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第八百五十二話「名前ショック」


 二条家のパーティーの日、向日葵と花梨はパーティー開始時間よりかなり前から萩原邸に呼び出されていた。大豪邸は何度見ても慣れないものだと思いながらも向日葵と花梨は紫苑と向かい合って座っていた。


「それじゃ準備を始めましょうか」


「「はい」」


 少しだけお茶を飲んでゆっくりしてから準備に取り掛かる。衣装は寸法直しなどですでに何度も着ているのでデザインはわかっている。お店に行って着替えるのではなく家に着付けやメイクのプロを呼んで準備をしてもらう。


 向日葵どころか花梨の常識から考えてもお店に出向くのではなく相手を自宅に呼びつけるというのはあり得ない。しかし萩原家ほどの家になれば着付けもメイクもプロを呼んで家でしてもらうものだった。


 もちろん萩原家には専属の者もいるが今回は向日葵や花梨のためにプロを呼んでいる。ドレスを注文してデザインなどを決めた時に同席していた者達だ。デザインを決める時から着付けやアクセサリーやメイクのイメージも作っていた。それを最初からちゃんと理解している者に一貫して担当させている。


「それではメイクしていきますね~」


「よっ……、よろしくお願いします……」


 ドレスを注文した時からイメージは出来上がっており、寸法直しなどの時にも実際にメイクを施して確認している。その時にメイクのイメージも微調整を行い今日のための準備は万端だった。しかし向日葵は何度経験してもこういったことに慣れない。


 人にメイクをしてもらうことどころか、そもそも日頃はメイクもしない向日葵にとってはメイクをするというだけでも非日常的なことだ。ましてやそれがプロのメイクを施してもらうなど本来であれば一生のうちに何回経験する機会があるかもわからないようなことだった。


 普通の人なら成人式の日に一度経験する程度かもしれない。そんな経験を向日葵は藤花学園に入学してからもう何度経験していることだろうか。それだけでも驚くべきことだが、むしろ今後さらに何度となくこういうことを経験していくのかと思うとますます脳が混乱してしまう。


「は~い。いかがですか~?」


「あっ……、はい……。素晴らしい出来だと思います……」


 退屈しないようにか気さくに話しかけてくれていたメイクさんにそう言われて自分でも鏡を見て驚く。そこに映っているのはまるで自分とは別人のようなメイクを施した人物が映っていた。


「素材が良いからどんなメイクでも映えると思いますよ。お下げで髪を下ろして、あんなメガネで顔を隠しているのは勿体無いですよ。これからはコンタクトに変えたらどうですか?」


「いえ……、それは……」


 こんなものはメイクさんのセールストークだということはわかっている。向日葵は自分にまったく自信がない。メイクさんの言う『素材が良い』というのも最低限人間としての顔のパーツが揃っているという意味だろう。誰にでも言っているリップサービスであり、次の仕事に繋げるためのセールストークに過ぎない。


 鏡に映る少女は確かに綺麗だ。しかしそれはメイクさんの言うような『素材が良いから』ではなくメイクでうまく誤魔化してくれているからだ。向日葵はそれくらいわかっているとフルフルと首を振った。


「うわぁ!藤原さん!素敵です!」


「ありがとうございます……。吉田さんこそ素敵ですよ」


 自分のメイクは終わったのか花梨が向日葵のメイクの様子を見に来ていた。そこで向日葵も花梨を見てみたがいつもの地味な花梨と同一人物とは思えないほど輝いている少女の姿がそこにあった。


 向日葵も花梨も日頃自分達は地味だということを自覚している。しかしそれがわかっていても変えるつもりもないし変えることも出来ない。見た目も性格もそう簡単に変わるものではないのだ。


 あるいは見た目はこうしてメイクを施せば短期的には変えることが出来るかもしれない。だがそれはメイクをしている間だけの話であり、家に帰ってメイクを落とせば結局いつもの自分の顔がそこにあるだけだ。整形でもしない限りは自分の顔とは一生付き合っていかなければならない。そして性格も変えようと思ってもそう簡単には変えられない。


