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第九百九話「ウェルカム トゥ ようこそ 九条派閥」


 茜ちゃんと東坊城家を守るために友長、秀子夫妻を連れて九条家にやってきた。両親には連絡を入れていたけどもしかしたら父はまだ帰っていないかもしれない。


「待っていましたよ咲耶」


「ただいま戻りましたお母様」


 皆を連れて家に帰ると母が玄関口に迎えに出ていた。やはり父はまだ戻っていないようだ。母に頭を下げたけどジロリと睨まれてしまった。


「貴女ときたらまったく……」


「申し訳ありません……」


 久しぶりに母のお小言を貰って頭を下げて恐縮するしかない。ここの所は母とも良好な母娘関係を結べていたと思っていたけど、やっぱりこんな面倒事を持ってくる娘は疎まれるものだろうか。


「何に対して謝っているのですか?」


「えっと……、それは……」


 そう突っ込まれて俺の言葉が止まる。何だろう?面倒事を持ってきてすみません?親に相談もなくここまで進めてしまってすみません?何かどれも違う。一言でうまく表せない。いくつも意味を込めて『面倒事を持ってきてすみません』という意味だろうか?


「はぁ……。貴女は本当に……、頭は良いのにどうしてそうなのですか……」


「――!」


 母が近づいてきて手を動かしたから頬でも張られるのかと思って身構えた。避けたり防御することは簡単かもしれない。でもここでそんなことをするわけにはいかない。俺が悪いんだからここは素直に母に打たれて……。


「もっと親を頼りなさいと言っているでしょう?あまり危ないことをするのではありません。貴女は九条家の娘の前に女の子なのですよ」


「ぁ……」


 身構えていた俺の頬に平手打ちが飛んでくることはなく、代わりに母にフワリと抱き締められていた。


「申し訳……、ありません……。お母様……」


 俺もギュッと母にしがみついて再び謝罪を口にする。でもそれは先ほどまでの謝罪とは意味が違う。


「よく来てくださいましたね、東坊城様。主人はまだ戻っておりませんが今こちらに向かっております。主人が帰るまで私がおもてなしさせていただきます」


「はっ……。ありがとうございます九条様」


 俺を放した母はやってきた東坊城家夫妻に挨拶をしてから全員をサロンへと通した。玄関の近くにある応接室は少人数用だ。これだけの人数を纏めて受け入れられるだけの広さや設備はない。グループメンバーもついて来ている現状で応接室は手狭すぎる。


 サロンに案内されたメンバー達は母によってもてなされていた。特に何か話をするわけでもなく静かなティータイムが流れている。俺達も焦っても仕方ないとお茶を飲んでまったりしながら待っているとやがて父が戻ってきた。


「いやぁ、遅くなって申し訳ない」


「いいえ九条様……、こちらこそこのような用件で突然お伺いしてしまい申し訳ありません」


 両親が揃ったことで向こうではまた大人同士による挨拶が繰り広げられていた。でもあれは一見ただの挨拶に見えてすでに駆け引きは始まっている。東坊城家にとってはこれから話す一言一言の選択を間違えるだけで九条家の支援を受けられなくなるかもしれない。まさに家、家族の命運を懸けた交渉になる。


「私はあまり回りくどいのは得意ではなくてね。単刀直入にいこうじゃないか」


「はっ……」


 うん。絶対嘘だよね?九条家の当主である九条道家ともあろう者が回りくどいのが得意ではないなんてことがあるはずがない。むしろ魑魅魍魎が跋扈する社交界において一、二を争うほどにそういうことが得意でなければ九条家当主なんて務まりませんよね?


「東坊城家はわが娘にスパイとして自らの娘を送り込んでおきながら、これまで失敗続きで一条門流から制裁を受けそうになったら厚顔無恥にも我が家を頼ってきた。そういうことでいいかな?」


「――ッ!……はい」


 父の容赦のない言葉と威圧に顔を歪めながらも友長は何も反論せずに頭を下げていた。


「そうかそうか……。なるほどなぁ……。東坊城家とはそれなりにうまく付き合えていると思っていたんだがなぁ……。それは私だけの思い違いだったか……」


「「「…………」」」


 父の言葉にこちらのメンバーまで黙ってしまった。俺も皆の気持ちがわかる。


 俺達の家は昔から何度も家族ぐるみの付き合いをしてきた。今でこそ五北家四家によるパーティーが定例化されていて、そこで顔を合わせることになったからあまり個人的なパーティーは開催されなくなってきている。それでもたまには何かあればパーティーを開いて家族ぐるみで集まっている。


 昔はまだ固定化された九条家のパーティーなんてなくて、九条家にグループメンバーの両親も呼んで集まったり、パーティーをした。その時に茜ちゃんのご両親とも何度も顔を合わせているし会話もしたものだ。最近会うようになった程度の軽い付き合いではなく、昔から何かある度に集まって、顔を合わせて、色々とお世話にもなった。


 それらは全て偽りだったのか?


