許してやって欲しいと皐月ちゃんも言っていた。
そう言われて俺だけ怒るわけにもいかず、そもそも別に学園生活をちょっと調査されたくらいでは俺には何らやましいこともない。堂々と取材を受けて、公報なり何なりに載せるというのならありのままに載せてもらえば良いと三つ葉達にも伝えた。
少し恥ずかしいような気はするけど他の子息子女達だってこういうことをされてるんだろうし、俺だけ嫌がるというわけにもいかない。公開されて困る情報なんてないし、本当にまずい情報は向こうも公開しないということだったので、そのうち俺が三つ葉達に調査された結果が何かに掲載されるのかもしれない。
こっそり鼻くそをほじっていたとか、オナラをしたとか、そういうことを書かれたら困る子もいるかもしれないけどさすがにそういうことは載せないはずだ。そして俺はそういうことはしなかったので特に問題はない……、はず?
朝から見られていることは気付いていたから変なことをしないように気をつけていたはずだし大丈夫だよな?何かこうして考えていると段々不安になってきたけど……、大丈夫なはずだ!もうそう思っておこう!
「今日はもう寝ます!」
「かしこまりました。おやすみなさいませ咲耶様」
何か起きていると悶々と変なことを考えそうなので今日はもう早々に休むことにしたのだった。
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今朝も充実した朝練を行った俺は良い気分で学園へとやってきた。自分の体に鞭打って俺達の修行をつけてくれている師匠に顔向け出来るくらいには修行も頑張っていると思う。
「御機嫌よう皆さん」
「「「きゃーーーっ!九条様~~~っ!」」」
「咲耶お姉様こっち向いて~!」
「おはようございますぅ九条様ぁ~!」
いつも通り並んでいる行列の間を抜けて教室へと向かう。三つ葉と南天も並んでいたけどちょっとだけ表情が優れなかった。もしかしたら昨日俺の素行調査をしたから顔を合わせづらいとかなのかもしれない。こういう時はあまり下手に干渉しようとするとこじれる可能性があるので少し様子見かな……。
行列も少し先まで進むとなくなるのであとは普通に教室に向かって……。
「九条せ~んぱいっ!」
「えっ!?」
二年の教室へ向かおうと階段に差し掛かると突然そんな声をかけられて驚いた。俺のことを『先輩』なんて呼んでくれるのは海桐花と蕗くらいじゃないのか?でも今の声は……。
「九条せんぱ~い」
「……先輩」
「え?え?あの……?坂本さん、島さん、壱岐さん?」
俺に『先輩』と声をかけてきたのは酢橘、檸檬、蜜柑だった。確かにこの三人は後輩だから俺を先輩と呼ぶのは何もおかしくはない。だけど態度は明らかにおかしい。この三人ともちょっとは打ち解けたり、海桐花や蕗との間を取り持ったりはした。でもいきなりこんな甘えたように先輩呼びされるような関係ではなかったはずだ。三人は一体どうしてしまったんだ?
「あっ……、御機嫌よう、坂本さん、島さん、壱岐さん」
「九条せんぱ~い!そんな他人行儀な呼び方はしないでくださいよ~!私のことは酢橘って呼んでください」
「え?あれ?」
何かちょっと甘えたように酢橘がそう言ってくる。あるぇ?酢橘ってこんな子だったっけ?俺の知らない間に変わったのか?それとも前までが取り繕っていてこちらが本当の酢橘なのか?
「あ~!酢橘ちゃんずるーい!私もー!九条先輩!私のことも檸檬って呼んでください」
「おうふっ!」
檸檬が俺の腕に抱きついてきた。新一年生のまだ完成されていない双丘が押し付けられて……。
「……じゃあボクは蜜柑って呼んでください」
「ふぉぉっ!」
物静かなボクっ娘の蜜柑が!顔を赤らめて視線を逸らしながらも控えめに逆の腕に抱きついてきた!
何だこれは?どうなっている?ここが後輩パラダイスか!?
「九条先輩、少しだけで良いので私達とお話していってください。ね?おねがぁい!」
「うぅっ……」
酢橘が俺の前にピトッとくっついてきた。駄目だ……。考えがまとまらない。このまま流されてしまいたい。ビバ後輩!可愛い後輩達に迫られて断れる先輩がいるだろうか?いや、いまい!
「それでは少しだけ……」
「あーっ!咲耶様!何をされているんですか!?」
「「チッ……」」
「……見つかった」
フラフラと酢橘達に連れていかれそうになっていた俺は後ろから飛んできた薊ちゃんの言葉にハッとなった。俺は今何をしようとしていた?何を考えていた?危うくあのまま連れて行かれるところだった。
「あんた達何してるのよ!」
「別に……、九条先輩とお話をしようと思ってお誘いしてただけですけど?」
「ぐぬぬっ!」
「むむむっ!」
「「ふんっ!」」
薊ちゃんと酢橘は睨み合ってからふんっ!とお互いに顔を背けた。な~んか薊ちゃんはこういうことが多いなぁ……。紫苑ともよくこういうことしてるし……。いや?待てよ?もしかして酢橘も段々紫苑に似てきているということか?さすがに檸檬と蜜柑は薊ちゃんと睨み合ったりはしていないけど酢橘は段々紫苑化しているのかもしれない。
紫苑と酢橘にはこれといって接点もないはずだし、パーティーで顔を合わせるくらいだろうから直接影響を与えているということはないんだろうけど……、元々の性格が似ていると同じようになったりするとかあるんだろうか?