「準備は出来たみたいね!それじゃ行きましょうか!」


「「はい」」


 メイクも着替えも終わり紫苑にそう言われて向日葵と花梨は萩原家の車に乗ってパーティー会場へと向かったのだった。




  ~~~~~~~




 萩原邸に着いた時はパーティーより随分前だったというのに、いざ準備をして会場へと到着してみればそれほど早く来たとも言えない時間になっていた。どちらかと言えば紫苑や向日葵達はやや遅い到着だったとさえ言える。


「どうせ早く着いても暇だし丁度良いでしょ」


「そう……、ですね……」


「あはは……」


 向日葵や花梨は学園に行くのも早い。紫苑は遅刻こそしていないが決して早く登校しているとは言えない時間に登校している。それに比べて向日葵や花梨は時間前行動が当たり前になっている。


 学園に行くのが早いのは『九条様の入り待ち』のドサクサに紛れて登校するためではあるが、それ以外でも向日葵と花梨は早め早めの行動を心がけている。そんな二人からすると紫苑のようにゆっくり行動するタイプは遅刻してしまうのではないかと思って少しばかり気が急く。


「それより咲耶様に挨拶に行きましょ!」


「「はい」」


 いつもは地味で九条様のお傍に居ることもはばかられるような自分ではあるが、今日は……、今日だけは萩原様のお陰で着飾り九条様のお傍に居ても耐えられるような格好をしている。早く九条様とお会いして、この姿をお見せしたい。そう思って表で挨拶をされていた二条様と九条様の下へ向かったというのに……。


「御機嫌よう、紫苑、花梨、藤原さん」


「…………え?」


 二条様に招待していただいたお礼を述べて、その後ろで控えられていた九条様に頭を下げた。するとかけられた言葉がこれだ。その瞬間向日葵は足元が崩れてどこかへ落ちていくような錯覚に見舞われた。


 いつものように……、『そのドレス似合っていますよ、ひまりちゃん』とでも言ってくださると思っていたのに……、九条様がかけてくださった言葉はそんな言葉だった。


 どこか余所余所しい取り繕ったような笑顔に『藤原さん』呼びだ。自分のことは『ひまりちゃん』と呼んでくれることになったのではなかったのか?それに今の九条様の笑顔は取り繕った笑みだということがわかる。


 今までなら気付かなかったかもしれない。あるいはこれが九条様の普通だと思っていたかもしれない。しかし最近はお昼休みも一緒に食事を摂らせていただき、かなりの時間を一緒に過ごしている。そんな向日葵からすれば今の笑顔がいつもの優しい笑みとは違うことは一目瞭然だった。


 それほど親しくない相手に向ける愛想笑い。そんな取り繕った笑みを九条様から向けられている。それも『藤原さん』なんて余所余所しい呼び方で……。


 向日葵はあまりのショックで考えが纏まらなかった。どうしていきなりこんなに距離を取られてしまったのか。自分が何かしてしまったのかもしれない。今すぐ思い当たることは浮かばないが自分が九条様を怒らせてしまったり、呆れられて見捨てられるようなことをしてしまったのかもしれない。


 あるいは……、冷静に考えてみればここは大勢の上位貴族が集まるパーティーの場だ。一般外部生である向日葵と下手に親しくしていては外聞が悪いと思ってこの場では『藤原さん』呼びに戻したのかもしれない。しかし九条様はそのようなことをされる方ではないと思っていた。いや、今でも思っている。


 それなのにどうして……?


 そんな思いが消せずにグルグルと同じ場所で思考がループしている。何か事情が?とはいえそれでは一体どんな事情があるというのか?あるいはやはり自分が九条様を怒らせるか呆れられるかして見捨てられてしまった?自分は一体何をしてしまったのかさっぱりわからない。


「ほらっ!行くわよ!」


「藤原さん……?」


「ぁ……、はい……」


 紫苑と花梨に引っ張られてようやく向日葵は表での挨拶から動き始めた。こんな所で呆けていては迷惑をかけてしまう。だから早く動かなければとは思うが体が思うように動いてくれない。二人に引っ張られるようにしながら向日葵はようやく会場へと入ったのだった。




  ~~~~~~~




 会場に入ってからも向日葵は上の空だった。どうして急に九条様から距離を取られているのかわからない。だがそれよりも自分が思った以上にショックを受けていることに自分自身で驚いていた。


 今までも似たようなことはあった。親しいと思っていた友人達から距離を取られたり、相手にされなくなったことはこれまでにもあったはずだ。しかしその時はこれほどまでのショックは受けなかったような気がする。