 父が言っていることはそういうことであり、皆も昔のことを思い出してやるせない表情を浮かべている。それは東坊城夫妻のせいではないとしても……、あまりに辛い裏切りの現実だろう。


「本当に……、申し訳ありませんでした……。私達は……」


「なんてね!」


「「「…………え?」」」


 ガバッ!と土下座をかました友長に対して父はこの場にはまったくそぐわないようなひょうきんな声を出してそう言った。それを聞いて皆が目を点にしている。俺だって似たようなものかもしれない。


「いやぁ……、これを言っちゃうと身も蓋もないかもしれないけどねぇ……、最初からわかってたよ」


「「……は?」」


 東坊城家夫妻は父の言葉にポカンとした表情を浮かべている。それはそうだ。俺だって父が何を言っているのか今でもわからない。


「あの一条家狂いの実頼翁が孫や、ましてや半家の離反なんて認めるはずないのは誰でもわかることだろう?それなのに実頼翁の天敵とも言える九条家の娘に自分の孫や一条門流の東坊城家の娘が近寄って何もしないはずはないんだよ。だから西園寺の孫も東坊城の娘も最初からスパイだとわかった上で泳がせていたんだよ」


「「「はぁ……?!」」」


 え?それは本気で?それともスパイを送り込まれたことの負け惜しみで言ってるだけか?どっちもありそうでわからん……。


「お陰でこちらとしてはやりやすかったよ。西園寺と東坊城の娘に流す情報を操作して面白いように一条派閥は踊ってくれたからね!逆にその二人から出てくる情報は一条派閥にとって都合の良い情報だろうから疑ってかかったり裏取りをするべきってわかりやすかったし!実に良い働きだったよ!はっはっはっ!」


「はぁ?」


 しゃがみ込んだ父は土下座していた友長の背中をバシバシと叩いていた。その表情からすると負け惜しみとは思えない。それにこれまでの流れからすると父の言うこともあながちハッタリや誇張とも思えなかった。


 一条派閥……、というか皐月ちゃんのお爺ちゃん、西園寺実頼はこれまでも数多くの陰謀、策謀を企ててきたはずだ。でも俺がそれによって直接的な被害を受けたということはとんとなかった。初期の頃でこそ洞院家による騒動なんかに巻き込まれたけど、結果的には向こうは有力な家を失っただけで俺や九条家には何の被害もなく終わっている。


 これまでは一条家や西園寺家といえどそうやすやすと九条家には手が出せないだけかと思っていたけど、今の父の話を聞いた限りではどうやらそうじゃないようだ。


 実際には俺の知らない所でも九条家と一条派閥や西園寺家は水面下でずっと争ってきていたんだろう。俺は子供だし大人の事情なんて知らなかったけど、今から考えればそういうことがあっても何ら不思議じゃない。いや、むしろなかったと思う方が不自然でおかしい。


 それでも表立った問題にならなかったり、俺に直接的な被害がなかったのは……、両親や九条家に仕える者達、あるいは九条門流や九条家に協力してくれている者達のお陰で大事になる前に処理されていたからということだろう。その際に皐月ちゃんや茜ちゃんのスパイとしての活動を逆に利用していたというわけだ。


 相手に流したい情報、わざと知られたい情報を俺を通して皐月ちゃんや茜ちゃんに流し相手の判断を誤らせる。逆に皐月ちゃんや茜ちゃん経由で来た情報は一条派閥や西園寺家が流したい情報だ。それには何か裏があったり誤った情報である可能性がある。だからそういった情報は鵜呑みにせずきちんと裏を取る。


 父の言っていることが本当なら父は皐月ちゃんや茜ちゃんを利用して逆にうまく事を進めていたということになる。そして今までの被害のなさや、何かあった場合も対処の早さの説明もつく。これはハッタリや負け惜しみじゃなくて本当のことだという説得力がある。