「さぁ行きましょう!咲耶様!」
「え?ですが酢橘ちゃん達と一応約束したということになると思いますので……」
薊ちゃんは俺を連れてさっさと二年の教室へ向かおうとしている。でも俺もフラフラ流されそうだったとはいえ酢橘達と話をすることに同意したように思う。だったら約束を破るのは良くないだろう。
「大丈夫ですよ九条先輩!また今度話を聞いてくださいね!」
「え?あっ、はい……。ごめんなさいね、酢橘ちゃん、檸檬ちゃん、蜜柑ちゃん」
「いいえ!私達こそ急にこんなことをお願いしてすみませんでした!それではまた後日お願いします!」
酢橘……、何かとっても良い子になってるじゃないか!こんな良い子に先輩、先輩って言われて慕われたら……、そりゃ鼻の下も伸びますなぁ……。でへへっ!
「まさか今日に限って徳大寺様が早くに登校されるなんて……、失敗したわ」
「酢橘ちゃーん……、どうしよう?」
「大丈夫よ。またチャンスはあるわ」
「…………うん」
俺達が階段を上がっていっても酢橘達は三人で顔を突き合わせて何やら話している様子だった。今年も三人ともクラスがバラバラになってしまったし、何か深刻な相談でもあったんだろうか?
酢橘達は大丈夫だって言ってたけど深刻な問題の相談とかだったら早めに聞いてあげた方が良いのかな?薊ちゃんに引っ張られて有耶無耶になってしまったけど何か気になるな……。
~~~~~~~
「……ってことがあったのよ!本当に油断も隙もあったもんじゃないわ!」
「まぁまぁ……。薊のファインプレーで阻止出来ただけよかったじゃない」
教室に着いてから薊ちゃんはグループの皆に何度も朝の出来事の話をしていた。でも酢橘達は何か相談があるみたいだったし、そんなに邪険にするものでもないと思う。今朝だってとても素直で良い子だったし、俺が相談に乗れることなら聞いてあげたいと思うけどなぁ……。どうして皆はこんなに酢橘達を警戒しているんだろう?
そりゃ昔は一条派閥の旗振り役として俺にも随分絡んできていたし、海桐花や蕗ともちょっと関係がこじれていた時期もあったかもしれない。でも今や酢橘達は別に何も悪さもしていないし、海桐花達とも仲直りもした。その間を取り持った俺ともそれなりに接点が出来てある程度仲良くやれているはずだ。
皆はまだ前のイメージのまま警戒しているのかもしれないけど、酢橘達だって前は無理やり嫌な役をやらされていただけだし、それももう降りたのか最近はそういうこともなくなっている。茜ちゃんや皐月ちゃんだって一条派閥として利用されていたけど今は向こうと縁を切って仲直り出来たんだし、酢橘達のことも許してあげても良いと思うんだけど……。
「大体咲耶様も咲耶様ですよ!ちょっと猫撫で声で甘えられたからってデレデレして!」
「えっ!?いえ……、その……、わっ、私は……」
やばい!酢橘達に迫られて鼻の下を伸ばしていたのを見られていたんだ!俺は女のはずなのに後輩の女子生徒達に迫られてデレデレしていたなんて、俺の中身が男だってバレたんじゃ?
「落ち着きなさい薊。咲耶ちゃんも気にしないでくださいね。薊はただヤキモチでこんなことを言っているだけなんですよ」
「ちょっと皐月!咲耶様に余計なこと言わないでよ!」
「あら?それではあのまま咲耶ちゃんに誤解される方がよかったですか?薊がヤキモチから余計なことを言って咲耶ちゃんに誤解されて嫌われてもよかったと?」
「そっ!そうは言ってないでしょ!そもそも咲耶様が誤解で私を嫌いになるなんて……」
何か薊ちゃんと皐月ちゃんが言い争っているようだけど俺は内心それどころじゃなかった。もしかして酢橘達への態度から俺が中身男だとバレたのだとしたら……、今までの全てが吹っ飛んでしまうかもしれない。大変だ。どうすれば……、どうすれば良いんだ?
「ない……。ないですよね?ありませんよね咲耶様!」
「へっ?え?なっ、何がですか?」
急に薊ちゃんにガバッ!と両肩を掴まれて揺すられた。何を言っているのかわからない。何がないんだ?俺が男じゃないですよね?って言ってるのか?やばい!とにかく否定しなくちゃ!
「えっ、ええ!もちろんそのようなことあるはずもありませんよ!」
「よかっ……、よかったぁ~~~っ!咲耶様ぁ~~~っ!」
「ちょっ!?薊ちゃん!?」
俺が男であることを否定すると薊ちゃんは顔をくしゃくしゃにして俺の胸に顔を埋めて泣き出した。俺が男だと思っただけでここまでなのか!?じゃあやっぱり絶対俺の中身が男であることがバレるわけにはいかない!
「ちょっと薊!どさくさに紛れて何を咲耶ちゃんの胸を堪能しているんですか!」
「そうだよ薊ちゃん!私と代わって!」
「私は後でも良いですよ」
「あははーっ!皆で一緒におしくらまんじゅうだー!」
「ちょっ!?ぐぇ!」
薊ちゃんの背中をポンポンしているといつの間にかまたグループの皆が集まってきていつものように押し競饅頭が始まったのだった。