 当時はそれはそれでショックだったとは思う。そのはずだが思い返してみればどこか冷静というのか、諦めにも似たような感情を抱いていた自分も居たような気がする。しかし今回は違う。今回はあまりのショックに今にも泣き出してしまいそうだ。向日葵は自分で自分の感情が理解出来ない。


「大丈夫ですか?藤原さん……」


「え?はい。大丈夫ですよ……」


「まったく大丈夫そうに見えませんよ?顔が真っ青です」


「本当に大丈夫ですから……」


 花梨が心配してくれているが向日葵はただ大丈夫だと繰り返すことしか出来なかった。自分なんてとは思いながらも心のどこかでは『ひまりちゃん、そのドレス似合っているわね』とか『素敵なメイクねひまりちゃん』と九条様に言ってもらえるのではないかと思っていた。そんな自分の浅ましい思いが九条様にはお見通しで、だからこそ距離を取られてしまったのかもしれない。


 開始の時間になって二条様と一緒に九条様も挨拶をされている。その姿を見ているとギュッと胸が苦しくなった。


「九条様は……、どうして『ひまりちゃん』って言ってくださらなかったんでしょうね?」


「――ッ」


 花梨の言葉に向日葵は悲痛な表情を浮かべた。それを見て花梨はしまったと思い慌ててフォローする。


「えっと!まぁ?この場はいつものプライベートとは違いますし!他の貴族家の方々や保護者の方が居られたからかもしれませんね?」


「ですがそれでは吉田さんや樋口さんのことはいつも通りだったのはどうしてでしょうか……」


「それは……、まぁ……」


 立場や家柄で周囲に配慮やポーズだったとしても花梨や芹への態度はいつもと変わらなかった。ただの一般家庭である向日葵と、地下家や堂上家あるいはその分家筋である花梨や芹とでは立場が違うかもしれない。だが九条様は本来そんな差をつけられる方ではないはずだ。それなのに先ほどのやり取りでは明らかに向日葵に対してだけ余所余所しかった。


「私は何か九条様を怒らせたり、嫌われたりしてしまうようなことをしてしまったのでしょうか?」


「それは絶対にないと思います!」


「そうでしょうか?」


「はいっ!」


 何の根拠もないただの花梨の言葉に過ぎない。しかしそこまではっきりと断言されると少しだけ向日葵の心は軽くなった。少なくとも花梨から見てそう思うようなことを向日葵はしていないということだと思える。


「とにかくまだパーティーは始まったばかりですから!挨拶が終わったら九条様に聞いてみましょう!」


「えっ……?直接お聞きしに行くんですか?」


 一瞬花梨の言葉に勇気付けられた向日葵だったが、その方法を聞いて早速尻込みし始めた。まさかいきなり本人に突撃してどういうことかと問い詰めろと言われるとは思わなかった。そもそもそんなことが出来るのならこんなに悩んでいないのだ。


「九条様のお心は九条様にしかわかりませんから!だったら直接お聞きするしかありません!」


「……吉田さん、逆の立場だったら吉田さんはいきなり九条様にそんなことを聞きに行けますか?」


「それはもちろん!……無理ですね」


「「……はぁ」」


 言っていて二人は同時に溜息を吐いた。どうして自分達はこうなのか。これが徳大寺様や萩原様だったならば思った時にはすぐに九条様の下へ向かって直接お聞きになられていることだろう。それが出来ないからこそ自分達は地味で目立たないのだ。それはわかっているが生来の性格なので今更どうしようもない。


「とっ、とにかく!パーティーはまだ始まったばかりです!このパーティーの間にどうにかして九条様の真意を探りましょう!私も協力しますから!」


「吉田さん……、ありがとうございます!頑張ってみます!」


 花梨の応援と協力を得て、向日葵はどうにかこのパーティーの間に九条様の真意を探ろうと気合を入れ直したのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 咲耶ちゃん 何時になったら 気付くのか
[一言] 咲耶様は別の人だと思ってるからね。。。仕方ないね。。。 一瞬、花梨には咲耶様の勘違いがバレてるのかと思ったけどそんなことはなかった
[一言] 最早どっちでも良いから早く気付いて···
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