 でも父が言っているほど簡単なことじゃなかっただろう。ただひたすら二人に流す情報を嘘で固めていればすぐに相手に気付かれてしまう。相手だって馬鹿じゃないんだから何度か皐月ちゃんや茜ちゃんからの情報が間違っていればおかしいと気付くはずだ。それを相手に悟らせない程度に本当の情報を流しつつ、うまく相手の動きを予想出来るように偽情報も混ぜなければならない。


 俺のような駆け引きの苦手な者には理解出来ないような高度な神経戦があったに違いない。確かにそれで多少は皐月ちゃんや茜ちゃんの利用方法もあったのかもしれないけど、それ以上にそもそもスパイなんていない方が余計な心配も苦労もしなくて済んだはずだ。


 父は二人や東坊城家を利用して役に立ったと言っているけどそんな単純な話ではなかったに違いない。それでもそう言うということは……。


「まぁ最近は君達に流している情報通りに動いてくれなくなっていたからね。そろそろ限界かと思っていた所だよ。今まで良く働いてくれた。その働きに見合う報酬は払おう!」


「それは……」


「うむっ!九条門流へようこそ!」


「あっ……、ありがとうございます!ありがとうございます!」


 ポンと肩を叩いた父に友長は再び頭を下げて土下座をしていた。だけど派閥・門流を変えるというのはそう簡単な話じゃない。


 貴族家というのは少なくとも数百年、長ければ千数百年続いている家もザラにある。その歴史の中で派閥・門流を変えてきた家というのはいくらでも例があるだろう。だけどここ最近の話としては派閥・門流の乗り換えはそう簡単な話ではなくなっている。


 昔のような武力衝突まで伴うような政争があったり、武士の台頭や幕府の勃興などの大きな変化がある時ならば敵味方入り乱れて所属の変更なんてよくあった話だろう。でも近世、近代、現代と今に近づいてくるほどそれほど大きな衝突もなくなり、所属の変更も容易ではなくなってきている。


 現代ともなれば派閥を裏切って乗り換えた者なんて移った先でも信用されないだろうし、元の派閥からは目の敵にされてしまう。現代社会では会社同士の繋がりが重要であり、昨日まで一条派閥と取引をしていた会社が今日から九条派閥との取引だけに切り替えますなんて出来るはずもない。


 普通に穏便に派閥を乗り換えようと思ったら、婚姻などによる結びつきを通して徐々にそちらとの取引などを増やして、前の契約をちゃんと満了した上で乗り換えていかなければならない。今日九条グループに買収されたんで昨日までの契約は全て白紙にしますなんて通るはずもない。


 東坊城家は特殊な事情がある卜部氏などを除けば半家にしては財力が高い。もちろん半家の中でもトップレベルは桁違いだけど飛び抜けたトップ数家を除けば高い方になる。そんな東坊城家が一条派閥の家との取引が少ないはずがない。


 じゃあ今日から東坊城家は九条門流ね!と言ったところで経済的な繋がりや契約としてはまだ当分は一条派閥との付き合いを続けなければならない。少なくとも契約満了になるまでやりきらないと契約不履行になってしまう。


「もちろん九条家以外にも多くの家が協力を申し出てくれているからね!他の方々にも後ほどお礼を言っておくと良い!それと……、それだけの人脈を作って家を助けてくれた娘さんにもね!」


「はい!はい!」


 まぁそうだろうな……。父も何も一人で危険を背負おうと思ったわけじゃない。九条派閥だけじゃなくて俺達のグループメンバーの家や、上級生や下級生などこれまで茜ちゃんと繋がりのあった家々が協力を申し出てくれているから東坊城家を背負おうと思ったんだろう。それなのに父だけあんな偉そうに良い格好をしているのは何とな~く気に入らない。


 でもまぁ……、今回ばかりは父にもちゃんと感謝しておかないとな。



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― 新着の感想 ―
パッパ有能だな……もしかしてこいつラスボスでは???()
[一言] 娘に良いところ見せてパパと呼んで貰いたい一心だな( ˘ω˘ )!
[一言] おっ、咲耶パパンにご褒美の予感! パパ、ありがとう大好き!って言うだけでそいつは死ぬぞー! ヤっちまえ!
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